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紙軸綿棒

 綿棒を買うのをわすれた。

 綿棒がないと、風呂上がりに絶望が訪れる。この湿った耳の穴の水分を、どうしてくれよう、どうしてくれよう。綿棒はいつだってストックしていたのに。ストックがなくなったから買ってきてって、くにおに頼んだらよりによって軸がプラスチックの、クニャクニャまがるやつを買ってきやがった。コレジャナイ、貴方ハ綿棒ヲ理解シテナイ、って言うと、くにおはキレてプラ軸の綿棒をベランダからばらまいた。

 綿棒が植え込みに落ちてサラサラ、という音がした。

 その一件から、くにおとは口をきいていない。自分で買いに行けばいいのに、くにおと一緒に綿棒買い直すっていう仲直りプランを絶対実行してやるって決めていたから、綿棒は買わなかった。

 あぁ、この耳のじくじく。タオルで奥までふこうとしても、手が届かない。

 くにおとは一年半前からつきあって、半年前からいっしょに住んでいる。半年では、わたしの綿棒の趣味までは理解できなかったのね。くにおちゃん。

 ガチャっと戸が開く音がしてくにおが帰ってきた。くにおはずんぐりむっくりした体格のわりにあまり足音を立てないように歩く。普段は明るいのになんかそういうとこは暗い。

 キッチンを抜けて、わたしのいるリビングをできるだけわたしから遠い動線で自分の部屋に行こうとする。

 耳の奥を拭きながら話しかけてみることにした。

「ねぇ」

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