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【『逃げ上手の若君』全力応援!】①古典『太平記』で描かれる時行の鎌倉脱出

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2021年1月27日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 松井優征先生の『逃げ上手の若君』では、主人公・北条時行の父である高時が諏訪頼重に時行を匿うように命じ、そのまま諏訪に連れて逃げたという展開になっていますが、『太平記』で描かれる時行の鎌倉脱出は、漫画よりもかなり壮絶なものです。
 なおかつ、この場面だけでも北条氏と、特に諏訪氏がどういう一族であるのかを知ることのできるものだと思っています。

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 『太平記』では頼重は登場しません。彼の甥とされる諏訪盛高が、今まさに落ちようとする鎌倉の戦いのさなかに、自分の家来も一騎を残してすべて討ち死にしてしまった状態で登場します。
 盛高は北条泰家(高時の弟)に仕えていました。泰家のところにも自害を促し、ともに果てんという意志でやって来ました。
 「なあ、盛高よ。俺には考えがある」
 泰家は自分の考えをこっそりと盛高に伝えます。
 それは、自分は生き延びて、将来、家を再興する者に賭けたいというものでした。そして盛高に、高時の次男である時行を連れて鎌倉を脱出してほしいと頼んだのです。
 盛高は驚きます。そんな大変な役目が自分にできるのか……。
 しかし、盛高は承諾します。
 「もとより北条家への恩義に報いて死ぬはずだった自分ですから、生きてこの難題をなし遂げてみせましょう」
 盛高は時行の母である新殿のもとに向かいます。新殿と女たちは、長男の邦時を先に泰家の命を受けた五大院宗繁が連れ出したので、時行もよろしく頼むと言って喜び合います。
 盛高は彼女たちを見て、泰家との話をすべて打ち明けて安心させたいと思ったのをはっと押しとどめます。
 ーー女というのは頼りないものだから、彼女たちの口からうっかり秘密が露見するということもあるかもしれない。
 盛高は言い放ちます。
 「大殿(高時)がせめて最期に対面したいというのでお連れするだけです」
 新殿をはじめ、女たちは盛高を非難します。盛高はくらくらしそうになるのを抑えて、さらに偽りを続けます。
 「すでに邦時様も敵の手にかかり、宗繁も自害しています。……武士の子に生まれた運命は、あなたがたもおわかりでしょう」
 声を荒らげて怒りの形相で時行をひったくるように抱き、盛高は馬で走り去ります。時行の乳母が必死で自分たちを追いかけてきて、途中で崩れ落ちるのもわかりました。
 ーー盛高は泣いていました。

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 無事に諏訪に帰った盛高は、時行を伯父の頼重に預けたといいます。
 実際のところ、五大院宗繁は裏切り、自分にとっては甥でもある邦時をだまし、鎌倉に入った新田軍に引き渡して自分は助かろうとしました。しかし、真相を知った新田義貞は宗繁の首を刎ねるよう命じ、宗繁は逃亡します。
 この事実からしても、盛高が自分が悪者になってでも泰家との約束を果たし、さらに頼重が時行を大将として兵を挙げるまでに育たたことのすごさがわかるかと思います。
 北条泰家はというと、偽装自害ののち、負傷して自国に帰る新田方の武将のようなふりをして鎌倉を脱出、名前を変えてまでしぶとく生き抜き、果ては後醍醐天皇暗殺計画まで企てます(機会があればこのお話もできればと思います)。
 諏訪のおそろしさは、おそらくこの一連の出来事を成し遂げたのには、忠義以外の理由がないであろうということです。打算だけの人間が、逃げ去る時の危険はもちろん、連れ帰ったあとの厄介も承知でこのような大事を引き受け、達成を見ることはできないと考えます。
 さまざまな局面での諏訪の動きはわかりにくいところがある……といった記述を本で見たこともありますが、世間的な常識や思惑とはかなり外れたところに、諏訪の一族の行動規範があるからだと私は推測しています。

〔日本古典文学全集『太平記』(小学館)を参照しています。〕


 五大院宗繁の裏切りについてはこちらも参照ください。


 私が所属している「南北朝時代を楽しむ会」では、時行の生きた時代のことを、仲間と〝楽しく〟学ぶことができます!


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