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ヴィジョン・構想・レイヤー(2016)

ヴィジョン・構想・レイヤー
Saven Satow
Sep. 25, 2016

「同じ夢を追求し続けていると、その夢はどんどん鮮明で、細かいとこまでわかるようになり、ついにはカラーでみえるようになります。それがビジョンです。そういう心理状態になった時、私は自分のビジョンが実現することがわかるのです」。
稲盛和夫

 企業経営においてしばしば「ヴィジョン」の重要性が説かれる。それは経営判断が目先の利益にとらわれることなく、将来に対する中長期的な予測に基づく必要性を意味する。この「ヴィジョン」の認識を経済学において提示したのがヨゼフ・・シュンペーターである。彼は、『経済分析の歴史』の冒頭において、「分析的努力に当然先行するものとして、分析的努力に原材料を提供する分析以前の認知活動がなければならない。本書においてはこの分析以前の認知活動をヴィジョン(Vision)と名づける」と言っている。

 シュンペーターは経済発展の原動力がイノベーション」にあるとして企業家を大いに激励したことで知られる。ヴィジョンはこの概念と結び付けられて理解されている。ヴィジョンに基づいてイノベーションに取り組むことが競争において企業の生き残る道だというわけだ。

 シュンペーターの「ヴィジョン」は対象に対する大づかみのイメージである。しかし、これが分析の出発点になる。分析は方法であるので、そこから導き出される結果にどのように向き合えばよいのかが重要である。それを実行・実現するための内容を体系的にデザインする必要がある。その設計は「構想(Conception)」と呼ぶことができる。

 この構想はヴィジョンに基づいている。構想につながらない将来の予測は思い付きであって、ヴィジョンではない。

 ヴィジョンンを構想に結び付つける分析ツールの一つに階層構造による対象把握がある。 構想には体系性が必須である。ヴィジョンを構想に展開するために、各レイヤーをどのように改善すればよいのかを吟味することになる。階層という構造を持っているので、構想に不可欠の体系性がすでに用意されている。レイヤーによる見取り図はヴィジョンから構想への見通しがよくなる。

 難波和彦東京大学名誉教授は新しい住宅を構想する際に、この捉え方の有用性を説いている。彼は「サステーナブル」、すなわち「持続可能性」という将来社会に対するヴィジョンを持っている。それを住宅に実現するための認識の見取り図として4層のレイヤー構造を提示する。

 難波名誉教授は、『新しい住宅の世界』において建築の持続可能性を次のレイヤー構造で達成されていなければならないと説いている。

建築の4層構造(建築学の領域)
建築を見る視点(建築の様相)
プログラム(デザインの条件)
技術(問題解決の手段)
時間(歴史)
サステイナブル・デザインの条件
第1層:物理層(材料学・構法学・構造学)
物理的なモノとして見る
材料・部品(構造・構法)
生産・運搬(組立・施工)
メンテナンス(耐久性・風化)
再利用リサイクル(長寿命化)
第2層:エネルギー性(環境学・設備学)
エネルギーの制御装置として見る
環境・気候(エネルギー)
気候制御装置(機械電気設備)
設備更新(エントロピー)
省エネルギー(CA・高性能化)
第3層:機能性(計画額)
社会的な機能として見る
用途・目的(腱物種別)
平面・断面設計(組織化)
機能変化(ライフサイクル)
コンバージョン(生活様式の変化)
第4層:記号性(歴史学・意匠学)
意味を持った記号として見る
形態・空間(表象・記号)
様式・幾何学(コード操作)
街並・記憶(ゲニウス・ロキ)
リノベーション(保存と再生)


 建築においてある課題を克服しようとすれば、この4層のすべてにおいてそれが達成されている必要がある。持続可能性も同様である。エコロジーの目標の達成を狙うと、第2層のエネルギー性にのみ着目してしまう。しかし、それでは不十分だ。環境負荷の高い資材を使ったり、無用の長物のような巨大な建物を建てたりすれば、トータルでエコロジーに適っていない。

 物理層・エネルギー層・帰納層・記号層の四つのレイヤー構造の見取り図は非常に汎用性が高い。他の領域にも応用することが十分可能だ。

 階層構造を参照する認識が建築以外でも有用であることについて、食品と健康の関連を例にカに考えてみよう。

 第1層の物理層は食品の物理的素材である。第2層のエネルギー層は食品の栄養である。状態や性質、形状、色など物理的特性を指す。生命活動うぃじするために必須の熱量や三大基本栄養素、ビタミン、ミネラルなどが含まれる。第3層の機能層は食品の健康性・生活調整である。生命活動の恒常性を維持したり、生体防御や疾病からの回復を促進したりする。食物繊維がその一例だ。第4層の記号層は食品の嗜好・食感である。五感に訴え飲食に満足をもたらす。

 このレイヤー構造により食品は物と同時に生としても把握できる。通常、第2から第4の層は食品の三つの機能として並列的に扱われる。しかし、階層構造として捉えると、総合的に認識しやすい。

 このレイヤー構造を復職に適用すれば、物として、心としての衣服という総合的な認識の見取り図になろう。衣服を物理的素材と文化的表象と関連させて把握できる。将来の副食のヴィジョンと構想がこれによって結ばれる。

 レイヤー構造の見取り図は自然科学領域では一般的な認識法である。情報科学における7層構造のOS参照モデルがよく知られている。さらに、服飾の例からも明らかなように、人文や社会科学にも、総合的認識のためには有用である。

 シュンペーターが専門とした経済についても検討してみよう。政府と経済の関連を例にすると、このようになる。

 第1層のお物理層は体制安定化である。政府は治安維持や安全保障の確保、司法制度の法制度など経済活動を行うための体制を安定化させなければならない。

 第2層のエネルギー層は経済成長である。政府はア資本蓄積や成長促進のためのインフラ整備、優遇税制、マクロ経済安定化の税制、金融政策などを図らなければならない。

 第3層の機能層は生活保障である。経済成長は格差の拡大など生活をめぐる矛盾が現われる。政府は生活保障のためのインフラ整備、セーフティ・ネット、所得再分配の税制などを用意しなければならない。

 第4層の記号層は規制である。経済社会において市場は重要な役割を果たす。政府はそれが効率的に働きくようにするとともに、外部性や公正といったその限界を政府は補う必要がある。市場経済円滑のルール整備、環境・健康・安全・労働規制などの規制を用意しなければならない。

 このように政府と経済の関係を階層構造で捉えると、経済理論や政策がどこを重視・軽視しているかが明瞭になる。さらに、それが4層を総合的に認識した上で主張・作成されているかも検討できる。

 いわゆるアベノミクスは第2層に偏重した経済政策である。ここが拡大すれば、おのずと第3層や第4層が好転するというのは奇妙な主張だとわかる。

 経済学は市場に基づく経済社会の考察から始まっている。経済理論は、価値中立性原理により、効率性を基準に複数の社会モデルを提示する。公それらは公正さに差がある。その選択は価値観に関連する。近代は価値観の選択を個人に任せている。民主主義に則って複数の人のコンセンサスによって決められなければならない。この合意は固定的ではなく、さまざまな事情によって変動する。安倍晋三首相の「この道しかない」という主張は経済学ではない。カルトの説教だ。

 政府と経済の関連についての階層構造を示したが、その組織体の一員の認識は同じではない。一人の公務員とすれば、第2層は給与やポストといった待遇になる。組織経営を担う者はマレイヤー構造の見取り図をマクロだけで十分だとせず、メゾやミクロのレベルでも認識する必要がある。ヴィジョンを構想としてデザインしても、それを実現する関係者のありようを理解していなければ、期待した結果に至らない。

 ヴィジョンを構想にデザインする作業は経営に限らない。例から明らかなように、多くの理論的・実践的取り組みにも認められる。そのためには、対象を全体的に把握することが必要である。レイヤー構造の見取り図は、その際、非常に有用だ。

 ヴィジョンを構想に発展させる際に、各レイヤーをどのように改善すればよいのかを吟味する。しかし、その分析が断片的にならない。階層という構造を持っているので、構想に必須の体系性がすでに用意されているからだ。ヴィジョンを立てたら、対象を物理層・エネルギー総・機能層・記号層によって階層的に把握してみる。それが構想を設計する手がかりになる。
〈了〉
参照文献
難波和彦、『新しい住宅の世界』、放送大学教育振興会、2013年
諸富徹、『財政と現代の経済社会』、放送大学教育振興会、2015年
ヨゼフ・A・シュンペーター、『経済分析の歴史』上中下、東畑精一訳、岩波書店、2015年

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