蠱惑の赤 1 #いやんズレてる
かつて、すれ違いも愉しみでもあった。
携帯もスマホもない時代は、女子の家に電話をかけることすらハードルとなった。受話器を誰が取るのか、それを呼出音が鳴っている間の心臓は早鐘のようで、緊張して待っていた。
それを緩和してくれたのは、ポケベルであり、留守番電話だった。仕事あがりに着信メッセを示して赤ランプが点灯していると、胸が高鳴った。僕は豆球の頼りない光の元で、電話の再生ボタンを押した。
軽い咳払いの後に、ちょっと掠れた声で、知己の女性の声が流れてきた。
とっておきの赤があるのよ。封を切りたいのだけど、ひとりでは多いじゃない。一緒にどうかな、って思って。
同じ小学校には通えない程の年齢差のある、先輩の友達からだった。何度か先輩と並んでジャズバーに通うこともあった。そのままの流れで単身住まいの、彼女のマンションで寝泊まりしたこともある。
僕はまだまだ若かったのだろう。
風圧が厳しいので幌は掛けたままで、高速道路を一目散に駆け抜けた。深夜の高速はヘッドライトに浮かぶ白線だけが、妙に現実味がある。
そのまま彼女の意図を斟酌していた。
返信を鳴らせても、受話器は無言だ。
バスを使っている、のかもしれない。
想いを巡らせると、血流が鎌首を持ち上げる。
最上階のマンションで、吹き抜けの高天井に天窓がある。リビングから螺旋状に階段があり、中階にロフトがあり彼女はそこを寝室にしている。バブルに踊った日本では、デザイナーズとしてありふれた構造だった。
時刻は午前2時になってた。
深夜のチャイムですら、それを日常としている相手だ。
彼女はずっと女子校に通い、暫くはモデルをしていた。
周囲の目を惹きつける、磁力を宿した胸を持っていた。
意外にもどちらか、と問われれば男前な側面があり、女子校では《彼女》もいたという。その行動力は見惚れるものがある。
学生当時のエピソードだ。
もう水温が冷たくなったはずの秋口で、メンバーを集めて海に行ったという。同級生なので女性ばかりで。
何をしたと思う?
全員が裸になって海に入ったのよ。
気持ちよかったわ。
誰もいなかったんですか?
危ないでしょう、そんなこと。
誰もいなかったわ。
それにあの頃の女子って、無敵だから。
あっけらかんと口にするけど、僕の視線はそこへ吸い寄せられる。
そう、僕はまだまだ若かったのだ。
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