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なぜ「さやか星小学校」をつくろうと思ったのか<後編>

サムエル幼稚園が誕生するまで

前編に続いて、今回は長野県御代田町にあるサムエル幼稚園の話題から入りたいと思います。

前編では、私が大学院生時代に「大学などに就職ができなくても研究はやりますし、できます」などと宣言していたエピソードを紹介しました。一旦、私は社会人になっていたので、大学院に入る前にはすでに個人クリニックを開業(現在の出張型カウンセリングを)していた“流し”の臨床家でもありました。

その頃にやっていた臨床といくつかの実験研究が、たまたま論文賞をいただくこともあり、すでに20代で「大学で働かなくとも研究は出来る」というのを実証したようなものでした。ただ、学会賞をいただいたことがきっかけとなり、常勤で大学に勤務する研究者になったのですが、2つの大学であわせて12年間で「大学はもう辞めよう」と決意したのです。

さて、もう一つ、血気盛んな大学院時代には研究活動が夜中にまで及ぶこともしょっちゅうで、ふと休憩の時に「さっさと大学なんか辞めて、理想の学校をつくりたいなあ」と師匠と夢想することもありました。夢想話ですので「発展途上国でならできるかなあ」などと具体的な計画ではなく、適当なことを言っていただけです。そのような夢想話が、まさかの現実となりました。しかも、日本国内において。

それが、2018年に開園した日本初の行動分析学を用いたインクルーシブ教育を行うサムエル幼稚園です。

テーマは「親子ともによい育ち」です

幼稚園を運営していますと、やはり当然ですが子どもたちの学齢前までの重要な時期の育ちに触れることになりますし、予想範囲内ですけれどもさまざまな課題にも直面します。予想範囲内と言いましたが、それは何かと言いますと「いかに大人が成長するか」に子育てのすべてがかかっているのに、大人が目先のことしか考えていない問題です。

サムエル幼稚園は、長野県に申請する段階で「親を育てる幼稚園です」と明言してきました。親もわからないことが多く、手探りであるのはしょうがないことです。しかし、適切な声がけや行動を子どもに対してとることで、子どもの成長や変化にかなり差が開いてきます。そこの部分をしっかりとお伝えし、親も子どもと一緒に成長していければいいなと考えています
 
例えば、子どもの要求をどの程度まで聞いて良いものか、どのあたりは「こちら(大人)の要求に従えるようにしておくべきか」みたいな話です。ここについては、行動分析学の原理や支援方法を知っているだけでは太刀打ちできません。

拙著の最新刊『子育てのほんとうの原理原則』(TAC出版)の中から、一つ例を挙げましょう。不登校や登園しぶりのことについてです。
 
この本のp.260から紹介している、入園したての年少のチサちゃんについてです。チサちゃんは定型発達児。両親は仕事をしているので、多くの時間帯は祖父母が面倒を見ていました。幼稚園の送迎やお弁当づくりも、すべて祖父母。
 
入園して2か月目、早朝に職員室に電話がありました。電話の主はチサちゃんの祖母です。電話を取ったのは園長先生でした。
 
祖母「すみません、チサが朝から『幼稚園に行きたくない』と言うので、今日は休ませようと思います」
園長「チサちゃん、体調が悪いのですか?」
祖母「特に体調が悪いわけではなく、機嫌が悪いので・・・」
園長「体調が悪くないのであれば、本人が『行きたくない』と言っても連れてきてください」
祖母「嫌がっているのに、ですか?」
園長「そうです、すごく泣いたり怒ったりすると思いますが、連れて来てください。連れて来てくれさえすれば、あとは幼稚園で何とかしますので」
祖母「わかりました」
 
覚悟を決めた祖母はいつもと同じ時間にチサちゃんを連れて来ました。
園長先生の言った通り、祖母も幼稚園スタッフも普段は穏やかなチサちゃんが泣き喚きながら登園した姿を初めて見ることになりました。
チサちゃんからすれば、サムエル幼稚園に入園するまでは「常に子どもの要求を優先する家庭」で育って来たので、こうした体験も初めてだったでしょう。祖母はこういうバーストを見たことがなかったから心配だったでしょうが、我々は見慣れた光景です。この後、どのように直るかも知っています。
 
チサちゃんはしばらくギャーギャー泣いていました。朝の会の後くらいには遊び始め、お昼くらいまでには普段と変わらない様子で遊び、保育にも参加できました。

そこから数日、同じようなことが朝、生じる可能性はありましたが、両親や祖母にそのことを伝え、そしてこれを乗り越える必要があると伝えました。結果、このチサちゃんの初めての登園しぶりは、たった2日で二度と生じなくなりました。
 
こうした初動の対応がすべてです。
もし、この日、朝の祖母からの電話に対し、不勉強なスタッフがいたとして「チサちゃん、お休みですね、承知しました」としていたら、大いに悪い結末になっていたことでしょう。
大袈裟に聞こえるかも知れませんが、その子の人生の大きな最初の分岐点みたいなものなのです。
 
それを園長が「体調が悪くないなら、泣こうがわめこうが連れて来てください」と対応したことは、ファインプレーとしか言いようがありません。
私がセラピストとして、不登校の早期対応の場合はこのような対応を基本としているからです。
 
一見、「嫌がっているのにかわいそうだ」「子どもに気持ちも考えてあげて」と思われるかもしれません。しかし、ここで大切なのはそうではないのです。「まわりの大人は自分の要求にすべて答えてくれる」ということを学習してしまうと、不登校は加速してしまうのです。
 
 
ちなみに、チサちゃんのその後の育ちはとても順調で、発達的には一般的な年長さんの年齢の子よりも精神的にも社会的にも高く、しっかりしたリーダーになれる器を感じさせる成長ぶりを発揮し、堂々と卒園式を迎えたのでした。
 
最初の対応を間違ってしまって、不登校やひきこもりにしてしまった人の中には、逆に私たちの方法を毛嫌いする人もいるのは承知しています。

しかしながら、事実、サムエル幼稚園では不登園になった子は一人もいませんし、卒園児で不登校になった事例もありません。どころか、他の幼稚園や小学校で不登校になってしまった子どもの相談を受けて、それらを直すような地域支援も実施しています。

子どもの健康、安全・安心を守るために

もう一つ、『子育てのほんとうの原理原則』でも取り上げている「ネットやスマホ依存」の問題についても紹介しておきます。

現代社会には、依存症になってしまうものがたくさんあります。18から19世紀の、中国大陸に輸入アヘンが広まって、目先の快楽にひたって労働意欲が大幅に低下したのと同じ構図が、この21世紀に訪れています。それがスマホであったり、ゲームであったりするのです。

かくいう私も、少年時代はゲーム少年でしたし、成人した今ではスマホ依存の傾向があるということは自覚しています。ただし、それはある程度の年齢を過ぎてからのことですから、自分自身がそうした依存傾向にあることを自覚できますし、どこかでブレーキを働かせようとする心境にもなります。

ところが、幼児期や児童期初期にネットやスマホに依存させてしまうと、あって当たり前、使えて当然となってしまいます。一度、それらに依存してしまうと、やめさせようとすると大変なことになります。薬物やアルコール、ギャンブルを咎められたときと同じ反応が返ってくるので、間違いありません。

こうした依存状態になってしまうと、「面倒くさいこと」「わずらわしいこと」を避けるようになってしまいます。あまりにお手軽に、しかも無料でゲームやYouTubeなどを楽しめるものですから、たとえそれが友人であろうと恋人であろうと対人関係には一定の気遣いのような「面倒くささ」や「わずらわしさ」が伴うものなので、圧倒的に対人関係は希薄になって社会性(そこから得られる知恵や知性)にも影響を及ぼします。

これら、すでにあるものをすべて否定するつもりはありません。
私もかなり利用しているものですから。言いたいことは、これらを開始する時期や使い方です。昔の人は偉かったと思います。麻薬やアルコールなど、「これはまずい」「国が退廃する」ということが分かった時点で、法律で完全に禁止とするか開始年齢に制限を設けるとかが出来たわけですから。
この21世紀は、これら国による介入は「呼びかけ」程度になってしまって、各家庭まかせにしてしまう傾向があります。

事実、私が25年以上、学校コンサルテーションをやってきましたが、スマホやネット、ゲーム依存によって不登校、引きこもりとなるケースは数多く、またお金を稼いでいるのは親ですから家庭内暴力や親を傷つけるほどの暴言で欲しいものを手に入れる少年少女も数多く見てきました。「家庭内暴力はありません」と言う両親もいましたが、暴力を振るわれないためにお金を先に渡していて、単に要求を聞き続けている状態でした。

このようにして、少子化社会が加速している中、スマホやネット、ゲーム依存によって、それ以外の「手間がかかること」をすぐに放棄する子どもが増えているのを実感しており、また私なりに「なんとかならないか」と思ったわけです。

例えば、行動分析学を利用した「苦手を楽しく克服するプログラム」を開発しましたので、こちらの拙著『世界に1つだけの子育ての教科書―子育ての失敗を100%取り戻す方法』(ダイヤモンド社)も参考にしていただければと思います。

「手間や苦労を味わって、その先に到達する喜び」みたいなストーリーを描かないと、労働して金を稼ぐ(納税して国を強くする)という行為には至らないということです。少なくとも、私が個人クリニックで契約している親御さんが、こうした私の考えと方法にきちんと賛同して実行していただいている限り、ニートは出現しておりません。
 
このことは、2022年10月2日放送のBSフジ『密着2000日―自閉症児に輝ける人生を―闘う!出張カウンセラー』で、私の教え子の「喜んで労働してお金を稼ぐ姿」がほんの一部ですが紹介されました。
また、幼稚園児ですら「働くことの楽しさ」「働けなかった時の悔しさ」を存分に味わわせることが可能であるという事実も、ご覧いただけました。
 
すでに、行動分析学の知見から「労働意欲」を高める行動の原理、逆にそれを低めてしまう行動の原理は明らかなのです。

さやか星小学校の開学を目指して

長くなりましたが、以上のような経緯がありまして、こうした問題があることを認識している私、そして解決方法を持っている私、最後に決め手は「誰もやらぬなら自分がやるの精神」を持つ私は、幼稚園教育だけではなく小学校もつくろう、という思いに至りました。

ときどき、同じような日本の教育や将来の社会を心配する方が、「教育改革を」と言って立ち上がられるので、日本も捨てたものではありません。ただ、私の場合は臨床家や研究者としては“流し”ではあるものの圧倒的多数の経験とエビデンスについて間違いはないのですが、資産家でもビジネス成功者でもないので、お金だけがありません。幼稚園設立のために、資産はすべて注ぎ込みました。

面白いもので、逆に私のような一介の“流し”の臨床家を買ってくださる方々が声をかけてくださるようにもなりました。高校生の頃、ある先生に「多芸ではなく、まず一芸を極めなさい」と言われた通りにしましたが、その言葉に従って良かったと思います。その先生は「一芸を極めると、多芸にも通じます」と、その先のことも言われました。外資系企業や国内大手企業、また日本の教育問題に強い関心を持っておられる実業家や実行力のある個人の方々に、私の技術や行動問題を解決するデザイン力を買ってくださるのは、本当に思ってもみなかった話です。

以上が、なぜ私が小学校を設立しようと思うようになったかの経緯でした。

次回の記事では、教育の特色についての具体的な話をしたいと思います。

みなさまのご支援により、この今までにない新しい小学校が誕生します。どうぞご支援とご協力をお願いいたします。

【文献】
奥田健次(2014)世界に1つだけの子育ての教科書―子育ての失敗を100%取り戻す方法. ダイヤモンド社.
ロリ・アーンスパーガー(2022)いじめ防止の3R:すべての子どもへのいじめの予防と対処(奥田健次監訳・冬崎友理訳). 学苑社.
奥田健次(2022)子育てのほんとうの原理原則:「もうムリ、助けて、お手上げ」をプリンシプルで解決. TAC出版.