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20代、30代のベトナムでの過ごし方をリサーチしてみた|日本人の年代別ベトナム生活

日本人の年代別ベトナム生活

ベトナムで生活する形は様々ですが、年代によって過ごし方に傾向があります。私自身も31歳から40歳までをベトナムで過ごし、日々形は変わっていきました。友人などの話も踏まえて、20代、30代、40代のベトナム生活にどのような変化があるのかをお伝えしたいと思います。

20代のベトナムでの生活

割合は1%にも満たないと思いますが、18歳からベトナムに来る日本人もいます。ベトナムの大学に留学している人、日本の大学から交換留学で来る人が一定いますが、その他変わった理由で来る人もいます。

私の友人(渡航時18歳)は英語を勉強したかったのですが、親戚がベトナムに住んでいたので、そこに居候しながら英語学校に通うためにベトナムへ来ました。彼はギターが上手なので、すぐにホーチミン市内のミュージシャン界隈と仲良くなり、ベトナム人に限らず外国人の仲間と過ごすようになります。結局学校は辞めてしまったのですが、世界中の人たちと英語でコミュニケーションするという貴重な経験をしています。現在は24歳、今後のことは彼自身もわからないと思いますが、普通の20代にはない落ち着きと、語学力と音楽センスを活かして、このまま海外で活躍した方が良いのではないかと思います。

ベトナム学生インターンの流行

2013年頃からベトナム学生インターンというのが大流行しました。大学生の夏休みを使って海外で働く経験をするというものなのですが、就職活動の際に企業から評価されるという評判が広がり急増しました。

ベトナムでは大卒かつ日本での就業経験がないと労働許可が下りないため、無給、生活費も本人(多くは学生の親)負担となります。会社によっては社宅をあてがったりするケースもあります。学生インターンは最短2週間、長ければ半年いるケースもあるのですが、企業側もお預かりしているという感覚があり、日本人の社員や小さな会社であれば社長が主に面倒を見ています。

ベトナムは日本にとって人材リソースそしてマーケットとして将来性のある国なので、日本の経営者にとって人気の視察先となっています。出張者はベトナム現地の日本企業をかならず訪問し「夜一杯いきませんか?」となるわけです。するとインターン生を受け入れている社長は、これはいい経験になるのではないかと考え、飲み会にインターン生を同行させてくれるのです。

インターン生からすると、日本では到底会えないハイクラスの方のお話が聞けるので、皆大喜びです。また、ベトナム人社員も若い日本人、特に女性には必ず優しいので、お昼ご飯に誘ってくれたり、午後はおやつをもらって、週末は遊びに連れて行ってもらえるという高待遇です。皆口を揃えて、ベトナム人は優しいと言います。

インターンを終えて無事就職活動を成功させる人もいれば、ベトナムの魅力に取り憑かれて卒業後そのままインターン先に就職する人もいます。いろんな生き方があって然るべきだとは思いますが、私が最もお勧めするのは、日本で3年の就業経験を積んでからの海外就職です。

その理由は、新卒で海外就職をしてしまうと、前述のインターン生の例でもあるように、面倒を見てくれる人がいきなり社長であったり、年次の高い人になってしまうのです。私は新卒の時には、同期、そして自分の1年後、2年後、3年後を想像できる先輩という存在はとても重要だと思っています。

日本の会社であったとしても、仮に新卒入社の自分と15年目の部長の2人しかいなかったら、一年後、二年後どうなれば良いのかまったくわかりません。ベトナムの会社には当然ベトナム人の社員がいますが、言語の問題ではなく、業務内容が異なる事が多いため、同期や先輩があまり参考にならないのです。そのため、最低3年は日本で働き(私は9年働きました)そこから転職先として海外を考えるのが良いかと思います。

20代は生き生きと働き、遊んでいる!

さて、無事海外就職を果たすと20代のベトナム生活には楽しみしかありません。残念ながら私は31歳の移住でしたので20代の楽しみは味わえませんでしたが、周りをみているととにかく皆生き生きと働き、遊んでいます。

仕事は大きく分けて二種類です。一つは製造業やITでの工程管理や品質チェックの仕事です。基本的に生産はベトナム人社員が行うのですが、納品先が日本である場合、納期の確認と報告、品質の基準の確認とチェックは日本人の仕事になることが多いです。

もう一つは営業です。特にサービス業では、ベトナム国内の日系企業、ベトナム企業、その他外資系企業に営業する必要があり、その中でも新規開拓のテレアポや飛び込みは若手の仕事となります。中には10名を超えるチームやプロジェクトのリーダに抜擢される人もいて、日本では味わえない一足飛びの経験をする事ができます。

そんな大変且つやりがいのある仕事を終えると、アフター5の楽しみが待っています。話は逸れますが、ベトナム勤務の特徴として、残業を好まない文化があります。あと15分やれば片付く仕事があったとしても時間になれば終わりです。

先日中国とベトナムの両方に製造拠点を持つ会社に務める友人に聞いた話なのですが、中国とベトナムで、物を削ったり組み立てたりする技術というのは大差がないそうです。違うのは、計画を立て、定期的に進捗を確認し、遅延していれば巻き返すための方法を考える、というような生産管理の技術だそうです。中国では予定通りに終わっていなければ当然残業で巻き返すこともあるため、そこがベトナムとの大きな違いです。残業というのは、場合によっては必要なものなのですが、2020年時点のベトナムでもまだ浸透はしていません。


話は戻ってアフター5ですが、20代は独身・恋人なしの人も多いので、合コンが各所で開催されています。私も参加者ではありませんが、独身男女をマッチングしてなんと結婚にまで至ったという事例もあります。

ハノイ・ホーチミン共に、いまや数百店舗の日本食屋がひしめいていて、サッポロの生ビールに始まり、焼酎、日本酒何でも飲む事ができます。一説には、ホーチミンの日本人街レタントンは、池袋西口よりもラーメン屋の密集率が高いと言われていて、食べ物にも全く困りません。二次会であれば高層ビルのルーフトップバーや、バックパッカー街のターヒエン(ハノイ)ブイビエン(ホーチミン)のローカルバーは深夜まで営業しています。一方、お酒を飲まない場合でも、市内には無数のカフェがあり、穴場の隠れ家カフェをみつけて、友人と話をしたり残った事務仕事を片付けるのもいいでしょう。

こうして働いていながら、毎日旅行気分を味わえるというのが、20代ベトナム勤務の何よりの魅力ではないでしょうか。

このような20代を過ごした人たちは、経験を活かして日本に戻りグローバル人材として、好条件で転職をしたり、結婚し日本で出産をする人も多いです。ベトナム人と結婚したり起業して30代までそのままベトナムに残り続ける人もいますがほんの一握りとなります。


30代のベトナムでの生活

30代は20代とは全く異なります。管理職として会社のミッションを背負ってスタートすることになります。

基本的に研修のようなものはなく、日本で培ったスキルと経験を頼りに現地での指揮を行います。前任者や上役がいる場合は、業務の進め方や現地人脈などを引き継いでもらう事ができますが、新規立ち上げや前任者の急な帰任の場合はゼロから自分で構築しなくてはなりません。

私の場合、当時所属していたインテリジェンスが現地の老舗IT企業と提携していたため、そちらのA社長にベトナムでの仕事の進め方や、現地人脈のご紹介、生活のサポートまで本当によくしていただきました。そのおかげでゼロから立ち上げるより何年も早く形を作ることができたと思います。

私がホーチミンに移住した2011年当時は、日本人といえば製造業の単身赴任の方が多かったです。同年代だけで集まることは珍しく、イベントには20代から60代まで幅広く集まっていました。私はもっと人脈を広げるのであればゴルフだと考えて、飲食店や日系銀行の主宰するゴルフコンペにも参加していました。

ゴルフコンペは必ずゴルフ後に和食店での懇親会があり、新参者がその場で自己紹介をすることが定番となっていました。すでに参加していた4歳年上のD先輩からアドバイスをもらっていました。「立ち上がって大きな声で、所属会社と出身地を名乗り、最後に若輩者ですがよろしくお願いしますと言うこと」特に若輩者という表現が諸先輩方に刺さるらしく、ここは強調をしました。

そして無事約30名の飲み会で自己紹介を終えると「お兄さん静岡にいたのか、よろしくね」などと声をかけてもらえるようになったのです。

私は9年東京でビジネスマンをしてきたのですが、こんな経験は初めてで今でもよく覚えています。このようにいろんなイベントに出席しては自己紹介をしてまわり、徐々にベトナムで認知されていきます。

すると今度は〇〇さんを紹介したいとか、有名な〇〇さんが日本から来るのでイベントに出席してほしいとお誘いが来るようになります。ちなみに、こういった活動は会社の業務として必要に迫られてではなく、平日の終業後や土日にやることが全くなかったので、むしろ楽しんでやっていました。

そしてある程度人脈を作れたころ、本社から上役がやってきてその状況を見ます。上役は大抵現地常駐せず出張ベースで、月1程度2泊3日で滞在しますので現地人脈を作る事ができません。頑張って作っても入れ替わりも激しいのでいなくなってしまうのです。

そこで上役は、現地の事は現地に駐在しているメンバーに任せた方が良いと思うようになります。現地立ち上げで来た駐在員はやがて現地法人社長になります。私の同級生も余程大きな現地法人や、短期のプロジェクト専任ではない限り、30代で現地法人社長になっていました。

私も日本に帰ればただのマネージャーだったのですが、こちらでは社長の肩書きで活動できたため営業効果は大きく、海外取引先の開拓やパートナーアライアンスを次々に決めていきました。

パワフルに過ごす30代

それでは30代は仕事ばかりかというとそうでもなく、パワーが有り余っているのでお客様との一次会を終えた後に友人と集まって、また遅くまで飲みます。電車がないため終電がなく、繁華街から近いところに皆住んでいるのでタクシーで帰っても500円もしないのです。遅い時は翌朝3時まで飲み、8時にはまた出勤する日々を過ごしました。

こうして30代を働いて、遊んで、最高に楽しんだという人は多いです。


自分の40代をどう過ごすか

私は今40歳ですが、30代終盤から現在までを振り返り、40代の生活を想像してみたいと思います。

私は38歳でベトナム独立起業し、生活は大きく変わりました。変わったというより変えました。これはベトナムに関係ないですが、会社員は成果に関係なく毎月定額の給与が振り込まれます。この給料がなくならない程度に、人付き合いをしてお酒を飲んでいれば良かったのです。

しかし独立すると運転資金も飲み代も財布は一緒になりますので、会社が生き延びるために無駄なことはできないと、考えを切り替えることになります。大人数の飲み会にはもう行きませんし、ゴルフも年2回ぐらいの楽しみとして行くだけです。

私が自営業でやっている日本製品の輸入販売の顧客ターゲットはベトナム人なので、40代になり、よりベトナムの事を知る必要がありました。

オフィスでやる作業などあまりないので、時間があれば小売店、薬局、デパート、カフェ、レストランをチェックします。ローカルデパートは子供用品がよく売れているなとか、女性服の流行りがタイト系からふんわり系に変わってきているなとか、何かを発見してから社員とマーケティング戦略のディスカッションをしています。

ある時ベトナムで日本の冷凍さつまいもを売れないかという商談があったのですが、私はベトナムで売っているさつまいもの値段すら知らなかったのです。実際に30代から40代、最長80代まで突入している諸先輩方は、ベトナムの事を本当によく知っています。

今ではベトナムの日本語メディアやSNSがあり、日本にいてもベトナムの情報は入手できますが、たった15年前はベトナム語メディアを自分で読むか、直接見て聞く他なかったわけです。

この頃に知識を習得した諸先輩方は、時代が変わっても差分を取り込めば良いだけなので、理解を大きく外す事がありません。さつまいもの値段など急に何倍にもならないのです。

これからベトナムは大きく発展していくことは間違いありません。ただその文化を作っているのはやはり「人」です。現地の文化に積極的に入っていき、現地の人と話すことが一番のマーケティングですし勉強です。

ミクロとマクロの情報をしっかりと使い分け、充実した40代を過ごせるようにしていこうと思います。



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