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伏見の鬼 15

 抜き身の白刃が揺れている。
 対する鳶若衆は丸腰である。
 彼の獲物は、およそ鉄芯をいれた櫂棒であり、それは高瀬舟に置いてきていると見える。肩をすくめたように屹立きつりつしている。
 頭巾で頭を覆った、浅黄色の羽織。
 その姿は鬼角を隠す行為に思える。
 おれは運がいい。

「で、お前さんは何が聞きたいのかえ」
 総司の小部屋に土方歳三が座って寛いでいる。
 彼は近藤勇と同室を買って出て、しかも隣は芹沢鴨という部屋割りである。普段は窮屈な思いをしているのだろう。
 それは半日前のことで中天に日が輝いている。
 大空でとんびが宙を巻いて、大きくさえずる声がする。
「浪士隊の台所事情の事です。歳三兄ぃ」
「かなり苦しいな。かの清河一派が江戸に下るというときに、引継ぎが有耶無耶になっていての。まあ清河も清河だが、鴨がカモられての」
 そう言って苦笑をした。図らずも洒落を口にしたのだろう。
「台所の算盤はかなり苦しい。それで大阪平野屋でも足らず、近江屋にも資金を恃んだ。それと清河が離れたことで、ご公儀ばくふとの中継ぎが上手くいかん。儂は今、会津様への御目通りをここで待つ次第よ」
「その首尾は」
「まだ判らぬ」
「その引継ぎの際の資金ですが、鴨が隠し持っているということはございませぬか」
「じゃから傍で検見しているが、奴自身の懐も実は寂しいよ。見得を張って若手と色街に通ってはいるが、奴は金策に窮しておる。奢りは懲り懲りだとも漏らして居る」
 芹沢鴨の乱痴気振りは見掛け倒しなのかもしれぬ。
 成る程、彼の剣技にも等しいと総司は考えている。
「儂はな、持ち逃げしたのは清河本人でもなく、その取巻きの連中かとも思っている。清河には江戸にて金づるはまだ居る」
 浪士隊には会津藩より支度金が下賜されていた。
 上洛して、あらかじめ染められていた御仕着せの隊服の代金を支払うと、途端に算段がつかなくなる。壬生屯所は豪農である八木家のものであり、日々の糧も彼が奔走して集めてくれている。その恩義に応えてことも出来ぬようだ。
「会津藩は何と」
「まあ、賞金首だか何かを挙げていかんとな。この隊が案山子か有為な侍の群であるかを示していくしかねえ」
 そう告げて彼は席を立った。

 総司は風を巻いて小走りになっている。
 左親指が鍔を押して鯉口を切っている。
 彼の差し料は加州清光ではあるが、実は脇差の方が銘のある真品である。大刀は無銘の安物であるが肉厚で折れぬ。
 狭い街路の入り組んだ京の闇夜の死闘。
 旅籠や妓楼の隅で繰り広げられる暗闘。
 脇差の方こそ分がある。
 大刀では過分に過ぎる。
 もう足音を潜めずの速足である。
 切先を下げ、地摺りの構えで仕寄る。
 天然理心流は、足捌きの剣でもある。
 かつ地表から跳ね上げる斬撃は容易には避けられぬ。猛撃する総司に対して、後ろに跳んで逃げるか、上段から抜けるや否や。
 
 
 
 

 
  


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