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【修論】 2.1. 工業社会から情報基盤社会へ

第 2 章. 学校教育と学習科学

2.1.   工業社会から情報基盤社会へ

 
人工知能(AI)の一般化、情報通信技術(ICT)の進化を中心とする近年のテクノロジーにおける目覚ましい発展は、人類史上かつてないほどの速さで進んでいる。これに伴い、我々を取り巻く社会は大きく変化し、あらゆる分野で AI や ICT 技術の導入が進み、従来人間が担ってきたあらゆる分野の労働も、これらの技術によって効率化、もしくは代替されるようになり、我々市民の生活にも大きな影響と変化をもたらしている。
図 2-1 は、この 50 年で大きく変化した労働力の構造を表したものである。1960 年から現在に至るまで、見通しが立たない抽象的な課題に取り組む労働が増加しているのに対して、定型的な仕事や肉体労働を要する仕事は減少傾向にある(Autor et al., 2003)。
 

図 2-1 仕事タスクの動向(Autor et al., 2003 より引用)


さらに、2015 年には株式会社野村総合研究所と英オックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授およびカール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究により、日本の労働人口の約 49%が現在就いている職業が、10~20 年後には AI やロボット技術によっ

 
て代替可能であると発表した(株式会社野村総合研究所, 2015)。
これまでの歴史を振り返ってみても、技術革新によって労働市場が大きく変わることは珍しくない。19 世紀初頭の産業革命以来、人間の労働力は機械技術によって代替されてきた。例えば、イギリスから広がったこの産業革命では、製造業において機械の使用が普及し、それまで手作業で製造に従事していた労働力は不要となり、技術が人間のスキルを代替した。
では、この不要となった労働者たちはその後どうなったのであろうか。イギリスでは、それまで手作業で製造業を担っていた手工業者・労働者たちが、機械の普及による失業を恐れて機械を破壊し、資本家たちに使用をやめさせようとする「ラッダイト運動(Luddite Movement, 1811-1817)」と呼ばれる運動を起こし、社会問題となった。しかし、その後の労働者たちを取り巻く社会情勢は、彼らの予想に反した結果となった。確かに、機械の導入により一部の労働者たちの労働は不要となり職は失われたが、企業の生産力が飛躍的に向上し、資本家たちの大幅に増えた利益が労働者たちにも分配され、実質賃金が上昇し、中産階級が誕生したのである(Autor, et al., 2003)。
このように技術革新は、一般的に、技術が人に取って代わることで生じる雇用の代替と同時に、技術革新により生産性が比較的高くなった業界に企業が参入することによって新たな雇用を生むとされている(Aghion & Howitt, 1994)。
現代においても、「ネオ・ラッダイト運動」とも呼ばれる、AI による労働の代替に恐怖心を抱く動きが一部で見られるが、技術革新は雇用を奪うわけではなく、我々の労働市場の構造を「シフト」させるものだと捉えるべきである。技術革新によって定型的な労働や肉体労働が代替されている一方で、新たな分野の雇用も確実に生まれていることに注目すべきである。
そしてここで重要なことは、市民がこれらの新しい雇用を担うためには、従来必要だったものとは異なる、また別のスキルや能力を身につける必要があるという点である。この点が、「教育」が担うべき役割である。


引用文献

Autor, D. H., Levy, F., & Murnane, R. J.(2001). “The Skill Content of Recent Technological Change: An Empirical Exploration”(No. w8337). National Bureau of Economic Research.

Philippe Aghion, Peter Howitt, Growth and Unemployment, The Review of Economic Studies, Volume 61, Issue 3, July 1994, Pages 477–494, https://doi-org.tc.idm.oclc.org/10.2307/2297900

株式会社野村総合研究所ニュースリリース(2015 年 12 月 2 日)
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf(2021 年 1月 3 日参照)


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