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離婚式 29

 ごとり、と重い音がした。
 ラブホテルの極彩色の脱衣所を開けると、バスルームはガラス張りで内部まで見渡せた。高気密性のマスクをかけて、手術用のゴム手袋をした両手を洗面台で丁寧に洗った。
 佐伯が、そのガラス扉を背にへたり込んでいた。
 彼の下半身にシャワーの湯が乱雑に跳ねていた。
 気道は確保されていて、窒息するような状況ではないのを確認したので、ゆっくりと手洗いが出来る。
 事前に仕掛けをしていた。
 まずは部屋のドアノブ、脱衣所のバーハンドルにアトマイザーで2種の液体を噴霧しておいた。ボクは掌紋か静脈流で開錠をしただけで、開けるのは佐伯の手に任していた。
 その手には薬剤が付着している。
 2種の水溶性の薬剤が混合すると、即効性の睡眠剤になる。彼はそれを両手で受けて、シャワーで顔をまず洗ったのだろう。男子ならシャワーを浴びるときまず頭から被り、手で顔を拭う。
 換気扇がかかっているのを確認して、暫くは放置しておいた。薬剤がまだ残っていたらボクも同様の結末になる。
 下腹にお肉のついただらしない肉体だ。
 その陰毛から臍にまで毛が伸びている。
 それが湯を受けてさらに黒々としてる。
 小汚い姿は醜悪ではあるが、このままでは変死する可能性がある。浴室に入りシャワーを止めた。風邪くらい引きそうだが放置しておくつもりだ。

 部屋に戻って佐伯の荷物を探る。
 目当てのものはすぐに見つかった。
 佐伯のスマホとボクのをHDIコネクトで連結する。そのまま浴室に戻って、彼の指紋でスマホを起動させる。
 ふ。ふふ。
 やっぱりね。連結されるとワームが侵入するのね。
 そうして佐伯のスマホも監視対象になったわけね。
 これでこのスパイウェアは二つに分岐された目標を追い続ける。どこまでの混乱を誘えるかはわからない。同じ処理は寧々にも施しておこう。監視対象者が3分岐すれば効果はもっと上がるだろう。
 こうしてこの身に焦点が定まるのだけは、避けたい。
 ほっ、と安堵の溜息をついた。
 次は神崎を洗わないと。
 彼の接近はボクへの逆調査かもしれない。
 噂には聞いたことのある機関がある。それは離婚保険の裏側を探るものを闇へ送る組織だという。
 確かにこの業界では音信不通はありふれているし、訃報の連絡は業務連絡の栞のように挟まれている。
 標的とされているのなら。
 回避をするには。
 考えを巡らせる。
 最も相手が嫌がる一手を打てばいい。
 そうよ。
 その機関を暴けばいいんだわ。
 
 
 


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