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中央銀行の役割(2013)

中央銀行の役割
Saven Satow
Mar. 21, 2013

「金は天下の回り者」。

第1章 日銀とは?
 2013年3月21日に就任した黒田東彦新日本銀行総裁はインフレ目標に積極的です。現政権が発足する前から日銀をめぐるさまざまなニュースが報道されています。けれども、一般の人々の間に日銀に関する基礎的な知識があるかどうかは疑問です。日銀をめぐる情報がどれだけメディアを通じて流されようと、理解に必要な知識が十分でなければ、それを批判的に考えることも難しいのです。

 異なった銀行の間で振込をすることがあるでしょう。この仕組みは意外と一般には知られていません。それが二行間で直接やりとりされることはありません。各金融機関は日銀に当座預金の口座を持っています。そこの口座間で振替が行われるのです。日銀当座預金のやりとりをオンライン処理する決済システムを「日銀ネット」と呼びます。異なる銀行間での決済はこの日銀ネットが使われるのです。

 そもそも日本銀行は中央銀行です。ここから始めましょう。日銀は日本の金融制度において中心的な役割を果たしています。その機能は、世界の他の中央銀行と同様、発券銀行・銀行の銀行・政府の銀行の三つです。

 日本銀行法の第一条は次のように記されています。

第一条  日本銀行は、我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする。 
2  日本銀行は、前項に規定するもののほか、銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資することを目的とする。

 抽象的な文言です。それだけに、登場する概念の順序が重要になります。優先順位を示しているからです。

 第一の発券銀行から説明しましょう。日銀は日本で唯一銀行券を発行できます。発行した銀行券の安定性を確保し、その信認を維持することが日銀の業務です。これは、言い換えると、物価の安定です。

 歴史を顧みると、政府は、政治的思惑から、物価の安定を二の次にして貨幣供給を増加させたことがしばしあります。政府は、統治を確かなものにするために、短期的な成果を求めます。しかし、それは安定的かつ持続的な経済に反する結果につながることもあります。そこで、日銀は政治から独立して物価の安定化を図らなければなりません。発券銀行という機能はその目的として物価の安定化と結びついているのです。

 銀行券は決済手段として使われます。支払いの際に銀行券を提示した場合、その受け取りを拒絶することは法律で禁止されています。日本銀行券は強制通用力を持った法貨なのです。

 第二の銀行の銀行に移りましょう。日銀は一般企業や個人を対象とした預金受入・貸出の業務をしていません。しかし、銀行や証券会社などの金融機関との間で当座預金を受け入れ、貸出や債券・手形の売買など各種の取引をしています。

 日銀は金融市場における資金の過不足を調整する目的で金融政策を行っています。それは預金準備率操作・貸付金利操作・公開市場操作の三つが挙げられます。ただし、日銀が現在採用しているのは、最後のオープン・マーケット・オペレーションだけです。それは、中央銀行が金融機関と債券の売買を行うことで世の中に出回る貨幣供給量に影響を与える政策です。日銀の資産の中で国債など債券は最も大きなウェートを占めています。公開市場を通じて保有する債権量を増減させ、貨幣供給量を変動させるのです。

 公開市場操作は買いオペレーションと売りオペレーションに大別できます。前者は中央銀行が債券を購入して貨幣供給量を増やす金融緩和で、「買いオペ」と通称されます。他方、後者は債権を売却して貨幣供給量を減らす金融引締で、「売りオペ」と通称されます。

 預金準備率操作と貸付金利操作についても言及しておきましょう。金融機関は中央銀行の口座に一定割合の預金を入れておくことが義務付けられています。この法定準備率を上下させて貨幣供給量を上下させるのが預金準備率政策です。これは銀行の利用可能な資金も変動させてしまうため、変化がドラスティックとなることから、今は使われていません。

 貸付金利操作は公定歩合政策のことです。かつては最も中心的な金融政策です。中央銀行が金融関に貸し付ける際の利率が公定歩合です。公定歩合は、具体的に言うと、銀行が保有する商業手形を中央銀行が割り引く際の割引率、ならびにそれらを担保とする貸付利子率です。公定歩合は、現在「基準割引率および基準貸付利率」と呼ばれています。中央銀行が銀行への貸付金を増減させて、貨幣通過料を変動させるのが貸付金利操作です。金融自由化を進めるため、日銀は公定歩合を銀行間取引の超短期であるコール・レートよりも高く設定する誘導政策をとっています。今は、ですから、公定歩合政策も使われていません。

 また、金融機関が経営危機・破綻を迎えた際、信用秩序の維持のため、最後の貸し手として日銀特融と呼ばれる緊急融資を行います。これによって一般預金者が引き出しの際に混乱しないようにするわけです。

 最後が政府の銀行です。日銀は、政府の委託を受けて、国のカネを管理しています。政府は保有する円建ての預金勘定を日銀に唯一開設しています。政府の経済活動の決済はここで行われます。日銀は、政府委託の下で、税金を受け取り、年金を始めとする国庫金を取り扱い、国債を発行し、外国為替の決済処理を行っています。他にも、日銀は政府を相手方とする種々の取引もしています。国債の売買もそこに含まれています。

 以上の三つが日銀の主な機能です。すでに触れた通り、金融政策を日銀は担いっています。それは「ハイパワードマネー」という理論的根拠を持っているのです。

 金融政策は貨幣供給量に影響を与えることで物価や景気の安定を図ります。この貨幣供給量は現金通貨と預金通貨の和として定義されます。現金通貨は中央銀行券とコインによって構成されていますが、すべて前者と見なします。これを「マネーストック」と呼びます。現金通貨をC、預金通貨をD、マネーストックをMとすれば、それらの関係式は次の通りです。

 M=C+D

 マネーストックには個人の預金も含まれますので、中央銀行が直接コントロールすることは難しいのです。そこで、現金通貨と預金準備の和として定義できる「ハイパワードマネー」を利用します。金融機関は中央銀行に一定の預金準備をしておかなければならないと決められています。現金通貨をC、預金準備をR、ハイパワードマネーをHとすると、関係式は次の通りです。

 H=C+R

 現金通貨も預金準備も中央銀行の負債の一部です。中央銀行は、そのため、ハイパワードマネーをコントロールできます。ですから、中央銀行による金融政策の有効性はDを操作できる理論的根拠が必要になるのです。

 家計と企業が現金と預金を保有する比率をaとすれば、次の関係式が得られます。

 a=C/D
 M=(1+a)D

 ここで預金準備率をbとします。それは預金通貨と預金準備の比率で表わせることから、次の関係式が導き出せます。

 b=R/D
 H=(a+b)D
 
 以上から次の関係式が得られるのです。

 M=H(1+a)/(a+b)

 bは預金準備率ですから、1より小さいので、(1+a)/(a+b)は1より大きいことになります。この式よりHとMは線型的関係にあることがわかるのです。Hを増減させれば、Mも連動します。ハイパワードマネーのマネーストックのベースということになります。そのため、ハイパワードマネーを「マネタリーベース」と呼ばれるのです。

 以上がハイパワードマネーという金融政策の理論的根拠です。実際に行われる金融政策の目的には、プルーデンス政策・物価の安定・経済の安定の三つがあります。プルーデンス政策は金融システムの安定性・健全性のために行われるもので、マクロとミクロに大別できます。前者はシステム全体のリスクに対応するための政策です。業務規制や自己資本比率規制などがこうした例であす。一方、後者は、個別の金融機関の経営を監視・監督し破綻を未然に防ぐものです。 日銀の考査がこれにあたります。

 物価の安定に関してはすでに述べましたので省略します。経済の安定は完全雇用の実現のことです。資本主義経済には景気変動があります。中央銀行は金融政策を通じてこの変動幅を小さくし、非自発的失業を減らす必要があるのです。

 概念等に関する説明不足がありますが、これが日銀についてのだいたいの基礎的な知識です。こうしたリテラシーを頭に入れた上で、過去の経験を参考に、現政権の進めるインフレ目標や金融緩和を考えてみると、いろいろと見えてくることがあります。

第2章 バブルの予防
 今の政治家、特に与党の政治家は景気回復のために、金融緩和を望みます。先進諸国はどこでも財政が苦しいのが実情です。おまけに財政政策は議会の審議を経なければなりませ。ですから、彼らは金融政策に期待するのです。実際、先進諸国の中央銀行はその声に応えています。

 しかし、中央銀行は通常の金利状態に戻す手立ても心配しなくてはなりません。技術的には緩和より引締の方がはるかに難しいのです。引締のために、国債など資産売却を始めると、金利が急上昇する危険性があります。そうなれば、国債の利回りも上昇し、政府財政が亜大阿久されてしまいます。威勢よく政治家が規制緩和を中央銀行に要求するのは、引締を他人事と思っているからです。

 日銀のバランスシートからは政策や業務の成果が見て取れます。けれども、そのバランスシートは、正直、目を覆いたくなる状態です。長期に亘って緩和政策を続けたため、他の中央銀行と比べて、規模が非常に大きくなっています。引締政策は至難の業で、それを誰ができるのか想像ができません。

『朝日新聞』に匿名コラム「経済気象台」が連載されています。13年3月16日は「可軒」による「借金棒引き法」で、現政権の政策を支持する内容です。この人物は1000兆円の借金も5%のインフレが7年続けば半減すると言っています。「国家の借財は、インフレによって多かれ少なかれ棒引きとなり、日本のみならず歴史的に各国の財政はインフレによって救われてきたわけである」。「7年と言えばガヤガヤ議論しているうちに過ぎていきかねない歳月」であり、「やってみてうまくいかなければ軌道修正したらよい」。

 正直、こういう考えで現政権の政策が支持されているとしたら、それは暴政ということになります。インフレ率5%が7年間続くと、物価はおよそ1.4倍になります。高度経済成長期なら、このインフレ率でも、給与も上がりますから、怖くはありません。けれども、今は国際競争力維持のため、物価上昇に見合う昇給は期待できません。そもそもインフレによって債務が目減りするということは、資産も実質的に減少します。家計も企業もせっかく蓄えた資産が小さくなってしまうのです。慢性的インフレの弊害について挙げるまでもないはずです。

 しかも、歴史的にインフレが国家を救ってきたというのは正しくありません。かの西ローマ帝国がその末期強烈なインフレに陥っていたことはよく知られています。歴史的に悪性インフレは国家の滅亡や王朝交代、体制転換につながっています。通貨は失政によって一度信用がなくなると、軌道修正しても元に戻れるとは限らないのです。

 日銀の新体制が採用しようとしているインフレ目標は、確かに、すでに多くの中央銀行が実施しています。これは「コミュニケーション戦略」の下でとられています。中央銀行がインフレ目標など政策目標や情報を市場に示し、政策担当者と市場参加者が経済成長や失業率の改善といった問題意識を共有しようとするものです。

 けれども、インフレ目標はすでに課題が顕在化しています。その数値目標の達成に拘束されてしまい、ファンダメンタルズからかけ離れた資産価格の高騰を招く恐れがあるのです。米国のFRBは、物価水準よりも失業率の改善を主要数値目標にして、金融緩和を続けています。思ったほど好転していないにもかかわらず、株価が高騰しているのです。実体経済が資産経済を押し上げるのではなく、量的緩和がそれを支えています。

 金融政策はオールマイティではあるません。あくまで景気変動幅を小さくするのであって、設備投資や消費、すなわち企業や個人の需要の前倒しです。この効果が効いているうちに、規制緩和などサプライサイドの需要促進をして実体経済を強化しないと、金融緩和に依存した体質になってしまいます。

 設備投資を見る際に、工作機械の販売状況が一つの参考になります。工作機械はコンスタントに毎年売れる商品ではなく、4~5年周期で売り上げが変動します。こうした波もあって、金融緩和で提供されるマネー、すなわち非自発的資金需要は財・サービス市場ではなく、証券市場へ流れます。実体経済と資産経済は連動しておらず、物価水準を上げることなく、資産価格だけ上昇させます。つまり、バブルです。

 日本は変動相場制を採用していますので、金融政策は結果として為替レートにも影響を及ぼします。緩和をすれば、通常、円安に向かいます。

 今目指されている日本の金融緩和は先の三つの目的に即しておらず、為替相場の操作という疑いもあります。為替相場は市場に任せるのが原則で、中央銀行は政策目標として明示してはなりません。不均衡の是正など世界の経済・金融秩序の維持を目的とする為替相場の調整が必要だと国際的なコンセンサスがない限り、中央銀行は市場に介入してはならないのです。通貨戦争を招く危険性があるので、自国の国際競争力を向上させる理由から中央銀行は為替介入をしてはなりません。ただし、国内経済の刺激のために行われた金融政策の結果として生じた為替相場に関しては、他国は理解を示す必要があります。今のところ、先進諸国は表向き穏やかな藩王ですが、通貨における侵略行為と見なされれば、現政策は国際的に非難されるでしょう。

 その政権の既得権益に対する姿勢で金融政策がどのような目的を持っているかわかります。電力会社の地域独占の維持や発送分離の先送りをする政権による金融緩和は既得権益の保護のための為替操作でしょう。13年3月18日、キプロスの金融危機が伝わると、為替市場が円安に振れ、株価も今年最大の下げ幅を記録しています。現政策が円安頼みの経済運営をしていると露呈しています。

 デフレから脱却するという方針は中央銀行として間違っていません。良性インフレが経済には望ましいものです。しかし、非常に小さいデフレは決して経済に壊滅的な悪影響を及ぼしません。そうしたデフレを回避するために、均衡点を大きく変動させようとすると、非常に大胆な政策や構造改革が必要となります。けれども、その際に、先に述べた通り、バブルの起きる可能性が著しく高くなります。また、大規模金融緩和の状態から通常へ回帰するには極めて難しい技術が要求され、悪性インフレが発生する危険性があります。小さいデフレの克服のために、中央銀行の独立性を損ねるのは危険なのです。

 実は、バブル経済は、株価と地価(住宅価格)が3倍を目指して急騰する現象です。リーマン・ショックにも、同様の動向が見られます。アメリカの株価はITバブルの始まった95年から07年までに3倍を超え、住宅価格は97年より06年までに3倍に到達しています。

 準大手の投資銀行ソロモン・ブラザーズの元副社長ヘンリー・カウフマンの『カウフマンの証言』によれば、バブルを防ぐには企業・家計・金融部門の負債残高の対名目GDP比率が急増しないようにつねに監視・規制することが不可欠です。日本のバブル期において、企業と家計の負債残高の名目GDPに対する比率は、85年度の264%から89年度には319%に50ポイントも上昇しています。アメリカでも、同様に、負債残高の名目GDP比率は97年から07年までに50ポイント増えています。さらに、金融部門の負債残高の名目GDP比率も日米共に上昇しているのです。

 最近、中央銀行の役割について論じられています。物価だけでなく、雇用や経済成長にももっと責任を負うべきだという声もあります。しかし、それらは選挙で選ばれた政治家が責任を持って取り組むべき仕事であって、中央銀行の政治化は好ましくありません。むしろ、過去の経験は中央銀行に政治化ではなく、別のことをすべきだと教えています。それはバブルの予防です。

 85年のプラザ合意に端を発する円高不況に対処するため、日銀は金融緩和を始めます。放出されたマネーは株や土地に向かい、資産価格を急騰させます。けれども、物価上昇率が低かったため、日銀は緩和を継続してしまいます。インフレ率にとらわれすぎたため、日銀はバブルを放置してしまったわけです。

 今日、中央銀行に求められる役割は、資産価格の過度の上昇の抑制です。金融機関の行動の与える実体経済と資産経済の関係を分析し、バブルの出現を未然に防ぐことなのです。バブルははじけた後も被害が長期間に続きます。数値目標を掲げたコミュニケーション戦略ではなく、中央銀行はこの役目を自覚すべきです。

 日銀のみならず、日本はバブルから多くの教訓を得ています。けれども、インフレ目標と金融緩和を望む現政権や新体制はバブルを繰り返さないという思いを共有していないようです。しかし、過去をないがしろにするべきではないのです。
〈了〉
参照文献
吉野直行、『社会と銀行』、放送大学教育振興会、2010年
ヘンリー・カウフマン、『カウフマンの証言―ウォール街』、伊豆村房一訳、東洋経済新報社、2001年
日本銀行
http://www.boj.or.jp/

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