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離婚式 9
朝食にフレンチトーストを焼いた。
鎌倉のベーカリーのパンが冷蔵庫で水分を失って、所在なさそうに座っていた。それを美味しく再生してあげよう。ソーセージはボイルして皮目を焼き上げた。サラダはあり合わせで済ませることにした。
準備が整うのを待ち伏せたかのように、寧々が起きてきて、背中からハグしてきた。柔らかな重みが背中で潰れている。それを愛撫した夜を思い出した。
「おあよ、りょう」と寧々が舌ったらずな声で甘えた。
後ろ髪の中でぶら下がって、湿った吐息が耳にくすぐったい。
「またボクがお料理よ。順番の約束じゃあなかった?」
それでも笑みで返して食器を並べていく。
この部屋にはテレビがない。ニュースへの興味は、彼女にはない。
およそ肌で理解できるもの以外に、彼女が執着してるものはない。
Wi-Fi接続のスピーカーに指示して、朝に相応しいjazzを要望した。ご丁寧にvocalなしでと付け加えた。早速セレクトされた曲で満たされる。
「あの子はウチのものなのに。すっかり、りょうを主人と判断してるぅ」
さて朝食を摂りながら、さり気無くこの子の過去を聞き出していく。
「りょうってさ。束縛するよね。前彼だってどうでもいいじゃん」
「束縛かなぁ」
「なんか探偵みたい」
図星よ。ボクは離婚保険会社の調査員。
貴女は動物的なカンがあるわね。
「だって気になるのよ。男とどっちがいいかって」
「不思議なのよね。りょうと寝てると、女子とヤッてる気がしないんだもの」
それはそうでしょうよ。
自分も男性との性行為は、怖気がする。
それに今でも戸籍は男性登録になっている。IDカードで全ては済んでるので社会的には女性扱いになってるし、肉体も遜色なく手を入れた。それでも紙ベースでは現実がまざまざと突きつけられている。
覚悟を決めようと思った。
依頼人である望月さんの確証を得るには、彼女の元旦那に接触するしかない。
しかも自分を、女性としてけしかけるような物言いだった。
ふうとため息をついた。
試されている気がする。
比較している気がする。
愛人だった寧々の方面はあらかた聞き出しているので、身を引きながら自然消滅を装えばいいだろう。それでもどこまで自分の精神が耐えられるのだろうか。
女性として神崎と付き合いたいと思っていても、一線は越えきれない。
彼は婚姻を終着点として考えているのかが、不安。
婚姻の時にIDではなく、戸籍抄本を求められたら。
そう考えると、ゾッとする。
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