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ブルーベリーのためのタルト 〈菓子四季録 vol.12〉

このタルトを食べたとき、ほっとした気持ちになった。ブルーベリーが自分の居場所を見つけたようで。

菓子四季録は、菓子研究家 福田淳子先生と一緒に季節のお菓子のレシピを紹介する連載です。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴るマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、ちょっぴり変わったタルト生地を使った「ブルーベリーのちいさなタルト」。

突然だが、わたしはブルーベリーに対してこんなことを思っている。〈ベリー類と呼ばれて苺と同じグループに入れられるとき、ブルーベリーは正直しっくりきていないのではないか〉ということ。

実の色は黒に近いような深い青紫色だし、表面に白い謎の粉があってツヤツヤしていないし(謎の粉ではなくブルームと言って、果実を守るために大切な粉なのだけど)、甘さはさりげない程度で、なかなか酸っぱいし。お店でもブルーベリーは苺と違って、ひっそりと置かれている。一方の苺は、目立たないわけがない鮮やかな薔薇色をして、青果売り場のセンターでぴかぴかと笑っている。絶対的アイドル。

苺とブルーベリーは学校のクラス分けで偶然一緒にならない限り、くじ引きで班を組むことにならない限り、同じグループとして友達づきあいすることはないように思うのだ。それなのに世間は「3種のベリーのチーズケーキ」だとか「ベリーベリータルト」だとか言って、すぐ苺とブルーベリーを仲間にしたがる。

お店でメニューを注文するとき、もしも苺のタルトとブルーベリーのタルトが並んでいて2種類からひとつ選べるとしたら? 多くの人は苺のタルトを選ぶのではないだろうか。でも違う。そうじゃない。ブルーベリーはそもそも苺と同じジャンルで比べるべきではないのだ。

だから、今月紹介するレシピでブルーベリーが一風変わったタルト生地と組み合わさったとき、わたしはなんだかほっとした。ブルーベリーが、のびのびと過ごせる場所を見つけた気がした。

タルトの構成

レシピをご紹介する「ブルーベリーのちいさなタルト」は、名前の通りブルーベリーが主役のタルトだ。タルトといっても、ホールケーキのように円形に焼いてからカットして食べるのではなく、クッキーサイズに焼いたタルト生地にカスタードとブルーベリーをのせて完成。リッツにチーズをのせた姿に似た、手で持って一口でぱくっと味わう、ちいさなタルトになっている。

2つの魅力

特筆したいのは、口の中でほどけるタイミングと、食材のチーム編成だ。

1)口の中でほどけるタイミング
このタルトは口に入れると、土台のタルト生地が水分を吸って崩れるタイミング/カスタードが口内でとろけるタイミング/ブルーベリーの粒がぷちっと弾けて果汁と風味が溢れるタイミングが、ちょうど重なる。だから、絶妙なタイミングで構成要素たちが混ざり合う。誰も取り残されない。

タルト生地が崩れる速さを生み出しているのが、ベーキングパウダーとその厚さ。土台に使われた「マイレンダータイク」と呼ばれるドイツ菓子の基本生地は、ベーキングパウダーが入ることによって少し空気を含み、サクッとはしているが、独特のほろっとした食感に焼き上がる。

さらに今回のレシピでは、普通のタルト台やクッキーに比べるとだいぶ薄い3mmに伸ばして焼かれるため、口に入れたときに素早く崩れ、クリームとフルーツが混ざって一体化していく速度から取り残されることがないのだ。揃う足並み。これぞ調和。

2)ブルーベリーと食材たちの絶妙なチーム編成
レモンの皮が入るのがマイレンダータイクの標準的なレシピ。今回はレモンの皮に加えて、アレンジでシナモンパウダーが配合されている。

生地がほろりと儚くて爽やかなレモンの皮が入っていると、後味がライトになりすぎて終わってしまう可能性がある。ブルーベリーは甘味がすっきりしているので尚更。その点を、アレンジで加えられたシナモンの重さがぐっとカバーしてくれる。カスタードクリームに入ったラム酒もここで効いてくる

サクッとしているけれどほろりと崩れ、スピード感のあるタルト生地。バターの芳醇さ、レモンの爽やかさ、シナモンの重さ。しっかり甘いカスタード。バニラビーンズの華やかさ、ラム酒の奥行き。

整うバランス、素晴らしいチーム編成。こんなメンバーたちが、ブルーベリーの酸味やぷちっとした食感、ちょっと控えめでさりげないくらいの甘さを支えてくれている。

ブルーベリーよ。
なんて心強い仲間に恵まれたのだろう。

ブルーベリーはブルーベリーのままでいい

記事の冒頭、もしも苺のタルトとブルーベリーのタルトが並んでいて2種類からひとつ選べるとしたら、という話をした。が、このブルーベリーのタルトは他の果物のタルトと比較するようなタルトではなかった。ブルーベリーのサイズ感や主張しすぎない甘さ、ぷちっと弾ける食感が生かされ、誰も真似できないタルトになっていた。

このステージは、苺やマンゴーやシャインマスカットの代わりとして呼ばれた場所タルトではなく、君のために用意された場所タルトなんだ。

果物の王道ではなく、独自路線を進むブルーベリー。そんな君には一風変わったタルト生地がぴったりだ。

ブルーベリーは、苺にならなくていい。自分に合う仲間、自分のための舞台を見つければいいんだよ。

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余談

・同じタルトの構成で、ブルーベリーを「ルビーキウイ」に置き換えて食べてみたところ、味わいもさながらくすんだルビーレッドの色合いが美しく、深い青紫色のブルーベリーのタルトと並んだ姿は、互いが互いの魅力を際立たせるようでした。ルビーキウイさんとブルーベリーさんはクラスが一緒になっても別のクラスだったとしても、それどころか学校が違ったとしても、運命的な出会いをして絆が生まれると思いました(空想)。

・苺さんにも苺さんの苦悩があると思うので、いつかの菓子四季録で書いてみたいと思います。おそらく血の滲むような努力をしているはず。果物の中で、あのポジションを守り続けるのはかなり大変そうです。


ブルーベリーのちいさなタルト

初夏。お店の片隅にひっそり佇むブルーベリーのパックを見つけたら幸運な日。ブルーベリーの美味しいタルトが作れます。タルトの土台となるドイツの生地「マイレンダータイク」は、ほろりとした食感が特徴。生地がダレやすく、暑い日は作業するのが難しいので要注意。焼き上がった生地はタルトにせず、クッキーのようにそのまま食べても美味しいですよ。

材料

作り方

作り方(全文)

〈カスタードを作る〉
 *カスタードは、タルトの生地をねかせている間に作っても大丈夫です。
1.ボウルに卵黄とグラニュー糖を入れ、白っぽくなるまで泡立て器でよく混ぜる。薄力粉を加えてなめらかになるまで混ぜ、バニラペーストまたはバニラオイルを加えてさらに混ぜる。

2.牛乳を小鍋で沸騰直前まで温め、ボウルに少しずつ加えて混ぜる。

3.鍋に戻し、弱火にかける。ゴムベラで底からかき混ぜながら、ゆるくとろみがつくまで加熱する。火からおろし、バターを加えて混ぜ、バターが溶けたらラム酒を加えて混ぜる。

4.バットに入れ、ラップをぴったり貼り付ける。粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やす。

〈タルト生地を作る〉
5.ボウルにバターを入れ、なめらかになるまでゴムベラでよく混ぜる。レモンの皮のすりおろしと粉砂糖を加え、泡立て器で混ぜる、卵黄を加えてさらに混ぜる。

6.◯をふるい入れ、ゴムベラで切るように混ぜてひとまとめにする。半分に分けてラップに包み、冷蔵庫で3時間以上ねかせる。

〈タルト生地を焼く〉
7.オーブンを170度に予熱し、天板にオーブンペーパーを敷く。

8.のし台と生地に打ち粉(あれば強力粉)(分量外)をふり、麺棒で3mmの厚さに伸ばす。直径4.5cmの菊型で抜く。

 *生地が柔らかいので、できるだけ手早く作業するのがコツです。
 *菊型にも打ち粉をつけると作業がしやすいです。

9.間隔を空けて天板に生地を並べ、170度のオーブンで10〜15分焼く。焼き上がったらケーキクーラーの上で冷ます。

〈仕上げる〉
10 .星口金または丸口金をつけた絞り袋を用意する。カスタードをボウルに入れてなめらかになるまで木ベラで混ぜ、絞り袋に詰める。

11 .タルト生地の上にクリームを絞り、ブルーベリーをのせる。レモンの皮のすりおろしを散らし、好みでピスタチオを飾る。

作ってみて感じたポイント(備忘録)

マイレンダータイク。実はかなり曲者な生地です。何が難しいかというと、すぐに柔らかくなるので型抜きを素早く行わなければならないところ!

実際に作ってみて感じたのは、「とにかく駆け抜けろ」ということと「ルーラーの重要性」。生地を伸ばし始めたら、とにかく最後まで駆け抜けるしかありませんでした。それはまさに真剣勝負。大変ではありましたが、作業にぐぐっと集中し、他のことを考える余裕など微塵もない時間は、なんだか楽しかったです。また、3mmの厚さをのんびり測る時間ががないので、ルーラーがあると安心です。


菓子研究家 福田淳子先生のレシピ解説はこちらです。レシピのこだわりや、作り方や材料のポイントが掲載されています。マイレンダータイクについての詳しい説明もこちらからどうぞ。

この記事を読んで、菓子研究家という仕事を垣間見たようでした。研究には調査や実験も大切、でも研究はやはり「問い」から始まるのだと実感。「ブルーベリーのタルトをもっと美味しくするには?」答えの扉が見つかるまでの試行錯誤のエピソードを、ぜひ読んでみてくださいね。

ブルーベリーのタルトの菓子四季録、おしまい。

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