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餓 王 鋳金蟲篇 1-3

「小僧、何を企んでいる」
 無言の重圧がひしめいている。迂闊であった。遠巻きに囲まれている。
目を覚まして、こちらが気づくと同時に一気に寄せてきた。
 なぜ気が付かなかったのか。それはこの闖入者ちんにゅうしゃどもが、体温を持たなかったのだ。蜥蜴とかげや蛇の類ではない。彼らは今のこの気温では動けないだろう。
「・・・すまない、とは思っている。集めすぎてしまってね。どうにも独りでは斃しきれないと思ってね」
「拙僧に殺生を強いようてか」
「なに、兎を狩っていただろう? もう戒律上の問題などない筈だ」
 これからが行うべき行為が、殺生と言えるものだろうか。
 ある者は首を失っている。
 ある者は腸が腹部からはみ出している。
 四肢が揃っているものが少ないくらいだ。
 へし折れた槍や折れた剣にすがるようにして、よろよろと歩いてくる。具足もろくに纏ってはいない。血が黒く固まっていて、腐敗も始まっている。むしろ草むらに紛れてずるずると這ってくるものの方が多い。
 そう。
 岩室に向かって集結してきたそれは、屍人の武人たちであった。
 剣尖が疾った。
 雷が天を破る早さで、その刃が屍体を両断した。
 男は岩室を飛び越えて、おろおろと襲ってくる屍体の群れに飛び込んでいく。その刹那に月光を反射した剣筋が空間を走り、その群れが両断された。
 そう水が高みから溢れることわりのごとくに、その剣さばきは流れるように、舞のように連続して、その中で破断された肉体が吹き飛ばされた。その技は歴戦の戦士のものだった。
 岩室の一番高い岩の上に陣取った。
 私は錫杖棍の槍で、群れとなって襲ってきた屍体の一角を突き崩した。
 濃密な腐臭で脳裏が痺れてくる。
 腐敗しきった肉体は脆く、それこそ数珠繋ぎに貫けるが、却って問題があった。命のない肉体には致命傷というものがない。手元に寄ってきたその屍体が牙を奮って噛みつきにくる。槍を引くも数体分の肋骨が複雑に絡み合うので、簡単には抜けない。足で踏みつけて抜こうとしても、その足まで腐肉にずぶずぶと沈んでいく。
 私は舌打ちをして、隠剣を懐から出した。抒という隠殺者の用いる小刀である。槍の穂先に見えるが、刀身は三角錐になっている。これで骨ごと肉を散らせてくれる。
 骨から多くの肉が剥離すれば、その屍体は活力を失い、ばらばらと枯れ草に呑まれていく。肉が骨を繋ぎとめているのだ。ただしそれには手間がかかった。成程、独りでは手に余るという男の言が身に沁みる。
「キリがない」
「全くだ」
 かちりと金属音がして火花が散った。
 それは心臓に近い場所にあった。その屍体から何かが背後に飛んでゆき、まだ腐肉が残っているのにも関わらず、糸釣り人形が投げ捨てられたように一気に膝を折り頽れた。
「何かが埋まっているぞ」
「ああ。メダリオンと呼んでいるが。そいつが離れたら動けなくなる。ただ場所がどこかは色々と違うようだ」
「火だ」はたと気づき叫んだ。
「肉を燃やして、火神アグニに捧げるのだ」
 男はその場から跳躍して、岩室の中に飛び込んだ。そこには熾火おきびがまだ残っている。その黒々とした薪に火先が残るものを剣先でひょいと拾い上げ、草原の枯れ葉の多い場所に撒きにいく。
 私も錫杖棍の石突きで薪を突いて取り出し、それを草原に投げ込んだ。ぶすぶすと煙が満ちてきて、群衆は轟々とどよめき始めた。
 その熱の在り場が、私には視える。
 半枯れの草原に火箭かせんが涌いた。輝きが赤い舌を出して舐め尽くし始めた。這って進んでいた者たちが、瓏々ろうろうと鳴いていた。
「戻ってこい。火に飲まれるぞ」
 男は身をひるがえして、戻ってきた。
 さらに屍体の群衆の重圧が増した。それを岩上から突き留め続けた。腐肉がやける悪臭が鼻腔をさいなんでくる。
「しつこいな。これはいつまで続くんだ」
「朝までだ。朝日が出る頃には引いていく。おれはしばらく眠れていない」
「野で得たものは山分けというのだが」と槍で叩き伏せ、「これは勘弁してもらいたいものだ」
「済まない。感謝する」
 夜明けまではまだ遠い。

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