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海猫屋のドリア

 茜空が幾何学的に割れていた。
 林立するコンテナの群が連なり、夕映を黒くさえぎっていた。
 空の色を映している海面も切れ切れになっている。コンテナの塊でも大きなものでは、3階建ての一軒家ほどある。
 長方形の海面を海鳥が滑空していき、水面を蹴立てて、瞬時に死角に消える。
 管理倉庫の係長が、タバコを吸っているのでコンテナの一角で腰を伸ばしてる。
 チェックしたスマホには女子会のお誘いメールが立て続けに入っている。ご丁寧に、目星のお店の温かそうなシチューの画像まで添付されてきた。にも関らず、私は悪態をつきながら、海風が吹きすさぶコンテナ埠頭でお仕事に励んでいる。何て皮肉!
 「忘年会は22日だからね!」と帰社したら、事務の高向さんが言っていた。
 彼女は中学生の受験生を抱えていて、「夕季ちゃん、英語なんて見てくれないかな。家庭教師でさ」と相談があった。その後は何の音沙汰もないので、正直、ほっとしていた。

 保税倉庫での検品で冷凍食品になったような気分を溶かすつもりで、海猫屋に向かった。
 木造の内装から、日なたの匂いがした。
 煤けた梁が天井を走る店は、白熱球のランプに照らし上げられて、まるで漁船の船底のようだった。
 財布の中身と相談して、ドリアを注文した。今日は身体と気分を温めるために、調理するのにも、食べるのにも時間がかかるほうが、私には都合がよかった。
 レディスデーなので、ドルチェがつくのにコーヒーは頼まなかった。
 コートのポケットには、よく冷えた缶コーヒーが2本もあった。保税倉庫で、凍えた指を温めるだけのために、自販機で買ったものだ。ホント、今度から自販機には、カイロを入れて欲しいわ。
 石釜に盛られたドリアを、フォークで、えい、えいと突っつきながら食べた。
 溶岩が溶けて固まったようなチーズの土手を突っつく。舌が焼けて、熱い塊がおなかの中に生まれ始める。
 目の前の、蜘蛛の糸が風に流れてきているみたいに不愉快な視線がうるさかった。
 大学生かな?
 こっち見てる。バレバレね。
 学生のときは、髪を切らずにいれた。けれど社会人になって半年もすると、丼ものに髪が入らない程度にはカットするようになった。
 職場のせいか、気も強くなったけれど、その分、声をかけられることもなくなった。社会に出て数年たつと、むしろ社会は狭く感じるようになった。時には女子会絡みで、男性を紹介されることもあるけれど、いまいち本気にはなれなかった。
 お友達紹介の出会いは、いくつも重なった同心円上の付き合いが、浅く重なっているだけと思う。その接するエリアが一段深くなる度に、男たちが恋愛の履歴を詮索してくるのに飽き飽きしてきた。
 男の子は過去形を知る必要があるのだろうけど、私たちはとっくに過去完了してる。それよりも未来形が眩しくあって欲しいのよ。


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