駅員・田浦五郎・51歳男性

 その駅の改札を出たところにある待合室は田舎のわりに広く、自動販売機が三台並んでいた。日暮れが早くなると、自宅から車で迎えに来る家族を待つ間、自動販売機で買った飲み物を片手に、高校生たちが騒々しく談笑する姿がその駅の風物詩のようになっていた。年々、その高校生たちの人数が減っていくにつれ、やかましかったおしゃべりが緩やかに静まっていくのを、駅員・田浦五郎は喜ばしく感じていた。

 なにしろヤツら、とにかく声がでかい。女三つで「姦(かしま)しい」という漢字があるが、男三つ、それも、野球部なんぞ集まろうものなら、がさつさもあいまって「がじましい」という漢字になるのでは、と思うほどだ。練習後なのだから、もう少しぐったりしていてもいいはずだ。どこの誰だか知らないが、しごきが甘いぞ監督、と心の中で毒づく。若かりし頃、鉄道マニアのド文系であった田浦にとって、クラスの人気者であった野球部は遠い存在であった。

 今日も、四人の野球部カバンを持った連中が、自販機で何を買うか、決めかねている。

 あーでもない、こーでもない、毎日毎日全く「ぅおい!ちょ、まじ!おま!」げらげらげらげら。

 三人の大爆笑の合間に一人の、ちょー、とか、まじー、などといったうめきが聞こえる。客が他にいなかったからいいようなものの、うるさいこと山のごとし。なんてったって、俺がいる。俺だってこの空間の中にいるんだぞ。わかっているのか。田浦のいらだちや、コンプレックスが充満して、切符売り場のガラスは結露をおこしそうなほどであった。その結露には気づかない様子でコンコン、と軽やかに切符売り場のガラスをたたく音がした。みると野球部(その一)だ。どうやらうめき声を上げていたほうらしい。

 なんだ、騒がしくしたことを謝りにでも来たのか、と思い、やれやれ、という態度を隠しもしないで田浦は、眉の細い色黒坊主頭にどうしましたか、とたずねた。

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