かもしれない。

深い深いかなしみは氷の塊のようなものやもしれない。それも海に浮かんでいる流氷のような、不純物とか空気とかバリバリ混ざってる感じの。自分ではそんなに影響ないって思ってても根が深かったり、めっちゃかなしいーーーーって思ってても案外表面だけで薄かったりするのかもしれない。

ちゃんとかなしみと向き合って、かなしみの純度をあげて、すみきったかなしみの塊で美しい彫刻を作れたとき、何か変わるかもしれない。

かなしみには、かなしみじゃないものが混ざりやすい。それはかなしみが優しさを湛えているからなのかもしれない。
かなしみは何も、誰も孤独しにたくないと思っているのかもしれない。もしかしたら自分も、1人になりたくないのかもしれない。

と、ここまで考えて、昨年(2015年)公開のインサイドヘッドてどんな話だったんだろうと、気になりはじめた。

観たくなってきたかもしれない。

#フタガミサヤ #日記 #詩 #エッセイ #コラム

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