【修論】 2.2. 求められる学力の変化
2.2.1. 知識を生み出し続けるスキル
既に述べたように、未だかつて無いほどに先行きが見通せない現代においては、専門家でさえ答えを持たない複雑で世界規模の問題が、一人ひとりの生活に影響を与えている。経済活動の中心が物の生産と消費から、知識・情報・サービスへと移行し、知識が果たす役割が増大したことにより、知識をいかに「創造」し、いかに「活用」できるかがこの社会を生きていく上での経済的な成功の基盤となっている(JAIST 知識科学研究科,2014)。そのため、市民一人ひとりが持っている知恵や知識を寄せ集め、問題に向き合い、協働して解決することが求められており、「人的資源」の重要性が今まで以上に認識されるようになった。
また、ノーベル科学賞受賞者のハーバート・サイモンが 1996 年に既に述べているように、「知っていること」の意味が、「情報を覚えて暗唱できること」から「情報を発見し利用できること」へと変わりつつある。「何を知っているか」だけでなく、それを使って「何ができるか」「いかに問題を解決できるか」が問われるようになっている(国立教育政策研究所 2016)。これらの激しい社会変動の波を受けて、従来の教育目標である「有能な労働者の育成」では、グローバル社会を生き抜けないという現実を前に、教育の成果として求められる能 力が世界的に見直された(Griffin, Care and McGaw, 2014)。
例えば、OECD の「生徒の学習到達度調査(PISA)」では、2つのモデル、キー・コンピテンシー(Rychen and Salganik, 2006)や、21 世紀型スキル(Griffin, Care and McGaw, 2012)を採用している。これらのコンピテンシーやスキルの中身を整理すると、「ある目標を解決するために、他者と共にさまざまなテクノロジーも活用しながら知識を生み出し、またそのプロセスを通じて新たな目標を発見するような知識を生み出し続けるスキル」と言える(益川, 2015)。
2.2.2. OECD のキー・コンピテンシー
OECD によるキー・コンピテンシーの定義は DeSeCo(Definition and Selection of Competencies)プロジェクトによってなされた。2005 年に出された DeSeCo プロジェクトの事業計画の概要にて示された定義は、以下のものである。
3つのキー・コンピテンシーは、下記のように示されている。
なお、これら 3 領域の力は個々に働くのではなく、状況に応じて、相互に関連しあって働くべきものであるということが意図されている。図 2-2 はその意図を図式化したものである。
この点において、松下(2010)は、キー・コンピテンシーが「独立した力でない」ことを強調して次のように述べている。
日本において、このキー・コンピテンシーはどのように捉えられているのだろうか。2008 年の中央教育審議会答申では、これらのキー・コンピテンシーと第 15 期中央教育審議会答申で示された「生きる力」の関連性について以下のように述べている。
松下(2010)が指摘しているように、内容においても理論的根拠付けにおいても、「生きる力」と「DeSeCo キー・コンピテンシー」は大きな隔たりがあるものの、我が国もこの重要性は十分に理解した上で、学習指導要領にも、その表現は異なるものの、キー・コンピテンシーにおいて重要とされている要素が多分に反映されていると言える。
2.2.3. ATC21S の 21 世紀型スキル
21 世紀型スキルとは、国際団体である「ATC21S(Assessment and Teaching of 21st Century Skills=21 世紀型スキル効果測定プロジェクト)」によって提唱されている、21 世紀を生き抜くために必要な能力である。それらは、以下のように整理された。
ここで留意しておくべき点は、「キー・コンピテンシーや 21 世紀型スキルは、教科内容と切り離して考えられるべきではない」と指摘されていることである。どれだけ事実を知っているかという「ハードな知識」や言語や数などの「ハードスキル」と、21 世紀型スキルなどの「ソフトスキル」は相反するものではなく、むしろ両者を結びつけながら一体的に文脈に組み入れて育んでいくことが推奨されている。
20 世紀後半の北米における「思考スキル」教育が失敗に終わったのは、この両者を分けて捉え、さらに「思考」を「操作」「知識」「傾性」に分類し、それぞれの「技能」に対して手順やルールを定め、教えるべきことを学年配当した「思考の直接指導法」を採用したためであったとし、この失敗を受けてスカーダマリア(Scardamalia)ら(2014)は資質・能力は教科等の学習のために「使って育てていく」ものと位置づけ、21 世紀型スキル(資質・能力)と教科内容の関係を図 2-3 のように表している。
2.2.4. 学習指導要領における資質・能力
日本の公教育では、文部科学省によって 10 年に 1 度修正が加えられ発行される学習指導要領が各学校現場の指針となっているため、学習指導要領において重要だとされる要素を整理しておきたい。新しい学習指導要領では「資質・能力」という言葉が頻出している。これまで教育で重きが置かれてきたのは、「知識の量」であったが、「資質・能力」とは、知識とどのような違いがあるのだろうか。
以下で見られるように、「資質・能力」は、教育基本法の理念でもある「人格の完成」や、「平和で民主的な国家及び社会の形成に必要な、資質を備えた国民の育成」に必要なものであり、また、確かな学力・豊かな心・健やかな体の調和を重視する「生きる力」を育むことの重要性を改めて示すものでもある(国立教育政策研究所, 2016)。
学習指導要領では、この3つの要素をバランス良く膨らませながら、子どもたちが現代社会で必要な資質・能力を育んでいけるように「各教科等で身につけていく力」と「教科横断的に身につけていく力」とを、相互に関連付けていくことが必要とされている。
計画の中で提唱されている「自立・協働・創造」という生涯学習社会の理念も、資質・能力の育成を生涯かけて行っていく必要性を謳ったものである(国立教育政策研究所, 2016)。
さらにここで、「知識」と「資質・能力」の違いについても明確にしておきたい。知識とは「学んで身につけるもの」であり、資質・能力とは「元々学習者自身が持っているものを引き出して使う力」と定義できる。例えば、小学校低学年で習う「掛け算」や「割り算」などの計算の仕方は元々持っている力ではなく、新たに獲得すべき知識と言える。しかし、小学校低学年の子どもでも、「数という概念」や「増える」「減る」などの状況変化を理解する能力は元々持っていると考えられる。この、元々持っている資質・能力を使って、新たな知識を獲得するということもできるが、この資質・能力を子ども自身がより意識をして学ぶことが、いままさに重要視されているのである。
以上のことを踏まえると、資質・能力教育を以下のようにまとめることができる(国立教育政策研究所, 2016)。
上記の1.にある資質・能力とは、新しいことを学ぶ際に使われる、「学習者がすでに持っている学ぶ力・考える力」のことを指し、3.にある資質・能力とは「教科等の質の高い知識やその学び方に関するメタ認知・ものの見方・考え方を含む総体」を指している。
2.2.5. 学習指導要領における主体的・対話的で深い学び
新しい学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」という言葉も随所に用いられている。ここでは、この言葉の意味付けを確認しておきたい。
文部科学大臣は 2014 年 11 月、中央教育審議会に対して「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」にて以下のように述べている。
「アクティブ・ラーニング」という言葉は、2012 年の中央教育審議会の答申にて初めて公式に使用された。「積極的・能動的な学習」を表すこの言葉は以後、教育現場で頻繁にきかれるようになった。しかし、「アクティブ・ラーニング」と言うと、従来のような一斉授業ではなくグループワークやフィールドワークなどの授業方法を採用すべきか、など、学習者の「学びに向かう姿勢」よりも「授業方法」に注意が向いてしまうのでは、とも懸念された。以下の内容は、その後の議論で指摘された内容である。
このような議論の末、中央教育審議会では「アクティブ・ラーニング」とはあくまでも授業改善の視点であるという位置づけとし、代わりに「主体的・対話的で深い学び」の実現を教育目標とすることを示した(中央教育審議会答申, 2015)。さらにここでは、「主体的」「対話的」「深い学び」の意味づけをそれぞれ整理しておくこととする。「主体的な学び」は、中央教育審議会では以下のように示されている。
ここでは、「自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら」と、学校卒業後の社会を見据えた学びの重要性や、「学習活動を自ら振り返り意味づけたり、身についた資質・能力を自覚したり、共有したりすることが重要」とし、メタ認知能力の育成における重要性も示唆されていると言える。次に、「対話的」については以下のように示されている。
ここでの「対話」の対象とは、子ども同士だけでなく、教員や学校外の大人も含まれていることが重要な点であろう。従来、学校教育に学校外の人物が関わる機会は極めて少なかったと言えるが、学校の垣根を超えて自身とは違った価値観や考え方に触れ、理解を深め思考を広げていくことが重要だと示唆されている。最後に、「深い学び」は以下にように示されている。
ここで注目すべき点のひとつには、従来のように、ただ「知識を獲得する」だけではなく、「相互の知識を関連付けて考え、それを問題解決に活用し、新しい価値を創造する」ということが強調されていること、2点目は、「深い学び」と「資質・能力」との関連性が明確に示されていること、3つ目は、「深い学び」の実現には、各学校の各教員により、教授法とアクティブ・ラーニングを促す学習活動を使い分けながら授業デザインが行われることが期待されている点である。
また、新しい学習指導要領では「主体的・対話的で深い学びの実現は、決して特定の指導方法を押し付けるものでもなく、今までの一斉授業を否定するものでもない」とも強調されている。ただし、「各学校において、創意工夫を生かし、全体として調和の取れた具体的な指導計画を作成すること」や「生徒の主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善を行うこと」を繰り返し提起している。
白水(2020)も指摘しているように、問題であるのは「型を取り入れること」自体ではなく、それによって「指導技術の改善にとどまること」であり、今問われているのはそれを通して生徒らの多様で質の高い深い学びを引き出せるか、その繰り返しが資質・能力の育成につながるのか、そして、それを通して学びを問い直していけるのか、ということなのである(p.198)。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?