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恋愛脳を紐解けば 3 | 忘れっぽい詩の神

 人生にはモテ期という時期があるらしい。
 それは神話みたいなもので、私自身には縁遠く感じられたが、佳い女子を連れ回していると本当に彼女らはモテていた。非道い目にあったことも数回ある。
 私にとっては恋愛脳の記憶野に、厳重に蓋をして封印していたのに。昨今の出来事によって夢見心地で蘇ってしまった。

 男勝り、という表現が似合う娘と、跳ねっかえりという言葉がお世辞ではない娘に挟まれてしまった。その私は些か勉強は出来るものの、至って風変わりな男子であった。当時より原稿用紙の〼を埋めて、文筆家を目指していた。
 愛読書としては、スウェーデンの警察小説である、マルティン・ベックシリーズであったのだから際立っていただろう。
 
 初夏になった。
 流石に発育が進み、体操服や水着の着替えは時間差になった。
 教室内でのヒエラルヒーは変化なく、女子グループの思惑でその着替え時間の匙加減は意のままだった。女子だけの特別授業もあり、それで彼女らのおませな目線がより厳しくなったようだ。
 私の第二次性徴も始まっており、男子のなかでも陰毛が生えるのが早いほうだった。それでも精通は経験していない。勃起はするものの、その現象は、主にイヤハヤ南友によって発動されていた。その手のマンガは自宅で購入して置いておくことなどは出来ず、理髪店に毎月通ってはむさぼり読んだ。
 
 呼び出しが、あった。
 嫌な予感がしていた。
 果たして女子グループの頂点のふたりが、体育館裏倉庫の陰で待っていた。夏休み前で烈火の日差しの陰で、蝉の声が喧しかった。
「ねえ、見せなよ」
「何を」
「この子のヌードを見たんでしょ、あんたも毛を見せなさいよ」
「いや、ちんちんもよ。うちはおっぱいも見られたのよ」
 いや出くわしただけだ、という反論の余地もない。よりにもよって手を組むことはないだろう。このふたりはお互いに牽制をし合っていて、それで息継ぎが出来ていた。
 これはモテているのではない。
 肉食獣がお互いの領域を牽制していたが、遂には狩って獲物を互いに補食しようとでもいうのだろう。
「じゃあ、お前らも見せろよ」
 これが中学生女子なら羞恥のブレーキがかかる。だが男勝りで鳴らした両人である。
 小気味よい程にすとーんと、ふたりの足首にパンツがおりてきた。そうして躊躇なくスカートの裾を持っている。むしろ男気さえ感じた。
 私は慌てた。
 約束を守るふたりだろうか。
 私だけ見せ損はしないだろうか。
「いっせっせーで、一緒だよ」
「うちらが約束を守らなかったこと、ある?」と苛立たし気にいう。
 もう逃げ場がなくなった。
 私がチャックを開けると、彼女らはスカートをあげる。先に見せておこうというのだろう。自分のパンツに指をかけた。
 頭上では蝉がけたたましく、盛夏にときめき鳴いている。あれは特別授業に感化されたのか、或いは秘密を共有する儀式だったのか。

 神様、この瞬間を忘れてしまいますように。
 

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