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【『逃げ上手の若君』全力応援!】(54)満を持して楠木正成登場!…とはいえ、「帝殺し」の結末が「金ぴかのお寺」とか、魅摩の「田舎侍が」とか、小ネタも拾っていく

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2022年3月19日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕


 『逃げ上手の若君』の第54話では、2コマだけですが久しぶりに諏訪頼重登場! さすがは松井先生、頼重の未来予知能力と史実を重ね合わせてのストーリー展開。
 ーーそうです、北条泰家と西園寺公宗の大胆過ぎる暗殺計画は失敗します。公宗は捕らえられ、「三位以上の貴族の死罪は平治の乱の藤原信頼のぶより以来」〔日本中世史事典〕となりますが、泰家は逃げおおせます。『太平記』では「例の北条氏の残党は関東・北陸に逃げ下って、なお以前からの望みを成就しようと計画した」と語られおり、頼重の言うようにこれが「大戦の開始」となるのです。
 しかしながら、泰家と公宗がどうして玄蕃や吹雪でもわかるような「大罪」「悪手」〔=まずい方法〕を打とうとしたのか……「正気」と額に浮かび上がっているコマにあるように、「偽の帝を亡き者にしても大逆〔=主君や親を殺す類の人倫にそくむ行い〕に当たらん」と本気で思っていたのかもしれませんね。
 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でもクライマックスとなるところだと思いますが、ご先祖方も後鳥羽上皇を武力で圧して配流している一族ですから、最終的に世の混乱を収めることができたのであれば、結果に対していくらでも大義は後付けできると踏んでいたのかもしれません。
 ただ、歴史にifはありませんし、古人の心の内も読めません。雫は公宗にこう告げます。

 「その計画を続けると…この場所に金ぴかのお寺が建つ気がします

 きんかく‐じ 【金閣寺】
 京都市北区金閣寺町にある鹿苑(ろくおん)寺の通称。一三殿舎のうち、漆地に金箔を押した三層宝形造りの舎利殿、金閣によりこの名がある。応永四年(一三九七)足利義満が西園寺家から譲り受けた山荘を、子の義持が寺にしたもの。金閣は、昭和二五年(一九五〇)放火により焼失したが、同三〇年再建。金閣。

 足利義満は、尊氏の孫で室町幕府の三代将軍です。雫は、西園寺家が室町幕府の権力下におかれる未来を予知したのですね。

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 雫が頼重の役割を担っているなと思ったもうひとつが、魅摩に遊びの断りを入れにいった場面です。

 「…あんたもはらの底が読めないね…

 魅摩は、父・道誉を意識してそう言うのでしょうが、魅摩が感づいているのをわかった上でのはぐらかし具合は、やはり時行を疑う小笠原貞宗に対する頼重のあり方と同じです。
 時行を上流階級の武士と思うからこそ、お礼の品に「櫛」や「鏡」を魅摩は期待したのでしょうが、包みを解いて現れたのはイナゴの串刺し! 「大きいのがとれたので食べて下さい」の添え書きに爆笑でした。
 これも雫の計算なのか、はたまた、時行の天然なのか(吹雪あたりと一緒に一生懸命イナゴを獲ったのかと思ったら、笑いが止まりませんでしたが…)、魅摩はここで、自分の勘は外れたと思ったのではないでしょうか(笑)。

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第54話 正成登場

 そして第54話ではとうとう、これまで何度か瘴奸がその名を出した「楠木殿」こと、楠木正成の登場です! 
 楠木正成と言えば、古典『太平記』でも指折りのヒーローですし、皇居外苑の一角に立つ銅像で有名です(「数々の伝説に彩られた大英雄である」の説明のすぐ上の絵がそれです)。
 私もこれまで何度かこのシリーズで楠木正成の戦略を取り上げてきました。

 「逃げ」という点においては、古典『太平記』での〝偽装自害脱出〟は泰家のそれより先に描かれています。
 赤坂城の戦いにて兵糧攻めで窮地に立たされた時に、最後に残った者たちとともに自分も焼け死んだように見せて正成は城を出ています。その時、部下たちに正成はこう告げます。

 「事に臨んで恐れ、謀を好んで成すは勇士のするところなり
 
 ーー大事をなすに当たって深謀遠慮し、奇計奇策を巡らすことこそ真の勇士のとるべき行動である
 こうしていったん姿をくらました後、機を見て城を奪い返し、紀伊・和泉・摂津の各地で幕府軍を破ったのです。

 楠木正成は、老若男女問わずファン(という域を超えている方々もたくさんいます)が多く、ネットで検索をかければいくらでも知りたい情報や面白いエピソードなどが出てくるはずです。
 そうした数多くの人たちがそれぞれの理想像を持つ楠木正成を、「ヘコヘコ」攻撃で登場させてしまう松井先生……わざわざ作品内で時行に邂逅させてまでも描きたい人物像やメッセージに注目したいと思います。
 ちなみに、正成は「瘴奸」を「将監」として思い出してますね。瘴奸のモデルが古典『太平記』中で、上赤坂城で楠木正成に降伏して幕府と戦った「平野将監しょうげん入道」ではないかという情報を得ました。平野将監入道は、補給路を絶たれたために幕府に下ったものの、見せしめで斬首されています。『逃げ上手の若君』の正成は、「大悪党」とわかっていて瘴奸を「替え玉の死体で死んだ事にして逃がした」のですね。
 正成のきりっとした時の表情と、ダメ親父みたいな時の表情と、ギャップがありすぎて……でもこれこそが、「軍神」の真実なのかもしれません。

 今週は週刊少年ジャンプの発売日が土曜日だったので、この先まで踏み込んでしまいそうですが、今回はここまでにしたいと思います。

〔阿部猛・佐藤和彦編集『日本中世史事典』(朝倉書店)日本古典文学全集『太平記』(小学館)、ビギナーズ・クラシックス日本の古典『太平記』(角川ソフィア文庫)を参照しています。〕


 私が所属している「南北朝時代を楽しむ会」では、時行の生きた時代のことを、仲間と〝楽しく〟学ぶことができます!


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