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【『逃げ上手の若君』全力応援!】(146)古典『太平記』では、高師泰と佐々木道誉が味方の兵の心を一つにした!? そして、高師冬登場! 二年間の成長✕「悪しき神力」の計り知れない恐怖

 南北朝時代を楽しむ会の会員の間でも話題騒然の週刊少年ジャンプ新連載『逃げ上手の若君』ーー主人公が北条時行、メインキャラクターに諏訪頼重! 私は松井優征先生の慧眼(けいがん=物事をよく見抜くすぐれた眼力。鋭い洞察力。)に初回から度肝を抜かれました。
 鎌倉時代末期から南北朝時代というのは、これまでの支配体制や価値観が崩壊し、旧時代と新時代のせめぎあいの中で、人々がそれぞれに生き方の模索を生きながらにしていた時代だと思います。死をも恐れぬ潔さをよしとした武士が〝逃げる〟という選択をすることの意義とは……?
〔以下の本文は、2024年3月3日に某小説投稿サイトに投稿した作品です。〕

 

 古典『太平記』では、京にいる尊氏たちに青野原の戦いがどのように伝わったのかについて記されています。

 京都には、奥勢上洛おくぜいしょうらくの由、 先立つて聞こえけれども、土岐美濃国にあれば、さりとも一支へはせんずらんとたのまれける処に、頼遠、すでに青野原の合戦に打ち負けて、行方知らずとも聞こえ、または討たれたりとも披露ありければ、洛中の周章斜しゅうしょうなのめならず。
 ※京都…京都にいる尊氏たち。
 ※土岐美濃国にあれば、さりとも一支へはせんずらん…土岐勢が美濃にいるので、「そうは言っても一戦はもちこたえるだろう」。
 ※周章斜《めならず…あわてぶりは、ひととおりではない。

 『逃げ上手の若君』第146話では、すでに高師直らが「不破の関を抜けた場所」で布陣している様子が、1ページを使って描かれています。

 佐々木道誉「ギリ間に合いましたなあ
 高師直「土岐の奮戦の功績だ
 高師泰「恩賞はずまねーとな 生きてたらだが

 ーーあわててなんかないし。しかも、感じ悪っ!

 冒頭で「公家と武家の一体感がより高まった」宴に和んだのとは裏腹に、顕家と時行それぞれに抱いた不安が、早すぎた高師直らとの戦いで一気に炸裂するのです。

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 嫌な展開の最初は、「打つ手が早すぎる」ことです。
 『太平記』には、いったんうろたえはしたものの、高師泰がビシッと気合いの入った正論を述べて、兵たちの心を一つにしてみせた様子が語られています。日本古典文学全集の現代語訳を引用してみます。

 「では、宇治・勢多の橋桁を外して敵を待とうか。さもなければ、いったん西国へ退却して、四国・九州の軍勢を味方にして、逆に敵を攻めようか」と、意見がまちまちになったところ、高越後守師泰が、「昔から今に至るまで、都へ敵が攻めのぼって来たときに、宇治・勢多の橋桁を外して戦ったことは、数限りなくあります。けれども、この川で敵を防いで都を守りきったということは聞きません。このことは、攻め寄せてくる者は背後の国々を味方にして勢いに乗り、防ぐ者はせいぜい洛中の軍勢を頼りにして、闘志を失っているからです。不吉な例に従って大敵を帝都で待つよりも、戦を有利に導くために、急いで近江・美濃のあたりに馳せ向って、京都の外で合戦の勝敗を決定するほうがよいでしょう」と、勇気に満ちあふれ、策略は道理にかなって言上したので、将軍も直義朝臣も、「この意見はもっともである」と認めて同意なさった。「それでは、直ちに馳せ下って、軍勢を率いて進発せよ」というわけで、高越後守師泰・同じく播磨守師冬・細川刑部大輔頼春・佐々木判官氏頼・同じく佐渡判官入道道誉・その子息近江守秀綱をはじめとして、諸国の大名五十三人、軍勢総計一万余騎が二月四日に都を出立して、同じ月の六日の朝早く、近江と美濃との国境を流れる黒血川に到着した。奥州勢も垂井・赤坂に着いたと伝えられたので、ではここで敵軍を待とうと、前に関の藤川を隔て、背後には黒血川を当てて、その間に陣営を構えたのである。

 そして、「嚢砂のうしゃ背水の陣」については、佐々木道誉がの諏訪盛高(ちょっとなつかしい…)も顔負けの長々とした〝解説〟をしています(天正本系では、この部分に限らず、随所で道誉の活躍が〝盛られて〟いるそうです)。
 『逃げ上手の若君』では、伊達行朝や結城宗弘が「川を背にして布陣するとは愚かな」「あの人数ではろくに防戦もできますまい」と嘲り、無言だけれども南部師行も残念そうな表情を浮かべ、果ては新田徳寿丸まで敵を軽く見ていますが、『太平記』ではまずは味方が「心得ずと申し合はする者多かりけり」だったとあります。
 しかし道誉は、「これもまた一つの兵法ひやうはふなり」として、高祖(劉邦)の部下である韓信が項羽の軍を破った中国の故事の由来を述べた最後に、「士卒の心を一つにして、韓信の謀を示す者なり」だと結論付け、兵たちを感心させるのです。

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 続いての嫌な展開は、「仮面の将」です。

 「一通りの指示は済ませた 俺は執事の仕事で京に戻る」「後の始末は 息子に任せる…

 「完璧執事」の師直がすべてを任せるというのですから、「息子」の仕上がりと彼への信頼は絶大なのでしょう。ーー師直が「息子」だと言う「仮面の将」・高師冬の正体は、相模川で奪われてしまった「吹雪」なのです。雫が指摘する「嚢砂背水の陣」は、第27話(「死にたがり1334」)で、吹雪が清原国司と米丸との戦いで用いたものでした。
 だとすれば、時行たちが警戒する(と同時に、奪還できる機会を伺う)のも当然です。ただ、吹雪は二年で背も伸びてすっかり〝青年〟の体躯です。弧次郎と亜也子を苦もなく突破して時行に迫ってしまったのを見ると、二年間での成長には、計り知れないものがあります。
 そして、雫は吹雪に対して「悪しき神力」を感じ取っています。将としての実力だけでなく、かつて清原国司が尊氏に「神力」を注入されて(第52話
「婆娑羅1335」)邪悪な力を得たような状態に吹雪もなっているのだとしたら、まさに脅威です。

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 最後にもう一人、どうなるのか心配な登場人物がいますね。ーー敵陣に近づく逃若党のコマがありますが、玄蕃の後ろで「さっ」と、とっさに身を隠す夏には迷いが見て取れます。先には、高師直を目にして動揺を隠せない様子でした。
 そういえば、中先代の乱の終盤での三浦時明の〝選択〟には、胸にこみあげるものがありました。しかし、最期の時にその生涯を振り返る彼自身に決して〝迷い〟はありませんでした。時明とは、年齢も性別も事情もまったく異なる夏(とはいえ、足利方にいたことがあるというのは共通点)ですが、果たして彼女は、時明のような〝迷い〟のない選択ができるのでしょうか。

〔『太平記』(岩波文庫)、日本古典文学全集『太平記』(小学館)を参照しています。〕


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