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水村美苗の『日本語が亡びるとき』、あるいはコミュニケーションが亡びるとき(2)(2009)

3 特定言語による人類の叡智の集中
 水村美苗は、人類の叡智の英語による一極集中化に危機を覚えている。しかし、今日ほどグローバルな規模ではないにしても、支配領域を広げていく勢力が周辺の叡智を翻訳・収集していくことも、歴史的に、珍しくはない。

 7世紀にアラビア半島で誕生したイスラームは急速に影響直拡大している。イベリア半島からブラック・アフリカ、中央アジア、東南アジアまでムスリムの為政者が生まれていく過程の中で、数々の叡智を吸収していく。アリストテレスを代表に古代ギリシアの文献をアラビア語に翻訳したのは、その一例である。

 『アル・クルァーン』に最も頻繁に登場する単語が「イルム」であり、知識や情報、知性、知覚、認知など「知」に関する全般的な意味がある。また、自然科学が「イルムタビーヤティ」であるように、学問の「学」という用法もある。そのため、アラブの出版社がこの語を社名に入れているのをよく目にする。知識を追求することは非常にイスラーム的であるというわけだ。「知識を求めよ、中国までも」。彼らのアーカイヴなくして、欧州のルネサンスはありえない。

 また、18世紀のヨーロッパに、世界中から新奇な情報や物品が大量に流れこんでいる。この知識の大洪水時代に対応するため、啓蒙主義者たちは百科全書にそれらをまとめ上げるプロジェクトを開始する。これは、なるほど、フランス語による知識の集中化であるけれども、教会権力などから自立した思考を獲得しようとする態度変更があり、それは近代の目標の一つを具現している。何でも知ってやろうというわけだ。

 この頃の欧州には、フランス語を共通語とした「文芸共和国」が成立している。フランス語で手紙を書けさせすれば、このネットワークに参加できる。当時最高のセレブのヴォルテールに自分の考えをロシアの商人やドイツの弁護士が手紙を書き送れる。ただし、書簡は公開されるのが前提であり、私信など存在しない。この共和国は公共空間であり、私的な自由裁量権は参加者には許されていない。WikipediaやGoogle、You Tube、My Space、Facebookなどが花開いた今日のインターネットは「電子版文芸共和国」と言える。

 特定言語による叡智の集中は、次の時代の大きな変革を用意することにもつながる可能性もある。ただ、この作業は翻訳を通じて行われるため、その際、訳された言語の持つ固有の特徴や味が消えかねない。水村美苗が特に懸念するのはこの点である。

 水村美苗は、2008年11月8日付『読売新聞』の「語の機能・陰影 どう護る」というインタビュー記事において、書き言葉としての日本語について次のように答えている。

 無限の造語力を持つ漢字を音訓自在に組み合わせて語彙を広げ、ひらがな、西洋語を表すカタカナ、ローマ字……多様な文字を縦にも横にも併記して、歴史も感情もすべてを含み込む。書き言葉としての日本語は、希有なだけでなく、世界に誇れる機能的かつ陰影豊かな言葉ですが。

 言語では、音・文法・文字の順で時を経ても残りやすい傾向がある。日本語は文字は中国語の影響を強く受け、文法構造はトルコ語やモンゴル語、朝鮮語とよく似ている。ところが、音はポリネシア語系と類似している。書き言葉としては亡んだとしても、話し言葉は存続する可能性は高い。しかし、水村美苗にすれば、書き言葉の亡んだ日本語は死んだも同然である。

4 日本語の特徴
 言語は音・文字・文法・語彙・表現の五分野に分けられる。習得言語として学習した場合、京助の孫に当たる金田一秀穂の『日本語のカタチとココロ』によると、近隣の諸言語と比較して一般的な難易度はそれぞれで次のようになる。

 まず、音は、日本語の音数は少なく、非常に容易である。バングラデシュのベンガル語は発音が非常に難しいことで知られている。ベンガル語には日本語の101の音すべてが含まれている。また、アクセントも高低のみで、スウェーデン語のように、高低と強弱の二つを併せ持ってもいない。

 ただし、他の言語では、別の音として区別して発音するけれども、日本語においては、音の並びで自然にそうなってしまうために、同じに扱うケースもある。日本語にはhの摩擦音はないとされている。しかし、「御飯」の「ハ」は、意識せずとも、hの摩擦音として発音される。外国語の発音を学習する際に、こうした音を参考にすると効果的である。

 第二の文字は非常に難しい。ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットなどの使い分けふぁあり、中でも漢字の読み方は極めて複雑である。漢字は訓読みと音読みに大別できる。いずれも一通りでないものが多い。

 漢字は非常に長い年月に亘って中国から渡来してきたため、その時々の発音が伝わってきたことが一対一対応にならない一因である。このトピックを議論する際に、よく例として用いられるのが「行」である。これは「い(ゆ)く」・「おこなう」という二種類の訓読み、それに「ギョウ」・「コウ」・「アン」の三種類の音読みを持っている。「ギョウ」は、5、6世紀に中国南部の呉の国から伝わったとされる読み方で、「呉音」と呼ばれる。その母体となった中国原音が話されていた地域や伝来の経路はいまだ十分に開明されてはいない。ちなみに、「京都(キョウト)」はこの呉音である。「コウ」は遣隋使や遣唐使が滞在先の長安で使われていた標準的発音を持ち帰ったものであり、「漢音」と称されている。「アン」は「唐音」ないし「宋音」と言われているが、実際には、平安時代中期以降に元や明との交流の過程で伝わっている。

 音読みの中で、最も一般的なのが漢音である。呉音は、「修行」の如く、仏教用語に多く、唐音もしくは宋音は、禅宗の僧侶や商人たちによってもたらされ、「行脚」や「椅子(イス)」などが表わしているように、禅宗や日常の道具にかかわる単語で用いられている。

 ここで重要なのは、朝鮮半島やベトナムでは、長期に亘って漢字が伝来してきたにもかかわらず、こうした現象が見られない点である。中国語原音の違いに基づく日本語における漢字の読み方は非常に体系的である。パラダイム・シフトとして漢字が伝来してきたと考えることもできよう。

 音読みには、他に古音・近代音・慣用音がある。古音は五世紀以前に渡来人によって伝えられ、現在では訓読みとして理解されており、和語に分類されている。「梅(ウメ)」や「銭(ゼニ)」、「馬(ウマ)」等がそれに当たる。これらは音韻上は日本語ではなく、中国音に属している。近代音は、近世以降の中国音のことであり、現代中国語の発音に近い。「麻雀(マージャン)」や「上海(シャンハイ)」などがそれに含まれ、通常は外来語として扱われている。慣用音は日本で慣用的に定着した音である。「耗(モウ)」や「較(カク)」が代表例である。

 訓読みは個々の漢字が表わす意味を日本語に当てはめたもので、訳語とも言える。丸薬であるため、中国語と日本語の語彙の違いから、一字多訓や類義表現の同一読みという現象が現われる。「角」に「ツノ」や「スミ」、「カド」といった訓読みがあるが、これらは文脈によって使い分けられている。ただ、こういう例は少なく、多くは一字一訓である。また、「ツクル」には「作」や「創」、「造」などが当てられるが、日本語は中国語に比べて動詞の意味が大まかで、具体性が弱いことから生じている。

 漢字を仮借して和訓に適用した為、訓が中国語の漢字と対応していない「刻訓」もある。「鮭」は「フグ」、「鮎」は「ナマズ」、「猪」は「ブタ」、「椿」は「大木」を中国語ではそれぞれ意味している。日本語で「女郎花」は「オミナエシ」のことだが、中国語では、「モクラン」や「コブシ」を指している。さらに、中国語の漢字においては意味が失われていたり、最初からそれがなかったりするものもある。「若」は中国語では助詞として用いられ、「若い」という意味はもはやない。「淋」を「淋しい」の意味で使うのは日本語だけである。

 同じ漢字でありながら、現代中国語と現代日本語の間で意味が異なっていたり、熟語にすると同じだったりと非常に興味深い現象が見られる。「娘」は中国語では「母親」、「舅」は「母方の兄弟」、「姑」は「父方の姉妹」をそれぞれ指している。ただし、唐の時代までは日本語と同じ意味で使われている。唐までの意味が日本でそのまま残り、中国では変化したケースも少なくない。

 「困」は「眠たい」で違うが、「困惑」になると日中共通である。また、「貴」は「値段が高い」だけれども、「貴重」は同じである。「走」に至っては「歩く」の意味である。近代化に伴う漢字政策により、日中共に簡略化したり、同音字に置き換えたりしたために、見た目は同じなのに、意味が異なってしまう場合もある。「芸」は日本語では「藝」の略字であるが、中国語ではヘンルーダという草の一種である。これは日本語の略字が元々中国にある別の感じと重なってしまったことによって生じている。「叶」は中国語では「葉」の簡体字であり、これは先とは逆のケースである。

 中国の漢字体系には存在しない日本独自で考案された「国字」も多数ある。それには近代以前と以降とに大きく分けられる。前者は、「鰹」や「鯱」といった魚介類を指す文字が多く含まれているように、主に日中の自然環境や社会の違いなどに起因している。後者は近代西洋文明との接触によりその概念に対応する必要性から生み出されている。「腺」や「竕(デシリットル)」などが挙げられる。たいていの国字は音読みがなく、訓読みだけであるが、「働(ドウ)」や「搾(サク)」、「鋲(ビョウ)」、「腺(セン)」などの例外もあり、それらから和製漢語を造語している。

 和製漢語には、他にも、いくつか生まれてくる過程が認められる。日本で独自の当て字をしていたものを音読みをすることによって生み出されたケースがある。「物騒」は「ものさわがし」と読んでいたものが、音読みされて「ブッソウ」に変わり、そのまま定着している。「心配」も「こころをくばる」から「シンパイ」になっている。また、別の意味を持つようになったため、同音によって書き換えられてつくられたケースもある。詩の修辞法の一つである「比興」」が「怯える」という意味に変わってしまい、「卑怯」が誕生している。「名誉」から「面妖」が派生したのも同様である。西洋近代文明の翻訳の際にも数多くの和製漢語が生じていることは言うまでもないだろう。

 こうした歴史から日本語には多くの漢語が含まれている。その漢語は必ず2拍目に「イ」か「キ」、「ク」、「チ」、「ツ」、「リ」、「ン」、もしくは長音になるという規則性がある。「会話」は「カイワ」、「学問」は「ガクモン」、「文学」は「ブンガク」、「行動」は「コードー」と確かにその通りである。これでは、当然、同音異義語が多発することになる。なお、同音異義語が最も多いのは「コウショウ」である。

 また、当て字も頻繁に使われ、固有名詞を始めとして名前には不規則な読みをしているものが少なくなく、そういったケースは一つ一つ覚えていかなければならない。「五月蝿い」を「うるさい」と読むのは、一般的な漢字の知識だけでは、まず不可能である。「温泉津温泉」は「ゆのつおんせん」、「藤原宇合」は「ふじわらのうまかい」、「円谷幸吉」は「つぶらやこうきち」、「公孫樹」は「イチョウ」、「鸚鵡」は「オウム」とそれぞれ読むが、知っていないとお手上げである。また、デーモン小暮閣下のバンドは「聖飢魔II」で「せいきまつ」であるし、70年代に「影道」と書いて「シャドー」と読む暴走族が活動している。「夜露死苦」は、もちろん、「ヨロシク」である。

 18世紀に完成した『明史』には、日本移管する記述も見られる。しかし、そこには少なからず誤認が含まれている、その中に、漢字が複数の読み方を持っているという日本の習慣に起因するものがある。明智光秀が「阿奇支」と「明智」という別々の人物だと解釈されている。文字史料と口承史料を入手した書記が日本における漢字の読み方のルールを確認しないまま、執筆したのではないかと推測できよう。

 今回の議論は近代日本語に限定されているが、明治以前も含めると、文字の形態や用法が統一されていないため、さらに複雑になる。今日、一般的に刊行されている古典文献は現行通用の文字に改める作業である「翻字」がされている。しかし、ひらがなやカタカナ、漢字に数多くの字形・字体・書体・異体字が存在し、古文書を読む際には、それに関する知識が要る。「決闘」を「決斗」と記したりするものの、を近代日本語の書き言葉は、こうした多様性を抑圧して成立していることは否めない。

 第三の文法は、難しくも、やさしくもなく、普通である。区切りにくい膠着語であるという点もあるものの、それは漢字の機能が吸収している。動詞の不規則変化、時制や人称、男性・女性・中性名詞、単数・双数・複数などの規則もゆるい。文法が非常に難しいのがアラビア語である。言語の達人フリードリヒ・エンゲルスも挫折したほどである。しかし、文法さえ身につけば、語彙もそれに依存していることもあり、上達する可能性は高い。

 第四の語彙は、漢字を知っていれば、やさしく、それを最初から始めるとなれば、きつい。語彙自身は少ないが、文字、特に漢字でそれを補っている。

 最後の表現は普通である。難しくもないが、容易でもない。よく言われる敬語表現も、朝鮮語やジャワ語の方がはるかに細かいし、グルジア語も結構入り組んでいる。

 以上のような特徴から、日本語において会話の習得は1、2ヶ月くらいの比較的短期間で可能であるが、読み書きとなると、漢字の問題があるため、困難を伴う。日本語は何よりも漢字の習得こそが上達への絶対条件である。その点で、日本語は聴覚的と言うよりも、視覚的言語である。

 漢字が読めないとして麻生太郎首相が国民から軽蔑の対象になる理由は明らかだ。それは日本語の文字をめぐる特徴に帰院する。日本語は文字以外習得が普通ないし容易である。漢字の読み書きができて初めて日本語を理解していると見なされる。だから、漢字が読めないのは日本語人として十分ではない。そのような未熟な人物が日本の首相であることは国民には認められない。漢字が読めなければ首相になってはいけない。


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