なぜ人間にはお祖母ちゃんがいるのか(2014)
なぜ人間にはお祖母ちゃんがいるのか
Saven Satow
Mar. 19, 2014
「その点、『いろいろありますわなあ』の、おばあちゃん風の生き方のほうがやりやすい。時代はどんどん変わっていく。その流れに逆らうよりは、新しい景色を愉しむほうがずっと楽だ。だから、男だって年をとったらおばあちゃんになった方が得である」。
森毅『ぼくはほんとうはおばあさんになりたかった』
ヒト科にはゴリラやオランウータン、チンパンジー、人間が含まれます。この中で、松沢哲郎京都大学教授によると、人間の育児の特徴は母親以外も参加することです。進化の隣人であるチンパンジーは母親だけで子育てをします。ワ―キング・シングル・マザーというわけです。
そのチンパンジーには高齢のメスはいます。けれども、出産能力を失った高齢の女性、すなわちお祖母ちゃんがいるのは、実は、人間だけなのです。
なぜ人間にお祖母ちゃんがいるのかは、長らく動物学上の謎とされています。この解明の際に重要となるのが進化です。生物の疑問に究極要因を与えてくれるのは進化論です。グランマは進化によって人間において登場したと考えられるのです。
人間とチンパンジーの間では次の出産が可能になる間隔に違いがあります。後者に比べて前者はとても短いのです。人間には年子があり得ますが、チンパンジーは5年の間が必要ですから、それができません。
チンパンジーの寿命は50歳ほどです。メスは寿命一杯まで出産できます。授乳期間が5年間で、この間は排卵しません。チンパンジーの5歳は、人間で言うと、8歳くらいに当たります。育児がほぼ終了した後に、ようやく次の出産が可能になるというわけです。なお、乳児死亡率は3分の1です。
もし人間がチンパンジー相当の出産周期だったらどうなるかを考えてみましょう。閉経なし、乳児死亡率が同じ、単独育児、寿命50歳、8年周期で換算します。16歳で初産として生涯に4人産み、生き残るのは2.7人弱です。団塊の世代の合計特殊出生率は4人を超えていますから、この値が低いとわかります。
チンパンジー相当の出産周期では人間の人口増加のペースが緩慢です。種の繁栄のためには出産間隔を短くする必要があります。けれども、育児が終わっていないのに、次の子を出産しては、ワーキング・シングル・マザーでは対処が非常に困難です。母親だけで育てるシステムを改良しなければなりません。
まず、育児に加わるのが父親です。子育てを両親で分担するわけです。けれども、食料の獲得など生活を維持するための仕事もありますから、まだまだ手が足りません。
そこで登場するのがお祖母ちゃんです。彼女たちには育児経験があります。母乳を与えること以外であれば、すべてできます。育児支援でこれほどの適任者はいません。
人間は子どもをみんなで育てます。その象徴がお祖母ちゃんなのです。孫の面倒を見るためにお祖母ちゃんは進化によって出現したというわけです。
ただ、お祖母ちゃんの育児支援は母親の補助にとどまりません。お祖母ちゃんならではのことがあります。それは孫の心を育てることです。
人間とチンパンジーの他の違いに、想像力の有無があります。松沢教授によると、チンパンジーは希望を抱くことも、絶望に陥ることもありません。彼らはただ今を生きているからです。目に見えぬものを想像することはありません。
お祖母ちゃんは孫に目に見えぬ世界が舞台の摩訶不思議なお話を語って聞かせるものです。子どもたちもその想像力を大いに刺激する物語を楽しみにしています。水木しげるの『のんのんばあとオレ』がそれをよく表わしています。想像力は人間にとって最も大切な心の力です。想像力という心の力を育むために、進化によって、お祖母ちゃんは生まれてきたとも言えるのです。
〈了〉
参照文献
松沢哲郎、『進化の隣人ヒトとチンパンジー』、岩波新書、2002年
松沢哲郎、『想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間の心』、岩波書店、2011年
水木しげる、『のんのんばあとオレ』。ちくま文庫、1990年
森毅、『年をとるのが愉しくなる本』、ベスト新書、2004年
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