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2009年に書いたYouTube題材の卒業論文

PCの中から大学時代(2009年1月提出)の卒業論文を発見しまして、2022年に読むととてもおもしろかったので、noteに掲載しようと思います。
当時執筆したYouTubeとコミュニケーションに関する論文です。


動画コミュニケーションについて~メディアとしてのYouTube~

Video communications-YouTube as media-

はじめに

私たちは生活の中で、映像に触れない日を過ごすことはほとんどないだろう。

1895年に、フランスのリュミエール兄弟が開発した「シネマトグラフ」によって、「映画」が誕生してから現代に至るまで、映像は私たちの生活環境や文化とともに成長し、様々な変化を遂げてきた。その一つの変化が、私たちの視聴のありようである。

20世紀前半、映画は映画館でしか見ることができなかったが、多くの人がそこまで足を運んだ。「20世紀最大の娯楽」ともいわれ、日本においては1958年に入場者数が11億2745万人を記録するほど、人々の身近な娯楽として親しまれていた(注1)。そして、テレビが誕生したことによって、映像はより身近なものになる。1953年の本放送開始時は、テレビそのものの値段が非常に高価であり、多くの人々は繁華街や駅などに設置された街頭テレビや、一部の富裕世帯のテレビを視聴していた。しかし、1970年代には量産効果による低廉化から、一家に一台の時代に突入。このころから映像は家庭で見ることができるようになり、映像の視聴スタイルの変容が見られた。大きな変化のひとつとして、外出して見に行っていた映像コンテンツが、家庭内の生活に入ってきたことがあげられる。そして、一家に一台から一人一台の時代へと変化し、さらに家庭の中で飽和状態となったテレビは、車へも装備されるようになる。そして、2006年のワンセグ放送の開始とともに、携帯電話やパソコンでもテレビが見られるようになった。映写機によってスクリーンに映しだされていた映画は、いまや持ち運べるデバイスによって視聴することができるようになり、いつでもどこでも映像が見られる時代に突入したのである。

そして、その視聴のありようとともに、我々の映像の選択肢も増えてきた。映画においては、ある期間に上映されるタイトルを映画館に見に行くスタイルだけだったものから、ビデオやレーザーディスクの誕生により、新旧関係なく、多くの作品の中から自由にタイトルを選んで視聴することが可能になった。さらに、現在では、インターネットで自宅にいながら作品を選ぶこともできる。またテレビに関しても、NHKと民放のみだったチャンネルは、今ではBS、CS、地上デジタルと多数の番組を見ることができ、視聴者の選択肢はあきらかに増加したのである。まさしく、多チャンネルの時代である。

そして、また、新たな視聴スタイルが生まれる。ブロードバンドサービスの普及による、インターネットを使ったパソコンでの映像の視聴である。誰もが簡単に、さまざまな動画を閲覧できるだけでなく、視聴者であるユーザーが動画を簡単にアップロードすることも可能になり、映像コンテンツを自ら発信するという意識も生まれてきた。

また、動画撮影がビデオカメラだけではなく、デジタルカメラや携帯電話に当たり前のように機能として搭載され、誰もが手軽に動画撮影を行えるようになった。パソコンの大容量化に伴う高速化により動画編集ソフトも普及し、動画制作も簡単に取り組める環境が整った。

無数のコンテンツが混在するなかで、動画投稿のハードルも低くなった。今やそのコンテンツの量は、クオリティの高低差はあるものの、テレビの比ではない。

このような映像の時代の潮流を現す代表的な動画共有サイトが、世界のユーザー数2億8000万人(2009年10月現在)を誇る「YouTube」である(注2)。

YouTubeには登録しているユーザーの数だけチャンネルが存在し、その誰もが自分の放送局をもつことができるのである。つまり、このサイトの中では、テレビや映画のような映像の世界の中にある「視聴者」と「発信者」の意識は取り払われている。このことから、映像を通じた双方向コミュニケーションが実現され、新たなコミュニケーションスタイルが確立されつつあると言えるのではないか。

映像は、外出してまで見に行っていた映画のように特別だったものから、テレビによって我々の日常に浸透し、YouTubeによって我々の新たなコミュニケーションツールへと発展したのである。

本論文では動画共有サイトYouTubeにおける映像のあり方を論じることにより、インターネットでの動画コンテンツが社会に及ぼした影響や、その受け入れられ方、マス・メディアとの関係性にも着目し、あらたな映像の価値を見出すとともに、ネットを介した動画によるコミュニケーションにも着目し、考察する。

 

第1章 YouTubeの歩みと歴史

1.1 YouTubeとは

YouTubeとは、ユーザーがサイトに動画をアップロードし、それを誰もが見られるようにした動画共有サイトのひとつである。会員登録をすることによって誰でも容量1GB、再生時間10分以内の動画ファイルをアップロードし公開することができる。つまり、YouTubeはユーザーがコンテンツを生成していくCGMであると考えられる。ここで述べるCGMとはConsumer Generated Mediaのことであり「消費者生成メディア」という意味で訳される(注3)。YouTubeで公開された動画ファイルは会員登録をしていないユーザーでも無料で視聴することができる。動画を視聴する機能以外にも、会員登録をしたユーザーは閲覧した動画に対するコメントを投稿したり、動画を5段階で評価したり、特定のメンバー同士で動画を共有したりすることも可能である。つまり、YouTubeは動画共有に特化したSNS(Social Networking Service)なのである。それまでになかったサービスであったため、14ヶ月でユーザー数1000万人到達(注4)という記録が表すように、またたく間に利用者を集め、ネット上での動画流通を日常的なものにした。

「YouTube」の意味は「あなたのテレビ」と訳すことができ、個人で番組を作り配信してほしいという創始者の思いが込められている(注5)。

 

1.2 YouTubeの歴史

YouTubeは、課金サービスを提供するペイパル社の社員であったチャド・ハーリー、スティーブ・チェン、ジョード・カリムの3人によって2005年2月15日にアメリカ合衆国カリフォルニア州サン・マテオで設立された。きっかけは、チャドらがパーティーで撮影したビデオを、友人と共有したいという思いから始まった。また、静止画を簡単に共有できるサービスはあったのだが、動画には適当なサービスがなかったことに創業者達がビジネスチャンスを感じたのも要因の一つである(注6)。開発の中心となったのはチャド・ハーリーとスティーブ・チェンの2人であり、現在はそれぞれCEO(最高経営責任者)とCTO (最高技術責任者)を務めている(注7)。創業者の一人であったジョード・カリムは、学問に専念するために同社を離れ、非公式なアドバイザーという立場を務める。

 2005年5月21日に試験的にサービスを開始。創業者のひとりであるスティーブ・チェンがアップした、飼い猫が電気コードとじゃれている動画「Pajamas and Nick Drake」(図1-1)が最初の動画となる(注8)。固定されたカメラアングルの中で、単に猫がじゃれているだけの映像ではあるが、このいかにも素人が作った記録にすぎない動画が、YouTubeに今後投稿される動画の方向性や可能性を提示していたのではないか。

図1-1  Pajamas and Nick Drake 

この年の10月に、スポーツメーカーのNIKEが、サッカー選手であるロナウジーニョの出演したバイラル広告をYouTubeに投稿する。バイラル広告とは、商品やサービスのプロモーションメッセージなどを、インパクト・話題性のある内容で興味を集め、口コミ効果で多くの人に伝達させる手法である。バイラル広告の「バイラル」とは「ウィルスの」という形容詞で、「ウィルスに感染するように広まっていく」「伝播力が強い」という意味がある。人から人に口コミで情報が広まっていく様子からそう呼ばれている(注9)。この動画は後に、バイラルの効果によってテレビにも取り上げられ、様々なレスポンス動画が投稿された。動画によるコミュニケーションのきっかけとなった作品でもある。

同時期に一日の動画再生回数が100万回を記録し、サーバー増設費用の調達に追われる。2005年11月にヤフーやグーグルにも投資してきたベンチャーキャピタルのセコイア・キャピタルから350万ドルの資金提供を受け、サン・マテオのピザ屋の2階に最初のオフィスを構える。そして2005年11月30日、YouTubeは公式にサービスを開始する。翌月の12月には、一日の動画再生回数が300万回を記録し、2006年2月には2000万回に達した(注10)。

2月16日、YouTubeにアップされていたテレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」の映像に対し、NBCが著作権侵害を主張し、動画が削除される。大手のテレビ局からの削除要請は初めてであり、これをきっかけに米国での知名度は一気に上昇した。3月には、テレビ番組の投稿への対策として、動画の長さを10分に制限する。4月にはセコイア・キャピタルからさらに800万ドルの追加融資を受け、一日の動画再生回数は5000万回にもなる。日本からの訪問者数も212万人に達し平均利用時間はアメリカユーザーを上回るなど、世界的に利用者が増えだす(注11)。

そして、2006年10月8日、世界シェアNO.1の検索エンジン大手GoogleによってYouTubeは16億5000万ドル(約2000億円)で買収される。創業2年に満たない企業にこれだけもの値がついたことは異例であった。創業者である、チャド・ハーリーとスティーブ・チェンは買収決定後のコメントを、YouTubeにアップしている(図1-2)。

図1-2 買収決定後のコメント 

そして、世界中に読者を持つアメリカのニュース週刊誌『TIME』の「Invention of the Year 2006」(今年の発明)に選ばれる。また、同誌のその年を象徴する、世界に影響力を及ぼした人物を選ぶ「Person of the Year 2006」(今年の人)では、その年は「You」だというのが同誌の評価であり、その要因のひとつとしてYouTubeは大きく関わったとされる(注12 図1-3)。

図1-3 『TIME』誌 

2007年6月19日に、日本語版がスタート。

YouTubeが日の目を浴びるとともに、日本やアメリカでYouTubeとGoogleに対する著作権訴訟が起こるが、動画削除システムを開発したり、2008年10月30日にJASRACと包括許諾契約を締結したりと、従来のメディアとの共存共栄を目指した経営をすすめている。

 

1.3 YouTubeが支持される理由

世界のネット人口は約10億人といわれ、その中でYouTubeを利用しているユーザーは2008年10月時点で2億8000万人、うちアメリカが7700万人、日本は1980万人(注13)。これだけのユーザー数を集めるYouTubeのサービスを見直してみる。

基本的なサービス内容は、開始当初から大きくは変わってはいない。大原則はすべてのサービスが無料で利用できるところである。動画をアップロードするには、会員登録が必要だが、これももちろん無料。閲覧だけであればそれさえも不要だが、会員になれば、動画作品を五つ星で評価したり、コメントをつけることができたりするようになる。会員としての特約は他にも、「マイチャンネル」という自分のページ、すなわち自分の放送局を持つことができる。気に入った動画をまとめて保存しておくことができる「お気に入り」機能や、好きな動画を好みの順番で再生できる「再生リスト」を作成できる機能もマイチャンネル内で確認できる。また、他のユーザーのチャンネルで気になるものがあれば、それを「チャンネル登録」することも可能で、その人が新たに動画を投稿したりすれば、更新されたことが知らされる「登録」機能もある。「友だち」機能で、グループをつくったり、趣味の合う知り合い同士で気軽に動画を共有できたりするSNS要素がある。会員としてログインした状態で、トップページを見ると、再生履歴から分析した「あなたへのおすすめ」というトピックが現れる。会員と非会員ではこれだけのサービスの差があるのである。

さらに作品を検索するときには、検索窓に映像に関係の深いキーワードを入力して検索すると、検索条件に該当する映像のサムネイルの一覧が並ぶ。その中から、視聴したい映像をクリックすると、その作品の再生画面にジャンプし、自動的に動画が再生されるという仕組みである。日本のユーザーが多い理由として、サイトの日本語版が始まる前の、英語表記のみの時からも日本語の検索が可能であったことと、検索の対象が言語にあまり依存しない映像だったということもあげられる。

またユーチューブでは、あらゆる面でユーザーにとっての使いやすさが考慮されている。神田敏晶は『YouTube革命テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスの行方』でその魅力を以下のようにまとめている。

1 無料で大容量の動画をアップロードできる投稿機能
2 膨大な作品の検索を可能にするタグ機能
3 動画でコミュニケーションする共有機能
4 埋め込みタグによるブログスフィア活用
5 ひかえめな宣伝
6 おおらかな著作権保護対応

神田敏晶『YouTube革命テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスの行方』

「1・無料で大容量の動画をアップロードできる投稿機能」は、YouTubeの創業当時、すでに映像投稿サイトはあるにはあったのだが、ほとんどが有料で、大容量とうたっているサービスでさえもせいぜい数十メガバイト程度の要領しか提供していなかった。それが、YouTubeでは、無料で500MB、時間も無制限と、当時にしても明らかに同種の他のサービスと差を作っていた。2008年12月17日現在では、1GB、10分以内と時間は制限されているが、容量の上限が増えたため以前より高画質の動画を投稿・閲覧することが可能になった。また、2008年11月から、動画再生画面のアスペクト比が4:3だったものから、16:9の大きさに変更された。テレビもブラウン管からフルハイビジョンテレビへ移行し、アナログ放送も地上デジタル放送へと変更するなど、それらのほとんどが16:9のサイズであるためだと考えられる。常に時代のニーズに応える対応力の早さが、支持される理由の一つであろう。

「2・膨大な作品の検索を可能にするタグ機能」については、YouTubeが動画検索においての簡便さを実現した技術である。YouTubeでは、動画ファイルをアップロードするときに「タグ」と呼ばれるデータを書き込むことができる。これは、ファイルの中身を認識するための標識のようなもので、例えば飼い猫のおもしろい映像だったら「猫」「ペット」「タマ」「曲芸」など、映像に関連したキーワードを設定しておくと、ユーザーはそれを元に検索ができる。タグが、あるからこそ、膨大な量の投稿動画の中から、気に入る作品を容易に見つけることができるのである。

このように、ユーザーが主観でタグを付けてコンテンツを分類することを「フォークソノミー」という。画像共有サイトのFlickrが始めた技術であり、「民衆」をあらわす「Folk」と、「分類学」を表す「Taxonomy」をもじっている言葉である(注14)。今では、YouTubeをはじめ、ネットの各種サービスに継承されている。

そして、YouTubeにおいては「3・動画でコミュニケーションする共有機能」の「共有機能」が非常に豊富である。気に入った動画があれば、見終わった後の画面に表示される「共有」ボタン、もしくは画面の下に表示されている「この動画を共有」をクリックすれば、その共有方法がいくつか現れる。一つは、mixi・アメーバブログ・MySpaceなどのSNSやブログサイトへのリンクが現れ、それをクリックすることにより、その動画が挿入された各サイトの日記やブログ作成ページへと導かれる。また、会員で自分のブログを持っていれば、そのブログ情報をあらかじめマイページに登録しておくと、気に入った動画のページ上で、動画を挿入したブログを更新することも可能である。

「4・埋め込みタグによるブログスフィア活用」の「ブログスフィア」とはブログによって形成されるコミュニティのことをいう(注15)。上記の共有サービスが、今ほど充実していなかった時、ブログやホームページへの動画の貼り付けは、再生画面の右側に表示される埋め込みタグをコピーして、貼り付けていた。ネットユーザーたちへの影響力を持つ「アルファブロガー」たちが、自分のブログにYouTubeの映像を貼り付けるようになり、世界各国で動画を貼り付けたブログが多くみられるようになった。現在は埋め込みタグのコピーの必要がなくなったので、動画の貼り付けはさらに簡素化されている。

そして、注目すべきが「5・ひかえめな宣伝」である。YouTubeの収益は広告モデルとされているが、ほとんどこのサイトの中では、広告は気にならない。「Yahoo!動画」や「Gyao」などの動画サイトでよくみられる、動画が再生される前に強制的にCMを見なければならない「プリロール広告」を採用していない。最近では、いくつかの動画の再生画面の中にスケルトンの広告が現れるようになったが、すぐに閉じることもできる。広告が気にならないという点はユーザーにとっては使いやすいが、このスタンスをとってきたためにYouTubeが広告収入の点で迷走しているともいえる。

最後の「6・おおらかな著作権保護対応」に関しては、2006年まではテレビ番組や映画などがアップされても、削除の対応がゆるやかであったため、爆発的な人気を支えたと言われる。著作権問題に関しては次章で詳しく述べる。

このような6点でYouTubeが支持される理由を表せるといえるが、この6点は運営する側の点であり、YouTubeは動画を投稿してくれるユーザーがいないと成り立たないサイトである。しかし、それを誘致したのが動画のアップロードのしやすさである。「.wmv」「.mov」「.avi」「.mpg」をはじめとしたほとんどの動画ファイルに対応しているため、ユーザーが気軽に投稿ができたという点も見逃せない。

 

第2章 YouTubeの社会的なメディアとしての存在

2.1 間メディア性と著作権問題

 YouTubeは動画を扱う性質から、テレビや映画、ラジオとの関係性が非常に強い。その関係はテレビ番組などの違法アップロードによる著作権問題などの対立的な関係から、映画配給会社が予告編をアップロードするなどの友好的な関係とさまざまである。しかし、そのほとんどは、前者であり、YouTubeを有名にしたのもこちらである。その多くは、ユーザー自らがテレビ番組を録画したものや、DVDからクリッピングしたものをアップするという著作権侵害の疑いがあるものだ。YouTubeもその対応に追われてきたのが実情ではあるが、YouTubeが生まれたことによりテレビ視聴者であり、ユーザーである我々の新しい視聴スタイルも生まれてきた。

評論家・翻訳家である山形浩生が雑誌BRUTUSのYouTube概論「YouTubeで世界は変わったか?」でその現象について、「YouTubeの出現でまず、大きく変わったことは、テレビというメディアに対するチェック機能が働くようになったことでしょう。」と語っている。つまり、我々はテレビで見逃した番組やシーンなどをYouTubeでチェックするようになったのである。これは、YouTubeが最初に対面した著作権問題のケースでも読み取れる。

2005年12月に、アメリカNBC(注16)のテレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」の「Lady Sunday」の動画がアップロードされ、ネット上のブログなどで話題になり、閲覧が殺到し500万回になったのである(注17)。2006年2月にNBCが著作権侵害を主張し、動画は削除されたが、大手のテレビ局からの削除要請は初めてであり、これをきっかけに米国での知名度は一気に上昇した。そのため、テレビ番組のアップロードはさらに増加し、YouTubeでもテレビが見られるという意識が視聴者に生まれ始めたのである。この考えは、アメリカに留まらず、日本においてもこのケースは当てはめられる。

日本でYouTubeを一気に有名にしたといわれる事件が、お笑いコンビ「極楽とんぼ」の一人が犯罪の加害者として逮捕された事件である。それを知った情報番組の司会をしていた相方が番組内で男泣きした動画がYouTubeにアップロードされたのである。このビデオは300万回以上も再生され、賛否両論のアクセスが集中し、日本でYouTubeという存在を有名にしたといわれている(注18)。

2006年3月にはアニメや映画などのアップロードを制限するために、10 分を超える動画のアップロードを原則制限しているが、動画を分割してアップロードされているのが現状である。その後も、様々なテレビ番組や映画、アニメなどが日本においてもアップロードされはじめ、「日刊YouTube」(http://yakuyakou.blog69.fc2.com/ ,2008年12月22日存在確認)といったYouTubeにアップロードされたドラマやアニメなどへのリンクのまとめサイトも現れるようになる。この現象は、テレビの再チェックをYouTubeで行う人の増加を顕著に表していると言える。

このことにより、インターネットでテレビ番組の映像をみるという習慣が生まれ、パソコンを使って映像を見ることが特別ではなくなった。さらに、YouTubeにおいての、動画コミュニケーションの普及へとつながったといっても過言ではない。

 

2.1.1 著作権問題による対立と提携

このように、違法にアップロードされた動画は、各国のテレビ局や著作権団体は、YouTubeへの訴訟とともに、多くの削除要請を出している。先述した、アメリカNBCの「サタデー・ナイト・ライブ」の削除要請からはじまり、2007年3月にはアメリカメディア大手のバイアコムがYouTubeとGoogleに10億ドルの著作権訴訟を起こしている(注10)。日本においても2006年10月に著作権団体やNHK、民放各社などのテレビ局が、集中的に削除要請を行い、約3万件のファイルが削除される。また、2007年1月25日にはNHK・民放各社を中心に「放送コンテンツ適正流通連絡会」が発足され、違法コンテンツ監視が強化される。

しかし、削除されても、また新たにアップロードがされ、削除とアップロードのいたちごっこ現象は現在でも続く問題の一つでもある。

YouTubeでは、動画再生画面にある「フラグ」という項目をクリックすると、ユーザーでも違反動画の通報ができるように対応がなされている。日本の各テレビ局もYouTubeの動画の監視・削除要請などを行う専任監視部隊が設けられている。しかし、数億あるといわれる動画を人力で探し、削除していくことは物理的に不可能である。

そのため、YouTubeは独自で動画削除システム「Video ID」を開発した。テレビ局などが、オリジナルデータをYouTubeに提出することで、一致する動画がアップロードされると自動的に著作権者に報告が行く。認識力は非常に高く、たとえばテレビ画面をビデオで撮影した動画でも把握が可能なほどである。また、その機能は削除だけではなく、報告を受けた著作権者はそれを削除するか、広告をいれるか、またそのままにしておくかなど、細かく選択ができる(注19)。このように著作権者は削除するだけではなく、違法コンテンツを有効に使うという流れも生まれてきているのである。実際、多くの著作権者は削除ではなく、広告を入れることを望むという(注19)。

このように、テレビ局などがYouTubeの影響力を考慮し、協力関係を結ぶようになる流れは、実は以前からあった。削除要請の先駆者である「サタデー・ナイト・ライブ」のNBCは、2006年6月27日YouTubeと協力関係を結ぶことを発表した。今後は積極的にYouTubeに対して広報活動をしていくという「同士戦略」へと手のひらを返したのである。その提携は好転し、NBCテレビの「Tonight Show」でYouTubeコーナーを設け、放送当時は一番視聴率が高かったのである(注20)。

アメリカでは、YouTubeの人気が高まるにつれて、ほかのメディアも積極的にYouTubeを利用するようになる。

また、日本においても2008年5月、NHKがYouTubeに公式チャンネル「NHKonline」を開設した。環境問題を取り上げる特別番組のプロモーション映像などを配信している(注21)。また、映画配給会社の松竹株式会社も公式チャンネル「松竹チャンネル」を開設。映画の予告編をアップロードしている。また、角川グループホールディングスは映画の映像の二次使用を認めている(注22)。そして、YouTubeは2008年10月30日にJASRACと包括許諾契約を締結した。JASRAC管理楽曲を二次利用した動画を作成して、そのつどJASRACに許諾申請することなく投稿可能になったのである(注23)。しかし、映像には脚本家や出演者など音楽以外の権利者も多いため、すべての投稿動画がただちに合法になったわけではない。ただ、JASRACとの締結で、YouTubeを敵視してきたメディア界や著作権者の意識が変わる可能性は高い。

このように、メディアとの提携例が多く生まれてきた流れは、従来のテレビ放送と互いに補完しあい、リンクしあうことで、より複合的な「間メディア」社会を構成し、メディアとの共存共栄の道を示していくことになるのではないか。

 

2.2 社会との関わり

YouTubeのキーワードは’’Broadcast Yourself’’(あなた自身を放送せよ)であり、誰もが情報発信できる、というのはインターネットにおける昔からあるキーワードではある。しかし、今日では、その「誰もが」には大企業や影響力の大きい政治家なども含まれる。

アメリカでは、2007年3月1日、YouTubeのサイト内に米国大統領選挙に向け「You Choose‘08」キャンペーンを開始した。大統領候補者はここに自信の映像放送チャンネルを開設することができ、何らかの論点に関するスピーチや関連資料などの動画を配信することができる(注24 図1-4)。また、ユーザーはそれに対する質問などの映像を掲載することができる。これによりコメントや採点、動画への返信として自分の動画を登録する「動画レスポンス」などのコミュニティ機能を用いて、ユーザーと候補者が交流を図ることが可能になった。当時、次期大統領候補であったヒラリー・クリントン上院議員は次のように語っている(注25)。

「Webは、有権者との政治的な対話を可能にする新たな手段となるだけでなく、すべての国民に機会を与えるもの。活発なコミュニティを持つ YouTubeのようなサイトで存在感を示すことによって、重要な問題に対する私の考えを、動画を通じて国民と共有できるようになる」。

これまでは、政治家とコミュニケーションを図るとなると、その手段は直接会いに行くか、投書やメールなどのレスポンスが期待されないものが多く、なんの反応もなく打ち消されてしまうものが多かったのではないか。ましてや大統領候補者となると、さらにその手段はさらに難しくなってしまう。しかし、このYouTubeを使っての動画コミュニケーションが生まれたことにより、ある人が発した政治家に対する質問や意見は、政治家の反応を待つだけでなく、ほかの有権者も閲覧できるため、有権者同士の意識の共有も可能となった。

図1-4  You Choose‘08

また、日本においても政治とYouTubeの関わりがみられる。現在YouTubeに公式チャンネルを持つ政党は自民党を皮切りに、2008年5月で7党にもなった。YouTubeはそれらをまとめた政党ポータル「日本の政党 JP Politics」を開設(図1-5)。(http://jp.youtube.com/jppolitics)

そこでは、自民党、民主党、公明党、共産党、社民党、国民新党、新党日本の最新動画を一覧できるほか、各政党の動画の合計再生回数とユーザー登録者数も確認することができる。しかし、アメリカのケースのように積極的にレスポンス動画を投稿するような姿勢はあまりみられない。

図1-5 日本の政党 JP Politics 

アメリカでは、YouTubeとCNN(アメリカ合衆国のケーブルテレビ向けのニュース専門放送局。正式名称はCable News Network)が提携して、2007年7月の民主・共和両党の大統領選挙討論にて、YouTubeで有権者から募集したビデオ質問状による質疑応答の時間を設けた。そこには、3000本近くのビデオが投稿され、CNNが討論会に使う39本を選び討論会は行われた(注26)。

一方日本でも、2007年8月、TOKYO MXとYouTubeが提携して石原慎太郎東京都知事への質問をYouTubeで募集した。TOKYO MXが承認後レスポンス動画は掲載されるというものだったが、現在確認できるレスポンス動画の本数は2本しかなく、東京都とアメリカ全土という規模の大きさの違いがあるとしても、アメリカとの大きな政治意識の差が読み取れる。

また、日本では、公職選挙法によるネット利用の規制があるため、法的な枠組みの違いにも原因が考えられる。

しかし、このレスポンス動画数の差から読み取れるものは、日本とアメリカ有権者の政治意識の差だけではなく、動画によるコミュニケーションへの姿勢の差も感じられる。国民性の違いから生まれるものではないかと感じられる。

アメリカにおいての米国大統領選挙で有権者と候補者との意見交換で使用したり、日本においても政党チャンネルや、石原都知事への質問媒体として使用したりと、YouTubeは社会的にも重要なコミュニケーションコンテンツとして認められている。

 

2.3 広告としてのYouTube動画

 インターネットにおける広告は、電通がまとめた2007年の国内広告費によると、2006年比で24.4%増となる6300億円で、テレビ、新聞に次ぐ規模にまで浮上してきた(注27)。それらの多くは、検索キーワードに応じて広告を表示する検索連動広告や、サイトに広告の画像を貼り、広告主のサイトにリンクする手法のバナー広告などの広告である。本項目では、それらの広告とは違う、YouTubeを広告媒体として使った広告に注目して、新しい広告のあり方とともに、広告を見るだけでは終わらない新たなユーザーの動きにも視点を当てたい。

 YouTubeを使った広告として、注目すべき広告の手法が「バイラル広告」である。先述のとおり、バイラル広告とは、商品やサービスのプロモーションメッセージなどを、インパクト・話題性のある内容で興味を集め、口コミ効果で多くの人に伝達させる手法である。

その先駆的なものでもあり、成功例といわれているものが、「1.2 YouTubeの歴史」でも取り上げた、スポーツメーカーのNIKEが投稿したバイラルCM、「Ronaldinho: Touch of Gold」である(図1-6)。内容としては、世界的に有名なサッカー選手であるロナウジーニョが人間技とは思えないサッカー技をNIKEの靴を履いた後に披露するものである。その技は、サッカーゴールから10m以上離れた場所からボールを蹴り、10cm程しかないゴールポストに的確に当て、ボールを自分の場所へ跳ね返らせるというものである。それを何回も繰り返し行うのだが、機械でない限りあそこまで正確には蹴られないから、これは合成だろうという思いと、世界のトッププレイヤーならもしかしたら出来るかもしれないという、実際に本当か嘘か分からない内容となっている。さらにハンドビデオで撮影したような映像がその真相をさらに深めている。つまり、誰かに伝えて議論したくなる魅力があるのである。2005年10月20日にアップロードされ、2008年12月23日 17時17分の時点で再生回数は26,556,714回となっている。また、コメント数は19,223個書き込まれている。また、この動画にはレスポンス動画が投稿されており、少年がサッカーボールでリフティングをする動画や、ロナウジーニョと全く同じ技をやってのける男性の動画など、ロナウジーニョの動画に対して模倣や対抗しようとする動画が投稿され、一つのコミュニケーションが発生している。つまり、YouTubeという媒体にCMが掲載されたことにより、このバイラルCMは広告という枠にとどまらず、動画のコミュニケーションにまで発展するきっかけとなったのである。

図1-6  Ronaldinho: Touch of Gold 

広告によるYouTubeでの現象でさらに有名ものが、「Sony Bravia (Bouncy Balls)」のCMである(図1-7)。イギリスSONYでハイビジョンテレビである「Bravia」の画質のすばらしさを訴えるべく作成されたこのCMは、サンフランシスコの坂道を25万個の鮮やかなカラーボールが落ちていくという印象的な映像に、「Heart Beats」という曲をのせたものである。まず、最初にYouTubeに投稿された動画は、そのサンフランシスコの撮影風景をおもしろがって動画で撮っていたユーザーであった。そして、イギリスでCMが流れ、そのCMが誰かの手でYouTubeにアップされると、これに刺激をうけた広告クリエイターたちの手によって続々とパロディCMが作られていくという現象がおこったのである。清涼飲料水の「タンゴ」のCMではカラーボールの代わりに大量のフルーツがばらまかれ、スナック菓子「ドリトス」のCMでは坂道から無数のチーズの塊が転がり落ちてくるというものであった。また、パロディCMは、一般ユーザーにも連鎖していき、自宅の階段からカラーボールを落としただけといった簡単なものから、CM映像をモノクロ化し、昔の映画から切り取ったさまざまなシーンをはめ込んでパニック映画風に仕上げたものなど、BraviaのCMに影響されたものが無数に登場し、作品数は300本にもなった。SONYは、Braviaの広告が無断でYouTubeに投稿されただけなのであり、最初からこのような広がりを想定していなかったと考えられる。YouTubeが提供する「映像の共有」よって、新しい広告の可能性を示すことになったのではないだろうか。

図1-7  Bravia CM 

 また、あらたな広告の手法として、近頃、「○○で検索」と表示するものが多くなったが、その検索ゴールとしてYouTubeへと誘導するものが増えている。『最後の授業』(ランディ・パウシュほか著、ランダムハウス講談社)の広告は、これを明らかに戦略化して訴求している。新聞広告の真ん中に『最後の授業で検索』とあり、検索すると「この動画を観てほしい」「YouTubeで全編公開中」との告知につながる。YouTubeにアクセスすると、余命半年と告知された大学教授の「最後の授業」が全編見られる仕掛けになっている。このように、YouTubeを最終検索ゴールとする戦略が多発しているのである。つまり、広告戦略の媒体としての価値も上がっていると考えられる。

YouTubeへ誘導することにより、新聞などの紙媒体の広告から映像に媒体を移すことが可能となり、より強いメッセージをアピールする戦略である。従来のように新聞なら新聞、テレビならテレビと一媒体で完結してしまうのではなく、メディアが連鎖することによって、その広告効果をよりよいものにするという戦略が生まれ、その連鎖検索のゴールは、今のところYouTubeであるといっても過言ではない。

 

第3章 動画コミュニケーション

3.1 ネット・コミュニケーション

 インターネットの登場以降、インターネットにおけるコミュニケーションつまりネット・コミュニケーションにおいて画像が使われることは当たり前となった。むしろ、文章だけのサイトの方が「テキスト・サイト」と呼ばれて、特別視される傾向さえ生じている。

 特に、2000年代にはいると、flashなどの簡易な動画作成ソフトが普及し、誰もが動画を作ったり、編集したりすることが一般的となった。

この状況にさらに大きな変化をもたらしたのがYouTubeである。このサービスの誕生により、ネット上における動画コンテンツへの意識の変化が起こってきた。

2008年10月現在、ユーザー数は世界で2億8000万人となり、世界で1分間にアップロードされる動画は約13時間分となった。また、YouTubeに今あるすべての動画を見るには約2000年かかる程の量の動画がアップロードされている(注4)。つまり、YouTubeは動画の巨大なプールといえる。この無数のコンテンツが混在するなかで、そのクオリティはプロが手がけたものからアマチュアの作品までと、さまざまである。このことから、動画投稿のハードルも低くなったため、誰もが発信者になれるという意識をもつことが可能になった。

この流れの中で、YouTubeは「動画レスポンス」という掲載動画に対して動画で応答できる機能を開発した。これにより掲載動画を模倣した動画を投稿するユーザーも増え、ネット上での動画によるコミュニケーションが当たり前のようになってきた。ここまでくると、「発信者」と「視聴者」という意識はなくなり、ネット・コミュニケーションのツールとして動画を使用するという意識が生まれたのである。

このことから、映像を通じた双方向コミュニケーションが実現され、新たなコミュニケーションスタイルが確立されてきたのである。


3.2 動画レスポンスの多いコンテンツとは

 YouTubeの中に無数にある動画の中で、掲載動画に対して、動画によるなにかしらのレスポンスが投稿されている動画はどのような傾向にあるのか、考察してみたい。

 「Where the Hell is Matt?」という動画がある(図1-8)。この動画は、2006年06月20日にアップロードされ、2008年12月23日時点で1,200万回もの再生回数を記録している。さらに、この動画には、多くのテキストコメントも残され、その数は32,069個にも達し、さらに注目すべき点は動画レスポンスが234本も投稿されていることである。この動画の内容は、マットという人物が足をばたばたさせながら腕を横に振る一風変わった踊りを、中国の万里の長城やペルーのマチュピチュ、チリのイースター島など、世界中のあらゆる場所で、披露している映像である。

図1-8  Where the Hell is Matt? 

 神田敏晶は『YouTube革命テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスの行方』において、YouTubeで流行する動画には以下のような法則性があると述べている。

1 誰もが少しの努力でまねができそうと思える
2 新しい表現手法に出会える
3 自分でもやってみたいと思わせる
4 さらに知人にしらせたくなる
5 続々と同じことを始める人が出てくる。

神田敏晶『YouTube革命テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスの行方』

「Where the Hell is Matt?」はまさしく、この法則に当てはまる。簡単にまねできそうな踊りであり、世界中でなくてもさまざまな場所で行えば、似たような作品は作ることができる。しかし、このアイデアは新しく感じ、自分でもやってみたいと思う。そして、私がこの動画と出会った時に友人と共有したように、知人に知らせたくなる内容である。動画レスポンスの数を確認すれば、同じようなことを始めている人が多数いることがわかる。

つまり、上記の条件を満たし、比較的再生回数が多い人気のあるものが、動画レスポンスも多いということになる。

 

3.3 動画によるコミュニケーションスタイルの種類

 先に挙げた「Where the Hell is Matt?」の動画レスポンスにはさまざまな種類の動画が投稿されていた。単なる動画に対する感想を述べたものから、模倣したものなどさまざまであり、このような現象は他の人気動画でもみられる。この動画レスポンスの内容を分析してみると、動画の作成パターンには主に以下の4つの傾向がみられる。

1応答型動画
2模倣型動画
3応用型動画
4創作応用型動画

表1  動画レスポンスの傾向

1.応答型動画

 応答型とは、その動画に対して、すばらしいと感じたなどの感想や、意見・反論などを述べた動画レスポンスの形式である。この応答型にもさまざまなパターンがあるが、カメラの前でひたすらしゃべり続けるものが一番スタンダードでよく見られる形ではある。

 この応答型で、特異であり非常におもしろい例がひとつ挙げられる。

「Tiger Woods PGA Tour 08 Jesus Shot」という動画は2007年8月にアップロードされたElectronic Arts(EA)というゲーム会社のゴルフゲーム「タイガー・ウッズ PGA TOUR」のバグ(コンピュータプログラムに含まれる誤りや不具合のこと)を指摘した動画であった。そのバグとはゲームの主人公であるタイガー・ウッズが、池の上で水に浮きながらショットを打つもので、これを水の上を渡る神になぞらえて「Jesus Shot」と名づけ、ゲームのバグに対して撮影者が茶化す内容であった。その一年後の2008年8月19日、そのゲーム会社EAが「動画レスポンス」機能を使って反論動画を投稿した。その内容は、バグを指摘した動画の一部を引用して「投稿者さん、あなたはこのジーザスショットはバグだと思っているようですが」と表示された後、ゴルフ場の池のそばにウッズ本人が登場する。靴を脱ぎ、池に足を踏み入れ、池のはすの上に載ったゴルフボールをクラブで打ち、見事にカップに入れるという本物でバグを再現した動画であった。最後には「これはバグじゃない。彼がそれだけすごいのだ」というメッセージが表示され、EAのロゴが現れる。この動画には「Tiger Woods 09 - Walk on Water」というタイトルが付けられている。これは、先述したバイラル広告の効果も狙った動画であることが十分に見て取れる。広告をレスポンス動画として投稿したことにより話題性という付加価値が生まれたのである。しかし、この一連の流れすべてが広告のための自作自演だというケースもあり得るということを考慮する必要もある。このケースでは、レスポンスが投稿されるまで1年間のブランクがあることと、はじめの動画が不良プログラム指摘の動画だったことから、ゲーム会社の自作自演だとは考えにくい。

この現象は他に例を見ない特異なケースではあるが、非常に興味深いものであり、YouTubeが存在していたからこそ、ゲーム会社とユーザーの間にあった深い溝が埋まり、このようなコミュニケーションの形が生まれたのである。

2・模倣型動画

 模倣型動画とは、動画内で行われている事を、そのまま真似をして撮影したというような動画レスポンスの形である。これは、動画レスポンスの中においては非常に多く見られるケースである。「Where the Hell is Matt?」の234個の動画レスポンスのうちのほとんどが、この模倣型であり、その中には英語圏以外のユーザーの動画も含まれている。映像は視覚に直接訴えるものであるため、動画内の言語がわからなくても、大まかな内容や、伝えようとしていることは100%ではなくとも伝わってくる場合が多い。つまり、動画におけるコミュニケーションは言語を介さないでも、行える場合があるということがいえる。

「Skype Laughter Chain」という動画は、まさしくそのケースが当てはめられる。動画の内容は、初めに赤ちゃんが笑っているところから始まり、Skypeでその赤ちゃんを見ている人が笑って、またそれを見ている人が笑って・・・と、笑顔が連鎖していくというものである。私もこの動画をみてつい笑顔になってしまった。この動画の内容こそが言語を介さないで行える動画コミュニケーションの可能性を示しているように感じられる。

3・応用型動画

 応用型動画とは、その動画の内容からヒントを得て、さらに発展させ、また違った形で表現する動画レスポンスの形である。「Where the Hell is Matt?」の例で挙げると、世界中で逆立ちをしている動画をこの作品のようにつなげたものや、画面の右から現れて左に消えていくという映像を、世界中の様々な場所で撮影し、編集した「Around the World in 156 Seconds」などである。この作品に起こった注目すべき現象は、この動画にもレスポンス動画が多数投稿されたことである。つまり、動画レスポンスの連鎖作用が起こっているのである。「Where the Hell is Matt?」という動画を元に、様々な動画レスポンスが投稿され、そこからさらに様々な意匠が付与された動画レスポンスが投稿されるというように、元動画という種から、根のように動画が広がり成長していく様相をあらわしている。まさしく、あたらしいコミュニケーションの形だと考えられる。

 また、この種の内容動画にはパロディーパターンの動画も見られる。それは、その動画の特色を一見してわかるように残したまま、違った内容を表現して、風刺・滑稽を感じさせるように作り変えた作成パターンである。「Where the Hell is Matt?」の動画レスポンスの中では、「Why the hell didn’t matt get a greenscreen?」がこのケースに当てはまる。この動画レスポンスの内容は、マットとほぼ同じ格好をした投稿者が、「なぜマットはグリーン背景を使わなかったのだ?」というメッセージとともに、合成によって世界中で踊っているように見せているものである。このように、応用型の中でも元の動画を茶化しているような内容のものがパロディーパターンに多くみられる。

 

4・創作応用型動画

 創作応用型動画とは、元の動画を使って新しく動画を創作する動画レスポンスの形である。このケースで最もよい例が「Star Wars Kid」である。一人の少年が棒を持って暴れる映像が、さまざまなクリエイターの手を経てCG処理などが施され、棒がライトセーバーになったり、マトリックスバージョンが作成されたりと多くの作品が作られた。この現象は、レスポンス投稿者同士で、元ネタを使って作品を競いあい、映像が進化していくという形が生まれた一方で、一つのコミュニティを形成しているのである。

 

 この4つの作成パターンは互いに相関しており、動画のスタイルが一つのパターンにしか当てはまらないとは限らない。レスポンスから派生したレスポンス動画もあるため、複数の内容を含む動画はあって当然である。

 4つの作成パターンにおけるコミュニケーションの形からも読み取れるように、YouTubeを使った動画を通じてのコミュニケーションを取ることは、今まで接点を持つことが難しかった関係、例えば言葉が通じない異国間同士の関係や、先述したゲーム会社とユーザーの関係等の溝を埋めることが可能であることが示せた。つまり、私たちがこのYouTubeというコミュニケーションツールを常用すれば、新しいコミュニケーションの枠を広げられるとともに、異国間コミュニケーションは今よりさらに進歩するのではないだろうか。

 

3.4 ニコニコ動画におけるコミュニケーションとの違い

 日本国内における、インターネット動画共有サービスでYouTubeと、双璧をなすサイトが「ニコニコ動画」である。

 ニコニコ動画は2008年11月13日の時点で、一般会員登録者数が1000万人を越え、有料会員も21万人を突破している(注28)。世界規模のYouTubeとは違い、ニコニコ動画は日本国内向けのサービスである。現在では、台湾・ドイツ・スペイン語のサイトも公開されてはいるが、やはりユーザーのほとんどは日本人である。

このサイトの特徴は、ユーザーが、配信される動画の上に直接短いテキストやコメントを書き込んでコミュニケーションができることだ。コメント投稿そのものに時間差があっても、動画内の時間軸においては常に書き込まれた時と同じタイミングで表示されることになる。その結果、閲覧者はチャットや掲示板のような時系列とは異なる「実時間を超越した擬似的な時間共有」(運営側はこれを「非同期ライブ」と名づけている)を体感することが出来る。コメントに時間の概念を導入したことで、ニコニコ動画は従来の動画投稿には無い「利用者同士の一体感」を獲得することに成功している(注29)。

YouTubeにもコメント機能はあるが、

この機能の性質は掲示板のようなものであり、ニコニコ動画のそれとはまったく違うものである。

本項目では、このニコニコ動画の非同期ライブコミュニケーションにおいて使われている言語に注目したい。

インターネットというコミュニケーション空間は、グローバルなコミュニケーション空間だと考えられる。しかし、誰もが具体的な物理的境界に囚われなくなるかといえば、そうではない。多くの人々は、結局何らかの実体的なつながりを手がかりにしようとする。また言葉も目に見えぬ境界をつくる。とくに日本語の場合はそうである。その結果、インターネット空間といえども、同言語を使っている多くの人の間では、国境の内部として意識される。

この、意識の元に成り立っているサービスがニコニコ動画というサービスである。この意識(特に日本語におけるもの)は互いの結束力を高めるという利点もあるが、他言語に対して排他的である場合が多い。

これに対して、YouTubeにおけるコミュニケーションはコメントにおいても、英語が多用され、グローバルな空間であることを感じざるを得ないサイトである。そのため、日本人が英語を使ったコメントの書き込みも多数見られる。

しかし、YouTubeにも日本語だけの空間のようにみえるものは存在する。日本国内において異常なアクセス数を記録した動画は、もちろん外国の人々の目にもとまる。しかし、外国の人々に日本語がわかる人は少ない。その動画が、先述した「極楽とんぼ」事件の動画の場合、「彼はなぜ泣いている?」などの日本語以外でのコメントがつき、内部で誹謗中傷や様々なコメントで「祭り」状態になっていた人々にとっては、こうした外部からの視線は、意識されていなかった。日本のネットユーザーの間では、このような芸能人を罵るような傾向は自然な流れの様にみられる。しかし、それは外部からみれば、異様で不自然な状況に見えることもある。このような外部からの視線は、内部の人々に違和感を与えずにはいない。

ここに、YouTubeとニコニコ動画の大きな違いがあり、YouTubeはあくまでグローバルなコミュニケーションの空間であるということである。しかし、YouTubeにも上記のようなニコニコ動画さながらのローカルにみえる空間を持ち合わせているが、そのローカルな空間は、閉鎖的なものではなく、あくまでオープンであるため、開かれた空間を、閉じた自分たちだけの空間と意識することはYouTube内では適していないと考えられる。

また、ニコニコ動画とYouTubeに投稿されている動画のコンテンツ内容にも、方向性の違いや性質の違いが見受けられる。

ニコニコ動画では、投稿者とコメントを書き込むユーザーによって作り上げられる作品が多く見られる。例えば、「空耳ミュージカル「たこ焼きライス」」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm3317586)という作品は、「テニスの王子様」という舞台の映像をそのままアップしただけのものだが、実際の台詞と違って聞こえる「空耳」コメントがアップロード後に書き込まれたことにより、この動画のおもしろさは発揮されている。つまり、ニコニコ動画では、コメントが動画上に表示されるため、その作品の価値をさらに高める可能性も秘めている。コメントも動画の評価要素として考えられている節があるのである。このように、ニコニコ動画では動画をいかにおもしろく見せるコメントを書き込むかというユーザーの傾向がみられ、その作品価値はいかに多くコメントを集めるかという所に依存する場合がある。つまり、ここには投稿者とユーザーとの共同作業によって作品を作り上げるといった、YouTubeにはない新しいコミュニケーションの形が見られる。

一方YouTubeでは、投稿された動画は、投稿したときの状態で評価がされる。先述したとおり、言語によるコミュニケーションよりも、動画によるコミュニケーションが生まれ、YouTubeではその連鎖により作品価値が高まる場合がある。

このことからも、YouTubeとニコニコ動画ではサービスは同じようでありながら、性質や扱うコンテンツは違うものが多い。YouTubeにみられるような動画を介したコミュニケーションが、ニコニコ動画では起こらないのは、言語によるコミュニケーションによって互いの満足感が得られてしまうため、そこからまた新たなコミュニケーションを進めようという必要性が生まれないからではないだろう。

 

考察

 YouTubeにおける新しい動画コミュニケーションの形は、あまり日本では多くはみられない。また、レスポンス動画が作られた場合であってもそのほとんどが、創作応用型のもので、自分を映像に映すということになれていない私たちがいる。その反面、欧米では、小学生のころから、プレゼンテーション力を養う授業が行われ、自分を見せることになんのとまどいも見せない。

 私たちは、動画コミュニケーションという新しいコミュニケーションの形に遅れをとっているのである。まずは、自分で気に入った作品の模倣から撮影してみて、動画コミュニケーションの一歩を踏み出すべきである。YouTubeをただの動画共有サイトとしてとらえるのではなく、グローバルコミュニケーションツールとして活用する価値は大いにある。

 

 

参考文献

 

遠藤薫,前田至剛,木本玲一,齋藤皓太,大山昌彦,阿部真大,新雅史,三浦伸也,小笠原盛浩『ネットメディアと〈コミュニティ〉形成』東京電機大学出版局,2008年

 

遠藤薫『間メディア社会と<世論>形成』東京電機大学出版,2007年

 

神田敏晶『YouTube革命 テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスのゆくえ』ソフトバンククリエイティブ株式会社,2006年

 

『BRUTUS』第29巻23号,株式会社マガジンハウス

 

1) 毎日jp-昭和毎日:日本の映画館数、史上最高に

http://showa.mainichi.jp/news/1960/03/post-8320.html ,2008年12月17日最終閲覧

2) BRUTUS,p27 

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http://ja.wikipedia.org/wiki/Consumer_Generated_Media ,2008年12月8日最終閲覧

4) BRUTUS,p27

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7) YouTubeーYouTubeについて

http://jp.youtube.com/t/about ,2008年12月8日最終閲覧

8) BRUTUS,p18

9) Webマーケティング専門コンサルティング-バイラル広告について

http://blog.surfboard.co.jp/cn/faq/ 000080.html ,2008年12月17日最終閲覧

10) BRUTUS,p19

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13) BRUTUS,p27

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25) INTERNET Watch 「YouTubeが大統領選特集コーナー「You Choose」、ヒラリーも活用」2007/03/02

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/03/02/14954.html ,2008年12月22日最終閲覧

26) CNET Japan YouTubeとCNNの提携は成功--米大統領選討論会の質問ビデオ企画

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20353355,00.htm ,2008年12月22日最終閲覧

27) 日経流通新聞:日経marketing journal2008年2月29日号

28) japan.internet.com-ニコニコ動画の ID 登録者数が1,000万人を突破  2008年11月13日

http://japan.internet.com/wmnews/20081113/4.html ,2008年12月23日最終閲覧

29) Wikipedia-ニコニコ動画

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%8B%E3%82%B3%E5%8B%95%E7%94%BB#cite_note-2 ,2008年12月23日最終閲覧


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