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子どもの興味の幅を広げたくなったことはある?

 レゴを並べる遊びばかりしないで もっと人と遊べるように とか集団活動に参加できるように
他に好きなものできないかな?
と色々な工夫をしてきました。

でも、何かむなしさも感じました。

だって、人との遊びや新しい遊びには子どもは「仕方なく」参加している感じ

興味の対象が違う

10年弱前、恩師が発達障害を持つ人は発達障害を持たない人(多数派)と比べて「凸凹じゃなくて質的に違うんだよ」と教えてくれた

ずっとこの意味が分かったような分からないような 分からないでいた

例えばこういうことかな。

幅は拡がりにくい
というより
一点を深めていく

発達障害を持たない人は経験すれば、好きなものが増えやすい 幅が拡がりやすいし、

趣味の幅が広い方がいいと思っている とくに発達障害を持つ人が一部のことのみが好きでそれに「こだわっている(実は不確実な世界をやり過ごす儀式をしている)」ように考えたくなる

ものよりも人を好きになりずらい
ものへの興味や愛は非常に深い

幅を広げようとするのは
たぶん発達障害を持たない人の好みを押し付けている

つまり、感じ方や考え方が違う それはソーシャルスキルトレーニングで補えると思いがちだが、丁寧にやらないと苦手の克服をがんばらせる結果になる。

幅は彼らの中では広がる
でも多数派の人が思う広がり 例えば人と人の間の文脈や感情に興味を持つというよりも

好きなテキストの中の言葉の持つ定義や意味、そして文法上示すことに興味が行く

りんごが好きでも りんごの皮や赤いりんごだけが好き

りんごが好きなら蜜柑も好きになるんじゃないかは多数派の考え方と言えばいいか。

まあそのホントのところは分からないし

ぼくも今例えばなしで説明しようとしているので。。。

幅を広げるよりもその好きを深める時に深めつつ一つ二つ横ズレして ブームが変わっていくそんな感じだろうか。

さて
釣りに戻ります。

 

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