見出し画像

公共性の球団経営(1)(2004)

公共性の球団経営
Saven Satow
Jun. 16, 2004

「久方の アメリカ人の はじめにし  ベースボールは 見れど飽かぬかも」
正岡子規

1 スポーツ・マネジメントとしての球団経営
 大阪近鉄バッファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併をめぐる報道が新聞では政治面や経済面とほとんど同じ文体で書かれています。そこには、オーナーや財界人同様、伝える側の認識不足も露呈していることが見てとれます。球団経営はエンターテインメント・ビジネスです。娯楽を提供し、その対価として経済的利益を得るのですから、別の文体が必要です。

 今回の合併への動きは増え続ける人件費が響いていると報道されています。日本だけでなく、大リーグの最大の問題も選手の年俸の高騰です。それを入場料や関連グッズの販売と言うよりも、ケーブル・テレビの放映権料でまかなっています。人口の多い都市にフランチャイズを構えるヤンキースなどの例外を除けば、苦しいのが実情です。

 そこで、課徴金制度を採用しています。各球団の総年俸に上限を定め、それを超えた金額に一定の比率を課して徴収し、総年俸の少ないチームに振り分ける制度です。ところが、日本の場合、こういった分配が行われていません。テレビ放映に関して、ジャイアンツ戦がほとんどです。地上波によるパ・リーグの中継は日本シリーズの放映権のために、しぶしぶやっているだけです。

 パ・リーグは放映権料があてにできませんし、セ・リーグにしても、ジャイアンツとタイガースを除けば、ジャイアンツ戦の放映権料のおこぼれを恥も外聞もなく頂戴しているにすぎません。そんなことをしているうちに、ジャイアンツ戦の視聴率も低下し続け、テレビ局にとって魅力的なコンテンツではなくなりつつあります。

 人件費の抑制は、確かに、必要です。けれども、日米共に八百長のスキャンダルがあり、それは十分とは言えないサラリーに不満を感じた選手たちが起こしたものです。野球ほど試合数が組めない他のスポーツでも、高騰する選手の給料への対策がとられています。

 NFLは潤っている球団の収入を他の球団に分配していますし、NBAは選手の給料の上限を決めています。NFLには、MLBと違い、ファーム組織がありませんので、その経済的な負担がありません。野球がプロ・スポーツとして成長してきたのに対し、アメフトはアマチュア・スポーツとして発達しています。所属枠から外れた選手は、引退したり、ヨーロッパ・リーグに向かったりする者もいます。また、卒業した高校もしくは大学のフィールド・施設でトレーニングに励み、次のチャンスを待つ選手もいます。

 日本のプロ野球は、ジャイアンツ中心の体制を強化してきたせいで、とうとうつけが回ってきています。もっとも、選手の給料は、下がることもありますが、球団の経営陣の給料が減らされるケースは想像するだけ野暮でしょう。

 テレビの放映権に関するずさんさはプロ野球がエンターテインメント・ビジネスだという理解がまったくない証です。今日のエンタメ・ビジネスでは、入場収入だけでペイすることはまずありません。ハリウッドの映画は興行収益で黒字になることはほとんどありません。扱う金額は、下手な公共事業を上回ります。コンテンツをさまざまなメディアに展開して、何年かに亘って、投資を回収しているのが実情です。

 リスクを減らすため、ハリウッドにおいては、すでに確立した名声を持つ監督や俳優を使う、手間暇をかける、マーケティングを徹底する、低予算の映画を数多く作製する、外注するといった対策がとられ、ヨーロッパでは、この他に、国が公的な補助を行っています。最近は、デジタル配信やシネマコンプレックスか映画産業を変えるのではないかと考えられています。

 MLBの中で最も経営がつらい状況にあるのは、ナショナル・リーグにおいてはモントリオール・エクスポズ、アメリカン・リーグではオークランド・アスレチックスです。特に、前者は、売却先と本拠地が決まるまでの間、大リーグ機構が経営している状態です。

 両球団とも、本拠地をそこに選ぶと経営が大変になるという見通しはすでにあります。カナダで最も人気のあるスポーツはアイスホッケーで、その現行のルールが生まれ、さらに、NHLの本部があるのもモントリオールです。大リーグ機構が野球の市場の拡大を狙って、わざわざケベックの州都を選んでいます。

 また、オークランドは人口が少ない上に、対岸にサンフランシスコがあり、ジョージ・W・ブッシュ少年のアイドルでもあるスーパースターのウィリー・メイズを擁する人気球団のジャイアンツが本拠を構えています。当時のワンマン・オーナーのチャック・フィンリーが周囲の反対を押し切って、カンサスシティからそんな条件の悪い都市へ移転させています。

 当初、チームはワールド・シリーズを制覇したくらい強かったのですが、予想通り客の入りは芳しくなく、フィンリーは、1980年に球団を手放すまで、さまざまな集客のアイデアを出しています。

 ユニフォームの上とストッキングを黄色、下を緑、スパイク・シューズを白と派手にし、選手に髭を奨励しています。また、チーム・マスコットに本物のロバをフィールドに連れてきたり、バット・ボーイとボール・ボーイに代わって、ミス・アメリカをバット・ガールとボール・ガールに採用したりしています。他に、奇抜なアイデアとしてはボールをオレンジにするやボール3つで一塁に歩けるなどがあります。しかし、フィンリー以降も経営は改善せず、アスレチックスがオークランドから去ることが毎年のようにささやかれています。

 経営の苦しい球団は、身の丈にあった経営をするために、スカウトとファームを強化するほかなく、若手中心のチーム編成です。大リーグのチームの多くは、経費を節約する目的で、自前のスカウト組織を持っていません。全米だけでなく、カナダや中南米、アジア、オーストラリアも視野に入っていますから、スカウトにかかる経費は日本の球団の比ではありません。

 同じ境遇にある球団同士が資金を出し合って、スカウト専門会社MLSBを設立し、そこから情報を入手しています。そのおかげで、あまり野球経験のない若者がドラフトされることも結構あります。ただ、活躍し始めると、高額な給料を払えなくなり、他のチームに放出せざるを得なくなります。ヤンキースの現4番打者ジェイソン・ジアンビーも、そういう理由で、アスレチックスから移籍した一人です。

 また、はっきり言って、優勝を狙っていませんので、伸び盛りの若者たちの間に、引退間近の名選手が所属することもあります。大リーグ史上最もヒットを打ったピート・ローズも、晩年の一時期、エクスポズに在籍しています。無類のトラブル・メーカーで、大舞台にめっぽう強かった「ミスター・オクトーバー」ことレジー・ジャクソンは、最後の年、引退を発表してアスレチックスと契約を結んだため、そのシーズン、チームはレジーのサヨナラ興行の一座と化しています。

 ヤンキースはロードショー向きの大作、エクスポズは短観上映される低予算映画といったところです。しかし、そういう作品に、『ブレードランナー』や『ターミネーター』、『デスペラード』、『AMY エイミー』があることを忘れてはなりません。

 他方、日本の球団のチーム編成は、昨今の日本映画によく似ています。映画とは何なのかさえ満足に知らない監督が撮った『ホテル・ビーナス』や『キャシャーン』、金だけ使ったものの現代的センスの欠落によってA級を狙いながらも救いようのないB級に仕上がっている『ゴジラ2000ミレニアム』など見る気にさえならない駄作の見本ですが、プロ野球チームにしても同じです。

 まともな感覚を持っていたら、恥ずかしくてこんなことはできません。経営が苦しいのに、中村紀洋選手に大金を約束して、球団を放り投げるのは本末転倒でしょう。さすがに、かの岡本太郎デザインの球団マスコット・マークを生かしきれないどころか、その事実さえ一般に浸透させられなかったバッファローズ球団だと言わねばなりません。

 アメリカでは、その代わり、監督には、若者をその気にさせるために、経験豊富な大物が選ばれることが少なくありません。エクスポズの現監督はあのフランク・ロビンソンです。今、フィールドにいる選手のみならず、コーチや監督を含めても、彼を上回る実績と名声を持つものはいません。

 選手時代には、チーム・リーダーとして何度も在籍するチームを優勝に導き、史上唯一両リーグでMVPを獲得、三冠王1回、通算2943安打、通算586本塁打、通算204盗塁を記録、アフリカ系アメリカ人として初の大リーグ・チームの監督になっています。東京ジャイアンツの堀内恒夫監督は、現役時代、オープン戦で、ロビンソンと対戦し、三振をとって自信になったと告げています。ただ、はっきりとした物言いのため、メイズと違い、ロビンソンは煙たがられ、グラウンド内外で衝突しています。

 アメリカから学ぶべきなのは、何よりも、経営だと言われてきたのに、経営者はそれを拒否し続けています。日本のプロ野球は社会人野球のヴァリエーションです。社員の福利厚生と企業の宣伝を目的とした社会人野球が関係者以外は見に行かないガラガラの観客席で続けられているのはスポーツ・マネジメントの意識がないからです。企業スポーツが行き詰るのは当然でしょう。

 球団経営に必要な発想は官でも民でもありません。スポーツ・マネジメントです。スポーツは文化に含まれます。先進国では7、0年代以降、文化全般をマネジメントの発想に基づいて運営ことが進められています。これをアーツ・マネジメントと呼びます。スポーツ・マネジメントもこれと関連して捉えられます。

 アーツ・マネジメントは文化の経済学と言うべきもので、文化の質を確保・向上させつつ、産業として機能させる方法を考察します。文化は公共性が高い領域ですから、利潤追求の民間企業とは異なった経営のノウハウが必要です。活動自体が社会的責任や地域貢献にしばしばつながります。劇場や美術館、スポーツ施設の運営、村おこしを含めた都市計画、音楽・映画制作などにも及びます。メセナもその試みの一種です。

 ブルーウェーブは、経営姿勢を変えるために、ゼネラル・マネージャーを一般公募しています。この球団は新たな手を打ち出すのですが、「がんばろう神戸」の時代に、神戸ブルーウェーブにしなかったように、いつもポイントがずれています。1988年、パ・リーグの優勝がかかり、史上最高の試合とまで評されるあの10・19の途中に球団買収を発表する無神経さは結局続いています。

 ブルーウェーブの本拠地YahooBBスタジアムは、日本で最高の球場です。手入れの行き届いた美しい天然芝を見ているだけで、目が休まります。かりに合併して、大阪ドームをフランチャイズにするとしたら、さすがに馬や鹿も食わない人工芝を選ぶ馬鹿は違うと全世界の笑いものになることは間違いないでしょう。

 アメリカの場合、GMはマイナー・リーグの経営で経験を積んだ上で、MLBの球団にヘッド・ハントされるのが普通です。マイナー・リーグの球団経営は監督やコーチ、選手の給料は上層の大リーグ球団が負担してくれますから、観客をいかに動員し、球場やプログラムへの広告のスポンサーを集められるかで評価されます。けれども、テレビ中継では大リーグだけでなく、他のスポーツも見られる状況ですし、球場の設備もいいとは言えません。ですから、繊細なセンスが要求されます。優秀な女性GMも、そのため、少なくありません。

 ノース・カロライナ州チャーロットのフランシス・クロケットはそんなGMの一人です。彼女は、1981年、『スポーティング・ニューズ』紙より最優秀マイナー・リーグ経営者に選ばれています。わずか4年で、観客数を倍増させています。

 この2Aのチームは15連敗という当時のサザン・リーグのワースト記録をつくるほど弱かったのですが、いつの間にか、優勝争いに加わるまでになっています。大勢のお客に見られていれば、選手もその気になるというものです。

 彼女は試合が始まっても、それを見ていません。観客の反応を丹念に探っています。そうやってリサーチした上で、負け試合でも楽しめるようにして観客を集めて入場料収入を増やし、入場料以外にお金を落としてもらうことを工夫しています。お祭りを思い起こさせる催し物の開催、食べ物や飲み物の味の充実と手頃な価格設定(その研究のため、オペラ歌手か相撲取りのような体形になっています)、わくわくするような関連グッズの販売、イニングごとに選手に関係するプレゼントを考案しています。折れたバットに人気選手のサインを書かせ、翌日のゲームに一番大勢で来たグループにプレゼントすると発表しています。

 有能なGMや球団経営者はヘッド・ハンティングされるため、球団を渡り歩きます。最も有名な経営者の一人ビル・ヴィック(Bill Veeck)はファンにいかに球場で野球を楽しんでもらえるかをつねに考えています。

 1948年、彼が経営するクリーブランド・インディアンスはワールド・シリーズを制覇するだけでなく、年観客動員262万627人という新記録を樹立しています。特に、8月20日の地元ミュニンパル・スタジアムで、伝説の大投手サチェル・ペイジを予告先発させた際、7万8382人が詰めかけ、これはナイターでのMLBの観客動員数記録です。日本でもおなじみになった背番号の上に選手の名前をつけたり、ホームランが出た際に花火を打ち上げたりするというのは、もともと、セントルイス・ブラウンズのオーナー時代に、彼が始めたものです。

 他にも、観客席の椅子を明るい色に塗り替え、最寄の駅までの通りが暗かったので、市に掛け合い、費用を球団が持つ条件で、街灯を明るくし、家族で来やすい環境を整備しています。プレスに対しても、ホワイトソックスの経営をしていた1959年のワールド・シリーズでは、談話室を24時間開放するサービスをしています。お客を大切にしなければ、リピーターは生まれません。

 さらに、球団経営が世界を変えることだってあえうます。ジョージ・W・ブッシュは、それまで何をやってもうまく行かず、アルコール依存症に陥っていたのですが、テキサス・レンジャースの経営に成功し、ホワイトハウス西館への道が開けることになります。「私の最大の後悔はサミー・ソーサをトレードに出してしまったことです」は彼のお決まりのジョークです。イラク戦争に関してはシャレにならないので、後悔にはあげないようです。

 優秀なGMをヘッド・ハントする気さえない日本では、球団を企業の宣伝と考えていますが、野球は文化です。企業は球団経営を通じて文化に貢献するという公共性の意識に欠けています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?