伏見の鬼 11
胸を焦がすのは、熾火のような炎である。
灰白い中に赫灼たる炎が燃え盛っている。
「おお、総司か」と声を掛けるその人物には、幼い時からの思慕がある。そしてその腕の幼女には、固執がある。総司が淡い恋慕を重ねている女性の娘であるからだ。
おれの妬心はどちらに起因しているのか。
秩が彼を見つめている眼なのか、またお京の喜びの声か、或いは。
土方歳三はもう一度お京を高くあげると、次は総司の番だなと渡してくる。八重歯の見える、かの微笑は崩さぬままだ。
そうだ。
そうだった。
受け取ったお京は、総司の腕のなかで更に笑顔を綻ばせている。手足を無闇に暴れさせているが、それを優しく支えながら総司の頬も緩んでいる。
視線の奥に不変不朽の笑みがある。
試衛館を初めて訪うたとき、指導をしてくれたのが、この笑顔であった。天然理心流の、二回りも太い表木刀をその手で握らせてくれた。幼い当時の掌では、手の内に納まりにくい。それを自ら率先して指導してくれたのが、歳三兄ぃであった。
漸く理解した。
彼が峻厳に相対するのは、剛健な士分に対してのみである。
おれが強くなったからではないか。
「あの総司さま、またお口汚しでございますが・・」と秩は竹皮の包みを渡した。
「おはぎをつくりましてん、いけずは言わんといてくださいまし。ああ、それと父から丸薬から預かっております。どうぞお大事に」
深々と一礼をして、羞恥を見せぬとてか、顔も碌に合わさぬままに、彼女はその場を去った。
足元は昏い。
それでも大門は遠方からもよく見える。
それは居並ぶ妓楼が提灯を掲げて、門にも掛かっているからである。
そこから先が異空の如き様相で闇を切り抜いている。
総司は思案していた。
事は壬生浪士組から抜けた一派である。
歳三兄ぃも仔細は承知していない。
元々が将軍上洛の警固として、清河八郎の言に飛びついた烏合の衆である。京に就くなりその攘夷浪士を取り締まるでなく、その攘夷其の者に成れと、かの者はいう。
壬生浪士組は大いに揉めて、寧ろ扇動を掛けていた清河らが袂を分けた。清河八郎自身は既に江戸へ下ったという。
同時に幾人かは彼を追い、幾人かは所在が不明である。
ただ土方歳三が勘定方を務めていたので、江戸までの路銀が支給されているのを知っていた。そして例のお仕着せの羽織まで連中には渡っているようである。
筋が読めてきたな、とその点で得心はあった。
大門屋に着くと、今朝より縮こまった感のある黒牛が、総司の顔を見るなり平伏をした。寧ろ驚いた。
「放逐に成るべき所、ご寛恕痛み入り候」
彼はその生業が継続出来ることを感謝しているらしい。
「侍めいた奏上を申すな、ただ忝いで良し」
妙に持ち上げられると、総司は何やらこそばゆい。
「何も起こらずか」
「へえ、揉め事はひとつも」
この大門屋で何が起こったのか、最も胸襟を開いて語るのはこの男かもしれんな、と総司は思った。
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