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ハッチポッチチャンネル翻訳篇(4)(2023)

6 『ルパン三世 カリオストロの城』
「はい。ハッチポッチチャンネル」。
「始まるよ」。
「えー、今回は翻訳の三回目ですね」。
「前回は外国語、主に欧米の言語による俳句創作・翻訳の噺でした」。
「今回は何でしょうか?」
「今回は朝日新聞に載っていた翻訳をめぐる記事です。2022年11月25日16時30分配信の『ルパンのアニメ、私の国の言葉で 戦禍逃れたウクライナ学生、翻訳挑戦』を扱います。ウクライナからの留学生が『ルパン三世 カリオストロの城』の翻訳に挑戦しているというニュースです」。
「『カリオストロの城』?宮崎駿さんの?へー」。
「面白そうなニュースでしょ?」
「そう言えばさ、朝日の記事の配信時刻は目標だよな。実際にはこの時間にアップされていないことが少なくない。俺、safariで聞いてるんだけど、新聞社のアプリは視覚障碍に使い勝手が悪いから。朝刊の記事は5時って記されてるけど、実際には5時から5時半までの間なんだよね。ま、そんなことはたいしたこっちゃない。それより、アルファベット全角で記すの、やめて欲しいよな。全角だと、読み上げソフト、単語じゃなく、アルファベットとして読むから、何を言ってるのかわからない。活字の縦書き前提にしてるからこうなるんだよね。アクセシビリティ考えたら、横書きなんだって!高齢者になれば、眼悪くなるんだから、高齢化考えたら、耳でわかるようにしないと、新聞離れさらに進むよ」。
「そんなことを言ってるから、動画が長くなっちゃうんですー!」
「としかく読み上げソフトで読み上げましょう」。
「Hi! こんばんは。オールナイトニッポン、Go Go Go!!! And Go's On!!オールナイトニッポン、Go Go Go!!! もひとつおまけにGo!」
「何それ?」
「糸居五郎さんだろう!伝説のDJ!この方を忘れちゃいけませんよ!夜更けの音楽ファンこんばんは。夜明けの音楽ファンご機嫌いかがですか。明け方近くの音楽ファンおはようございます。君が踊り、僕が歌うとき、新しい時代の夜が生まれる。太陽の代わりに音楽を。『ビタースイートサンバ』!」
「放っておきましょう」。

 留学生のカテリナ・グレバさん(22)は、ルパンのセリフに頭を悩ませていた。「銭形だ。さすが昭和ひとケタ、仕事熱心だこと」。どういう意味だろう。昭和という元号は知っているけど、そのまま訳しても理解ができない。友人に相談することにした。
 ロシアの侵攻を受けた母国ウクライナを逃れて来日したのは今春。留学生として受け入れてくれた日本経済大学(福岡県太宰府市)の寮では、同じ境遇の約70人が暮らしており、このうちカテリナさんら20人ほどが、日本のアニメ映画のウクライナ語への翻訳に8月から挑戦してきた。多くは日本での就職を希望しており、将来への経験を積む狙いもあった。
 翻訳したのは、宮崎駿監督の「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年)と、吉浦康裕監督の「サカサマのパテマ」(2013年)。いずれもウクライナ語に翻訳されたことがなく、作風もハッピーエンドなものだ。
 カテリナさんは中学生のころから日本のアニメが好きで、「千と千尋の神隠し」や、「BLEACH(ブリーチ)」に夢中になった。でも、ウクライナでは「NARUTO(ナルト)」などの一部のアニメを母国語でテレビ放送しているほかは、ほとんどがロシア語でしか見ることができない。いまは「ロシア語で作品を見たくない」という思いがあり、東京都の日本映像翻訳アカデミーがインターンシップとして実施している翻訳に挑戦した。
 「カリオストロ」も「パテマ」も、見たのは今回が初めてだったが、「キャラクターがかわいいし、わかりやすくておもしろかった」と話す。翻訳作業は数人の班に分かれ、分担したシーンを辞書で意味を調べながら進めていった。そこで出てきたのが、ルパンが宿敵の銭形警部を見つけた際に言った「さすが昭和ひとケタ」だった。

 ■「あららら」→「危ない、危ない」
 友人たちと一緒にインターネットなどで調べると、「時代遅れで古い考えの持ち主」という意味が出てきた。行動に意外性がなく、ルパンの思った通りに現場に宿敵の銭形警部が現れたのだと解釈し、「さすが銭形、思った通りの男だ」と訳した。
 翻訳を進めていくなかで、キャラクターの話す言葉の特徴もわかってきた。ルパンの相棒の次元大介はよく「~か?」と質問するような話し方をするため、翻訳に苦労した。ルパンがよく使う「あららら」というセリフは、場面ごとに込められた意味が違うと感じ、「危ない、危ない」や「落ちないで」と訳した。
 訳にはウクライナの慣用句も採り入れてある。ルパンがヒロインのクラリスに言った「ドロボーは空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだってできるのに」というセリフは、「星をとることだって、山を押すことだってできるのに」と置き換えた。どちらもウクライナではなんでもできることを表すという。
 こうして訳したものを、字幕にして実際の映像に当て込み、文字の長さも調整した。ウクライナ語にすると字幕が長くなるため、アカデミーの翻訳の先生や仲間の学生たちと相談し、短くてわかりやすいセリフを考えていった。
 一緒に作業したワネッサ・ヌダユングさん(21)は、首都キーウにいる母親から「良い翻訳をして」と言われたといい、「母国語で見て作品を好きになってほしい」と願っている。ダリア・ゴメニュクさん(18)は「もっと勉強して翻訳を続けていきたい」と新たに夢を抱いている。
 翻訳した作品は、25日からウクライナや避難先の国々など最大122カ国で配信される。上映権料などをまかなうため、アカデミーが来月2日までクラウドファンディングを実施している。
 カテリナさんは「日本は好きだけど、時々寂しくなる。避難している人たちは同じ気持ちだと思うから、作品を通して心は一つなんだと伝えたい」と語った。
 (板倉大地)

「以上です」。
「これは全文ですね?」
「はい。しかも、実は、これ、有料記事なんです」。
「というと、前回のNHKの記事と違って、検索して見つけても有料会員でないと読めないってことですね?」
「そうです。けれども、有料か無料か以前にこれはあくまで論じるための引用ですから」。
「批評の引用ですよね、著作権における」。
「そうです。しかも、明らかに、記事よりも私たちの話の方が長いはずですから」。
「本文と引用の主従の件ですね。だから、私は話を長―くしているんですよー」。
「それ、違うと思う。ただの後付け」。

7 「昭和ひとケタ」
「ウクライナからの留学生、すごいねー!」
「そうですね。翻訳は経験がものを言うことが多いんですが、彼女たちはそれがあまりないでしょう。おまけに、映画の字幕でしょ?映画のセリフを吹き替えとして訳すだけじゃなくて、字数制限のある字幕ですからねー」。
「あなたもないよね?」
「ないです。映画の字幕翻訳はかなり難しい作業ですね。熟練の技が要る。字数制限がありますからね。意味だけならそれほど難しくないですが、元のセリフの持つニュアンスや話者の個性やらを込めなきゃいけないんですよね。特に、『トラフィック』辺りから顕著なんですが、複数の登場人物が同時に話すことも珍しくないんですよね。しかも、カット数が多く、画面の切り替えが早い」。
「まあ、これは少し古い映画なんで…」
「これ、アニメでしょ?アニメ映画はセリフ劇なんですよ。アニメは、一般的に、カメラを使わないので、焦点が複数取れるんです。だから、被写体の主従の区別がつきにくい。それをはっきりさせるために、主にしゃべらせるんですよ。だから、実写映画に比べて、アニメはセリフが多くなるし、キャラクター中心になるんですよ、アニメは」。
「それを経験の浅いウクライナからの留学生がやってるんでしょ?たいしたもんだよねー」。
「ただ、『あら?』って思ったところがありましたね」」
「ん-、あそこか?『昭和ひとケタ』。まあしょうがないかなーって思ったけどね」。
「『銭形だ。さすが昭和ひとケタ、仕事熱心だこと』を直訳に近く英訳するなら、”Old man Zenigata, how workaholic!” でしょう」。
「『さすが銭形、思った通りの男だ』は意訳だよね」。
「『昭和ひとケタ』に苦心してますね」。
「まあ、今の時代に『昭和ひとケタ』って、上皇陛下だからね。何のことかさっぱりわからんでしょう、外国人に限らず、日本育ちの若者でも」。
「『カリオストロの城』はリアルタイムでしょ?」
「そうねー、1979年の映画だから。中学生だったね。あなたは、確か、保育園児?」
「そう。でも、小学生の頃に初めて見て、その後何度も見た。大好き!」
「私はー、ですねー、何回か見てるんですけども…」
「苦手でしょ?」
「苦手と言うか~相性がよくないですね(苦笑)」。
「宮崎駿さんの映画人としての才能は高く評価してるんだよね?」
「そうですー。私は宮崎駿さんの映画を非常に評価してますが、私の肌に合わないんです」。
「『おじさま』テーストが苦手なんだよね(笑)」。
「はい、そうです。『カリオストロの城』でクラリスがルパンを『おじさま』と呼ぶんですが、あれがダメなんです、私には」。
「まあ、宮崎映画にはこのテーストがあることが多いからね」。
「そうなんですねー。そのテーストに触れますと、ヘナヘナって力が抜けて、膝から崩れ落ちちゃうんです(苦笑)」。
「嫌いとか、認めないとかではないんだよね?」
「そうです。宮崎映画は高く評価しております。ただ、ただ、『おじさま』テーストと相性が悪いだけでして(溜息)」。
「ところで、1979年当時はどんな感じでしたか?」
「俺?」
「違う!あんたの話をしてどうすんのよ!映画の話!」
「ああ~、映画ね、『カリオストロの城』」。
「そう」。
「えー、アニメ映画は、それまで実写映画より下に見られてたんですよ。アニメを大人が見に行くって、あまりなかったと思う。だいたいは子連れで。70年代後半に劇場版の『宇宙戦艦ヤマト』とか、この間亡くなった松本零士先生の『銀河鉄道999』の劇場版とか、あとこの『カリオストロの城』なんかが公開されて、その見方が変わった。公開初日に前の晩から若者が映画館の前に並ぶなんて現象が起きていたと思う」。
「その頃からかー。80年代からしか記憶がないから、『ガンダム』とか『うる星やつら』とか、あとは宮崎作品とか。大人がアニメ見るって不思議じゃなかった」。
「落合博満さんは『ガンダム』のファンなんでしょ?」
「そうなの?」
「そう。ただ、注意が要る。「カリオストロ」は劇場で公開された時、あまり当たってない」。
「え?そうなも?」
「そう。と言うか、宮崎アニメ映画は、『魔女の宅急便』」までほとんど当たってない。「ナウシカ」がなんぼか当たったかな。でも、会社が事実上倒産している」。
「えー!ちょっと、じゃあ『トトロ』は?」
「「『トトロ』は大コケ。観客動員数42万人、2週間で。今の宮崎アニメなら、一日だけでこれ以上集められる」。
「えー!なんで?ジブリと言ったら、『トトロ』じゃない?コケたのに何で?」
「テレビ。日テレの氏家さんが気に入って、高額で買い付けて金曜ロードで放送した。そしたら、大ヒットよ」。
「テレビか~」。
「初期の作品はテレビで今の人気になった。『カリオストロ』もそう」。
「でも、今は公開すると、映画館に人が集まるわけでしょ?いつから?」
「さっきも言ったけど、『魔女の宅急便:から』。
「どうして?」
「真面目に宣伝したから」。
「真面目に宣伝?」
「それまで、真面目に宣伝してないんだよ。『魔女の宅急便』はヤマト運輸がついたから真面目に宣伝した。そしたら、当たった」。
「宣伝しtなかったら、ヒットするわけないじゃない!」
「そうなんだよ」。
「ジブリは面白いから、宣伝すればヒットするよね。娯楽性も芸術性も高いし」」。
「それで、そうした状況には前段階があって、テレビアニメで最初に実写にひけを取らない滑らかな動きの作品だったのが『アルプスの少女ハイジ』」。
「宮崎さんと高畑さんじゃない?」
「そうそう。それ以前のアニメは電気紙芝居だから」。
「いつの作品?」
「1974年。『ヤマト』も同じ年」。
「1974年がアニメ元年?」
「そう言っていいんじゃないかな。もっとも、ディズニーとは比較にならないけどねー。ディズニーに比べて絵の枚数が圧倒的に少ないんで、滑らかになっても、柔らかさはないんだよ」。
「『おしゃれキャット』なんか、本物の猫のように柔らかい動きだもんね」。
「手塚先生がディズニーに感動して、何度も同じ作品を見たって気持ち、よくわかるよ。結局、今でも日本のアニメはあの絵の域に達していない」。
「その1979年に『昭和ひとケタ』だと…」
「悪いけど、調べて。俺、ほら…」
「ああ~、はいはい。1979年は昭和54年。『昭和ひとケタ』は、えーとね、ちょっとググると、ちょっと待ってね、えー、1926年12月25日から1934年12月31日の間に生まれた人たち。元号変わってるから。当時、40代後半から50代前半までの年齢層ってことですね」。
「で、銭形警部はいつの生まれでしょうか?」。
「銭形は~、ちょっと調べると、ちょっと待ってね、ああー、これか、テレビアニメで、1938年生まれの設定のようですねー」。
「実際には『昭和ふたケタ』なわけね。でも、えー、1938年生まれで1979年だと41歳くらいか。日本の警察組織だと、警部は40代以上なんで、40そこそこでこの階級とすると、銭形は非常に早く昇進してるね」。
「じゃあ、なんで『昭和ひとケタ』なんだろ?」
「帽子被ってるからだろ。帽子被ってるから銭形古臭く見えるじゃん」。
「あー、そうか!帽子被ってるのってさ、刑事ドラマでも、帽子を被っている私服警察官は『Gメン75』の丹波哲郎だけだよね」。
「まあ、丹波さんは『昭和ひとケタ』どころか、大正人だけど(笑)」。
「じゃあ、めっちゃ古臭い、帽子姿って」。
「映画『ミシシッピ・バーニング』で、帽子を被っていない若い捜査官を見て、ベテランがケネディ・ボーイって揶揄するシーンが確かあった。帽子は世代を表わすわけだよ」。
「『昭和ひとケタ』が古いことはわかったけど、どうふるいわけ?」
「当時の子どもにとって『昭和ひとケタ』の気分を感じさせていた一人がねー、長さんなんだよ」。
「長さん?」
「ザ・ドリフターズのリーダー、いかりや長介」。
「あー、その長さんかー!」
「長さんが『8時だヨ!全員集合』や『ドリフ大爆笑』の会社コントで演じる中間管理職の姿が『昭和ひとケタ』の男性のイメージ。パワハラやミソジニーまがいの言動、人情味はあるものの頑固、若者の行動に苛立ち、仕事第一で家庭のことなど顧みない」。
「長さん、コントで言ってるもんねー、『女に負けていいのか』とか『そんなんじゃ、嫁に行けねーぞ』とか。今なら絶対アウト」。
「ただね、保守的なんだけど、明治や大正の世代と違うんだよ。やはり戦後派」。
「どう違うの?」
「『昭和ひとケタ』は、兵隊や地上戦の経験者もいるけども、長さんくらいだと学童疎開や勤労動員の世代。空襲から逃げまどい、悪化した食料・衛生状況に苦しみ、価値観の転換を教育を通じて体験、進駐軍キャンプで音楽活動している」。
「それで?」
「貧しくひもじい子どもの頃よりも高度経済成長がもたらした豊かな時代の方に幸せを覚える。だからこそ仕事中毒になるわけよ。昔は大変だったが、今は苦労が報われる」。
「だから、『さすが昭和ひとケタ、仕事熱心だこと』を『仕事中毒のベテラン』ととるわけでしょ?」
「そう」。
「しかし長いなー(苦笑)」。
「こんな背景、若い子がわかるわけがない」。


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