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ハッチポッチチャンネル翻訳篇(6)(2023)

9 機械翻訳
「はい、ハッチポッチチャンネル」。
「始まるよ」。
「さあ、あれこれ話してきましたが…」
「今回のテーマは翻訳でしたが、この回でその最終回ですね」。
「お名残り惜しいですね。それで、今回は機械翻訳の噺なので、私が主にしゃべります」。
「えーと、今回もニュース記事から話を始めますねー」。
「いつもと同じように、読み上げソフトに読んでもらいます」。
「記事はNHKの2023年3月20日 5時08分配信『外国人旅行者の回復見据え 翻訳システム関連の製品強化の動き』です」。
「今回は短いので、全文紹介します」。
「では、どうぞ」。

アフターコロナで外国人旅行者の数が本格的に回復することを見据え、新たな翻訳システムなどインバウンドに関連する製品やサービスを強化する動きが広がっています。
このうち「凸版印刷」は英語や中国語など15の言語に対応した窓口向けの新しい翻訳システムをことし6月から販売します。
透明なディスプレーを挟んで対面で会話をすると、日本語と外国語のやり取りを自動で翻訳し、ディスプレーに文字で表示する仕組みです。
相手の表情や身ぶりも見えるため、自然なやり取りができるのが特徴だとしていて、外国人旅行者が多く訪れる観光案内所などでの需要を見込んでいます。
開発を担当した野阪知新さんは「アフターコロナのなか、日本を訪れた外国人旅行者がことばで苦労しない窓口を増やしたい」と話しています。
また、タクシーの配車アプリ「GO」を手がける会社では、先月から中国の企業と提携し、中国からの旅行者が日頃使っている現地の配車アプリで日本のタクシーを呼べるようにしました。
すでに東南アジアと韓国の企業とも提携していて、今後も日本で利用できる海外の配車アプリを増やしていく方針です。
会社の森川洸事業企画部長は「インバウンドの回復に大きく期待しているので、提携を通じて売り上げにつなげていきたい」と話しています。

「内容に入る前に、記事は『アフターコロナ』と言っていますが…」
「多分、『アフター』の意味がよくわかってないですよねー」。
「『アフター』を『後』の意味で使ってますが…」
「確かに、『アフター』にはそういう意味があります。けれども、『アフター何々』と言う場合、『何々を追い求める』という意味もあるんですね」。
「従来のものの後に来る新しいそれを追い求めるってことだよな」。
「そうですね。『アフターヴァーチュ』と言うと、これまでと違う新たな美徳を追い求めてという意味になりますね」。
「おー、マッキンタイア~」。
「ですので、『アフターコロナ』と言うと、『新たなコロナを追い求めて』になってしまうんですね」。
「それにしても、こんなことにも影響があるんだね、コロナは」。
「パンデミックが始まってから、『え、こんなことにも影響するの?』というニュースが多くて驚きますね。自分の想像力の範囲を超えてるって思うことがしょっちゅう」。
「そうだよな。そんなニュースに驚いて、実際のパンデミックを体験すると、架空のパンデミックを描いた小説や映画なんかしらけちゃって」。
「もうちょっと見れないねー」。
「パンデミックの小説や映画に登場する感染症はだいたいさ、感染力が強くて、毒性も強烈。あれ、なんでだと思う?」
「なんで?」
「書きやすいから。実際のパンデミックは影響が広範囲だけど、その設定にすると、それを書かなくてすむ」。
「なるほど」。
「手塚先生と石ノ森先生が対談で話していて、なんでマンガ家が核戦争を描きたがるかと言うと、それは描きやすいからだと。秩序が崩壊してるから、政治や経済、社会の制度を描かなくてすむ。そんで、戦国時代や幕末維新辺りをイメージして作品世界を作ればいい」。
「なるほど~」。
「パンデミックも同じだよね、映画や小説では。核戦争のバリエーション。それを正直に明かしてるのが小松左京の『復活の日』。どっちも出てくる(笑)」。
「へー」。
「そもそも小説は広がりを扱うのが苦手なんだよ。深さは得意だけど」。
「どういうこと?」
「世界の外にいると、全体がつかめるけど、中にいたり、その境界にいたりすると、部分しかわからない。小説は、複数の場合もあるけど、特定の主観を主人公にするわけだよ。語り手はいるけども、世界全体と言うよりも、その主観の範囲が主な守備範囲なんだよね。個別的・具体的な主観の物語を通して、一般的・抽象的な問題を扱うんだけど、広がりの大きい課題の場合、ある側面だけにとどまる。パンデミックは影響が極めて広範囲で、相互性もカなりだし、扱うのが小説には難しい。新聞記事に取材した具体例が載ってるでしょ?杉並区在住の保育士のAさん。あのレベルにとどまるの、小説で扱おうとすると」。
「スペイン風邪の小説ってあまりないよね?」
「菊池寛の『マスク』とか、本当に少ない。広がりが大きいから難しい。それと、小説はアオリストでないと、出来事を扱いにくいんだわ」。
「アオリストって文法用語でしょ?」
「そうそう。『去年三回風邪をひいた』の『風邪』がアオリストだよね」。
「曖昧ではあっても、一応始まりと終わりがあるので、塊として数えられるからね」。
「結局、物語にするから始まりと終わりが要るわけよ、特に、それがはっきりしている方が楽」。
「後遺症の小説ってあんまりないもんね、終わりがないから」。
「パンデミックもトルストイあたりの力量があれば別でしょうが」。
「なかなかね~」。
「今、大手の文芸誌は新人賞、小説だけしか募集してないのよ。でも、小説にも得意と不得意がある。小説ばっかりだと、日本文学に認識の偏りが生じる」。
「なんか前のテーマで話したことになってますけど」。
「そう。だから批評が必要。前のテーマでも話しましたが、AIは論理性が相関性のみで、因果性が弱いので、フィクションに強いんです。論理の飛躍が許されるから。でも、批評には因果性が必要。もっとも、その辺が雑なのも横行してるけど。それに、AIにクリティカル・シンキングはない。AIに批評は書けない。人間のやるべきことを文芸誌が扱わないなんてねー。人間の放棄ですよ。フランスの画家のボナールは『絵画とは小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである』と言ったけど、ポスト真実の時代は、『小さな真実をいくつも重ねて大きなうそを作ること』がまかり通ってる。求むるものは批評よ」。
「そろそろ、本論に入りましょう」。
「それで、内容に入りますけど、この機械翻訳は汎用機ではなく、どちらかと言うと、専用機ですね」。
「目的や用途がはっきりしていますからね」。
「シチュエーションが限定されるんで、使われる単語や文もある程度決まってきますからね」。
「でも、最近の機械翻訳、グーグル翻訳とか結構うまく訳すよね?」
「私も、自分で訳すのが面倒くさいことが多いので、使ってますけど、修正しなくても使えることが多くなりましたねー」。
「そう?電子辞書を辞書代わりに使うことはあるけど、私はほとんど使わないなー」。
「例えばね、この二つの文をちゃんと訳し分けてんのね。用意してたんで、画面に出します」。

A I think she will come.
a 彼女は来ると思います。

B He thinks she will come.
b 彼は彼女が来ると思っています。

「ほんとだ」。
「この違い、わかります?日本語ネイティブの人はこの違いを学校で習ったことはないと思います」。
「習った記憶ない」。
「日本語で『思います』は一人称と二人称の疑問でしか使えないんです。あとは、『思っています』になるんです」。
「どうして?」
「『思います』は今の認識ですよね?それは一人称であれば自覚で分かりますし、二人称には疑問文で聞けますよね?けれども、それ以外はそれ以前に得ていた情報からそうではないかと推論しているわけですよ」。
「なるほど」。
「でも、これは日本語人は学校で習わない。暗黙知として覚えてるから。でも、機械には違いを学習させないと訳し分けられない」。
「なるほどね~」。
「微妙なのもある。例えば、これ」。

A You should take care of your health.
a 健康に気をつけてください。

B You ought to take care of your health.
b あなたは自分の健康に気をつけなければなりません。

C You had better take care of your health.
c 健康に気をつけたほうがいい。

D You have to take care of your health.
d 健康に気をつけなければなりません。

E You must take care of your health.
e 健康に気をつけなければなりません。

「”have to”と”must”以外は訳を変えてあるね!この二つ以外はだいたいニュアンス、いいんじゃない?」
「いずれも『しなければならない』の助動詞なんだけど、話し手と聞き手の関係が反映するんだよね」。
「そうそう」。
「昔、伊藤笏康先生がそれを『ドラえもん』のキャラクターで説明してて、これがなかなかいい」。
「どんなんだっけ?」
「“should”はドラえもんがのび太に諭すというか意見を言うというかこうした方がいいよって感じ。”ought to”はできすぎ君がのび太に注意する感じ。”had better”はジャイアンがのび太に忠告する感じ。『のび太、俺さまの言うことがきけないのか』って感じ」。
「それで(微笑)」。
「で、”have to”は先生がのび太を指導する感じ。”must”はママがのび太に説教する感じ。っ先生はのび太を児童の一人として第三者的に指導するけど、ママにとってのび太は自分の子どもだから当事者意識がある」。
「先生にすれば、他の児童もいるわけだから、その子にだけ肩入れするわけにはいかないけど、ママにすれば、のび太が、例えば勉強しないで成績が悪かったら、『ママも困るのお』って気持ちでしょうからね(笑)」。
「そう。だからね、前に奥田知志牧師が、ほら、北九州でホームレス支援やってる、知ってるでしょ?」
「うん。奥田先生は偉い人だよねー」。
「奥田先生がね、まだ学生だった頃に、ホームレス支援やっていた時に、奥田先生、学生の頃から活動してたから、俺とあんまし歳変わんないのに、あるホームレスの人が『神も仏もいね~』ってつぶやいたんだって。それを聞いて、奥田先生は『いや、神はいる、神がいてもらわなくては困る』と思ったんだって。この『神がいてもらわなくては困る』を英訳すると、”The God must exist”」。
「そう、それがいい訳」。
「機械反訳は”have to”と”must”を分けて訳してないけれど、文脈がニュアンスを伝えることもあるので一概にどうこう言えないのはわかるんだけど、この助動詞の違いは当事者意識の有無だよね」。
「そうだね」。

10 機械翻訳の苦手なもの
「コンピュータは文脈を理解できないので、レトリックを訳すことは苦手なんですよ」。
「レトリックは文脈に依存しますからね」。
「だから、例えば、ジャック・デリダの文章にはお手上げ」。
「レトリックだらけだからね。でも、あれは人間でも翻訳は難しい」。
「日本語に訳されても、そもそも何を言ってるのかわからない(苦笑)」。
「コロンビアの授業でやったなー」。
「そういう難解な文章を訳すのが苦手なのは想像できると思うんですが、実は、機械翻訳、ものすごく単純な文を訳せなかったりするんです」。
「例えば?」
「ちゃんと用意してますー。これです」。

A She plays tennis.
a 彼女はテニスをします。

B London Bridge is falling down.
B ロンドン橋が落ちています。

C You might come in.
c 入るかもしれません。

D Are you musical?
d ミュージカルですか?

「これはひどいなー!全部誤訳じゃない?」
「それでは、なぜ誤訳なのかをあなたに一つ一つ説明してもらいましょう」。
「私?」
「できるでしょ?」
「できますけど…」
「よろしくお願いいたします」。
「えーと、まず、”she plays tennis”から。『彼女はテニスをします』ってどういう意味ですか?こう言われたら、『いつ?』と尋ねるでしょうね。日本語の現在形は近い未来のニュアンスがあるので、この文は意味がよくわかりません。日本語の現在形は英語のそれと必ずしも対応しないんです。」
「回りくどいですが、なるほど」。
「例を挙げますね。”I shall return”は『私は必ず戻ってくる』や『私は必ず帰ってくる』という訳で知られてますよね?」
「はい」。
「文脈によっては『彼女はテニスをします』が『彼女はテニスができます』のニュアンスの場合もあります。でも、その際の英訳は”She can play tennis”です」。
「ごもっとも」。
「英語の単純現在形の主な用法は習慣を表わすことです。”She plays tennis”は彼女はテニスを習慣的にしていると言っているのですから、意味は『彼女はテニス選手です』。” She plays tennis “は” She is a tennis player” と同じなんです」。
「副詞による限定がつけば別ですが、単純現在家の動詞のみなら、そうなんですよ。皆さん、勉強になるでしょう?」
「次の『ロンドン橋が落ちています』ですが、ロンドン橋の落下はおそらく瞬間的で、『落ちています』では悠長すぎませんか?そんな伝え方では冷淡な傍観者という印象ですよね。英語の現在進行形には『~しそうだ』という用法があるんです。ですから、”London Bridge is falling down”は『ロンドン橋が落ちそうです』が適切な訳です」。
「『ダイイング・メッセージ』がそうですよね。『死にそうな時に書いたメッセージ』ですもんね」。
「三番目も意味がわかりませーん。『入るかもしれません』と言われたら、「なぜ?」と聞きたくなりますよね?実は、”You might come in”は仮定法の文です。”might”を「かもしれません」と訳すのは間違い。この”might”は”May I何々”と同じ許可の用法なんですよ。ただし、ただし、それを与える人が求めている人よりも上の立場なんです。だから、”You might come in.”は『入りたければ、どうぞ』という意味です」。
「“might”が出てきたら、仮定法と思ってまず間違いありませんからね。ちなみに、仮定法は事実と逆のことを言うのではなく、ある状況を『仮定』して自分の意見や考えを述べるものですからね。注意してね」。
「四番目は本当に何を言ってるのかわからない(笑)。『ミュージカルですか?』は日本語としては不自然じゃないですけど、例えば、ミュージカル好きの知人と銀座で遭遇して、『これからどちらに?ミュージカルですか?』と尋ねるのならわかります。けれども、、この文が“Are you musical?”の和訳とは想像できないでしょう」。
「『あなた』が『ミュージカル演劇』というのはね~(苦笑)」
「形容詞”musical”には『音楽の才能がある』という意味もあります。つまり、”Are you musical?”は、直訳すれば、『あなたは音楽の才能が有りますか?』になります。で、この場合の『音楽の才能』は何かと言うと、皆さん、『あの人、音楽ができるなー』と思うときって、楽器が弾けることって思いませんか?そうなんです!” Are you musical?”は『あなたは楽器を弾けますか』という意味なんです」。
「”Can you play the musical instrument?”と同じってことですよね?」
「そうです」。
「英語で『あなたは楽器が弾けますか?』って聞かれてんのに、『ミュージカル?いや、そんなに好きじゃないなー』と答えたら、頭おかしいんじゃないかって思われるよね(笑)」。
「この四つの文はともに簡単な文ですから、これを訳せないとなると、文法がわかっていないことになりますね」。
「ちなみに、チャットGPTの訳はこうです。

A She plays tennis.
a 彼女はテニスをプレイしています。

B London Bridge is falling down.
b ロンドンブリッジは崩れています。

C You might come in.
c 中に入ってもいいですよ。

D  Are you musical?
d あなたは音楽が得意ですか?

cが訳せてるって感じ?」
「そうですね。この解説は要らないですね」。
「これは機械と言うより、人間の問題と思いますね」。
「そうね~、別に文脈とあまり関係ないんだからね」。
「結局、日本語人が英語の意味をよくわかっていなくて、それを機械に学習させていない」。
「第二言語なのに、つまり成長していく間にその言語の環境で暮らしてきたわけじゃないのに、文法から理解していないのなら、できなくて当たり前。『習うより慣れろ』だけで行ったら、時間がいくらあっても足りない」。
「と言うか、人生終っちゃうよ、ネイティブのように英語できるようになる前に」。
「英語は日本語と発想が違うんだから、動詞を例にして少ししゃべったけれど、その違いを頭で覚えて納得して学習していかないと」。
「”She plays tennis”や”London Bridge is falling down”を訳せないというんじゃな~。逆考えたら、お寒いよね~。日本語の新聞記事はきちんと英訳できても、『彼女はテニス選手です』を訳せないんじゃあね~(苦笑い)」。
「文法の学習は規則を覚えることじゃないんですよ。その言語の発想を理解することなんです。日本語にも英語にも動詞があります。でも、その発想が違う。違いを知って、発想をわかって、できるようになるわけです」。
「英語の現在進行形を質問されて、『何々している』という意味で、『動詞の後ろに”ing”つけて、その動詞の前にbe動詞を置きます』なんてわかってることになんないからね。それって、『将棋の駒の動きの規則を知ってます』と同じ程度だから。


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