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1分間、喋るか、黙るか

1分というのは短いようでいて長い。「1分喋って」と急に言われても、1分間喋り続けることは難しいと思う。1分間の感覚を持っていないのでどれだけ喋ればいいかがわからないことが、喋り通せない一番の理由だろう。そして、「手短に話す」訓練は受けていても、「膨らませて話す」訓練はそれほど行われていないのではないか。大事なことはすぱっと言い切ってしまったほうがわかりやすく、届きやすい。特に仕事の場では、ぱっぱっと要点のみ的確に伝える能力が求められていることと思う。

聞く側としては、大事なところだけ手短にまとめられた話を聞くことが多いだろう。それに慣れていて、だらだらと長く話されるとイライラしてしまうこともあるのではないか。よって、多くの用件は手短に話される。数十秒もあれば言える。

けれども、結構長い時間を贅沢に使って話すこと、そしてそれを聞くことが大事な時もある。友人知人(ではない場合もあるが)との雑談がそうだろう。きっちりした筋はなく、あちらこちらにふらふらしたあげく、最終的にオチがあるわけでもなかったりする。これが職場での報告ならば「で?」と怒られそうな話し方だ。でも、そのあんまり流れの決まっていない語りに、その人らしさが現れたりもする。

思いついたところから、思いついた順番で口にしてみていくうちに話になった。そんな語りからは、その話し手の思考の過程が垣間見える。これが出てきたと思ったら、それとは全然関係のないあれが出てくるような話からは、その話し手の思考の飛躍具合が見えたりもする。もしかすると、長々と話すことはできない人もいるかもしれない。そういう可能性があることも含めて、長めの時間を使って誰かから話を聞いてみることは、その人を知る大事な機会だ。

「おはようございます」「おはようございます。暑くなってきましたね」「ですね。今日の最高気温25度なんですよ」「らしいですね」と、これくらいで場をつなぐための会話は終わるのではないか。これが「おはようございます。暑くなってきましたね」「暑くなってきたら……。冷やし中華ですよね」「冷やし中華?あ、そうですね」「あそこの冷やし中華おいしいんですけど、でも私は、小さい頃食べたあの店の味が忘れられなくて……」と、こんな感じに続いてしまっては、え、なんでこの人こんなに話してるの?となってしまう場合のほうが多いのではないか。

ここで「私の思い出の味はですね……」と続けたくなるか、「そんな思い出があるんですね!あ、急がなきゃ!」と話を切り上げるのかは、時と場合によるのだろうが、このままだらだらと話を続けてもいいなと思える人とは、良い関係が作れるように思う。

ただ、長く喋り続けられることだけが、良好な関係の証でもないと思う。1分間は長い。その時間を、黙ったまま一緒にいられる人とも、悪くはない関係を作れるのではないだろうか。黙ったまま思うところを話してもらえないと、相手は何を考えているのかと不安になってしまう。でも、まあ何を考えていてもいいやと思えるような、雰囲気としか表現できないのがもどかしいが、無言状態を焦らなくてもいいと思わせてくれるような空気を醸し出している人とならば、そのまま近くにいてもいいと思える。

長めに話を聞いてみることが大事と書いたが、長めに黙ってただ側にいてみることも大事なのかもしれない。言葉だけがその人を伝えるわけではないのだから。表情、動き、視線などが伝えることも大きい。誰かの側にいる1分間、喋るか、黙るか。どちらもお願いできればいいし、どちらもいい感じであればいいのだが。


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