見出し画像

30女のバイト遍歴2 - 小顔ラブロマンスにB’zでソウルかますマクドナルド

もちのろんのマクドナルドである。
日本国民の3パーセントくらいは、バイト処女をマクドナルドに奪われているのではないかと思う。しかし残念ながらわたしにとっては二人目の男である。

近所のしなびたダイエーの1Fに、マクドナルドが出来た日のことはよく覚えている。
わたしが7歳くらいのときだったと思う。
押せ押せの大行列で、
わたしの母も人生初のマクドナルドに大興奮で私たち姉弟の手をひいていた。

ア、アメリカー!

むせ返るポテトの香り、気味の悪いピエロ、
日本の片田舎にいながらにして完全にアメリカの洗礼を受けた気がした。
いらっしゃいませー!と笑顔を振りまくお姉さんやお兄さんの背後のメニュー表に燦然と輝くスマイル0円の文字、
さっそく湧いてきた銅線ヘアのヤンキー軍団がずり落ちそうなズボンをゆさゆさ揺らしながら「スマイルくださ〜い」なんてほざいている。
「はいっ!」
と100万ドルの笑顔を見せるお姉さん。
すごい。
ヤンキー軍団、あまりにも光線量の高いお姉さんに圧倒され「じ、じゃあ、シェイク……」などと急に濡れ子犬状態になっている。
「はいっ!フレーバーは何になさいますか!(ピカー)」
後光がさしているぞ。
お姉さんはちょっと信じられないほどの小顔で、おそらく高校生くらいであろうと思う。
白い白い肌と、キッチリ結われたツインテールがわたしの脳裏にこびりついた。

時は経ち、
わたしは15歳、高校一年生となった。
いたくもかゆくもない平凡な公立高校になんの苦労もなく入学したわたしは、暇を持て余していた。
働くか。
よし、と重い腰をあげタウンワークをぱらり、マクドナルド ダイエー店アルバイト募集!の広告が目に入った。
あのマクドナルドだ。

様々な思い出がわたしの脳裏を駆け巡る。
500円握りしめ家出して泣きながらハッピーセットを食べたこと、当時のハッピーセットのおまけのおもちゃがいやでこっそり土に埋めたこと(特に紫の軟体動物や、白黒出っ歯が当たるとショックであった)友達とSポテトひとつを分けあっておしゃべりしたこと……
あと、あの後光さしてるお姉さんのこと。

わたしはさっそくタウンワークを小脇に自転車飛び乗り、バイト希望の旨を伝える。
後日簡単すぎる面接のち、
即採用でわたしはあっという間にサンバイザーONにてカウンターに突っ立っていた。

学校終わりの毎日夕方17:00-22:00が私のシフトだった。
この地域で夕飯にマクドナルドを食おう!という人間は数少なく、
やってくるのは頭の湧いたヤンキーか家出少女か独身リーマンくらいであった。

わたしにアレコレ教えてくれたバイトリーダー的青年は、野球部ッス!感が顔から滲み出ているやたらテンションの高い大学生であった。
彼は聞いてもいない自身の恋煩いの話などをとうとうと聞かせてくれる。

「恋ってのはさ、人生にエネルギーを与えてくれるんだ」
「純粋に一人の人を思い続けるって、素敵じゃないか?」

いったい彼は、15歳にどんな返答を期待しているのだろうか。
私はナルホド製造機と化しひたすら時の経つのを待っていた。
それほどまでに暇だったのである。
私が幼い頃はあんなに賑わっていたというのに、マクドナルド栄枯盛衰である。

と、そこに「おはようございま〜す!」と一筋の光が現れた。

ツインテールに白い白い肌、
信じられない小顔、
そしてあの100000万ドルの笑顔。
後光さしてるお姉さんだ!

私は、有名人に会った時のような気持ちで、
あああと泡を食ったように慌ててふためいた。
と、隣の野球部もなぜか一緒になって慌てている。
顔はまるでゆでダコである。
ん?

「恋ってのはさ、人生にエネルギーを与えてくれるんだ……」

ゆでダコのセリフがフラッシュバックする。

「ゴメンネ、ありがとうシフト代わってくれて」
「いえいえ! 全然ッス!」

ははあ! なるほど! ゆでダコは、後光姉に恋をしているのだな。
私は一人ガッテンし、なんだか妙に楽しい気分になってきた。

それにしても後光姉のキラキラレベルは当時と全く変わっていない、いやむしろ増している。
大学生になったんだろうか?まさかまだ働いていたとは。

「あなたが新しいバイトの高校生だね。よろしくね!(ピカー)」
「ハイッ!」

とっさにエネルギッシュな返事をしてしまうほど、後光姉は太陽だった。
こころなしか店内が明るく見える。

ゆでダコは張り切って「あ、そうだ、か、歓送迎会しましょうよ!」などと言い出した。

「え、いいって言ったじゃない、そんな大げさなことしなくてもさ」
「いや、新しいバイトも入ったし、何より後光さんの送迎会だけは、絶対しないと」
そうか、後光姉もう辞めるのか…。
その後釜として、私が採用されたという訳なのだろう。
それにしても、ゆでダコの歓送迎会への情熱は並々ならないものがある。
ついに押し切られた後光姉、
歓送迎会は一週間後に近所のカラオケにて行われることとなった。

その日はやってきた。
メンバーは、ゆでダコ、後光姉、静かな大学生、小太りギャル、オッサン、私という面々であった。
顔の濃い店長はいけにえとなり夜シフトを一人こなしている(「あとで行くからな」と恨めしそうに言っていた)
今思えば一次会からカラオケというのはなかなかチャレンジングなセッティングである。
皆、なんとなく歌わずポテトを途切れなく食べながらたいして盛り上がらない会話を続けている。

聞くと後光姉は、なんかの大学の研究のようなものに専念するために、バイトを辞めるらしい。

「気づいたら、初めてのバイトが最後のバイトになっちゃった」

一途だ。
そんなに素敵な労働環境でもない、給料だって安い、でもずっと働き続けた後光姉に、私はある種畏敬の念を抱いた。
私の”何か物事を一貫してやり続けることができる人”への憧れは、きっと後光姉に出会ったことから始まっているのだろう。
きっと後光姉なら、いい研究者になる。私はこころからそう思った。

その間、ゆでダコは黙っていた。
そしておもむろに、マイクを握った。

おおっ。

皆がどよめく。
長い長いイントロ。
そして——

いらない何も捨ててしまおう
君を探し彷徨うMy Soul
STOP THE TIME SHOUT IT OUT
我慢できない 僕を全部あげよう

唸るギター、叩きつけるビート。そしてシャウト。
B’zである。
ゆでダコは、全身全霊でLOVE PHANTOMをシャウトしている。

皆押し黙って、口をあんぐり開けている。
ゆでダコはかつて見たことのないほど顔を真っ赤にして稲葉になりきっている。
さっきまでの沈黙はこのためだったのであろうか。

……。

曲が終わり、後光姉が「わ、わあー」などと言いながらパチパチ拍手をしている。
皆「B’zだよね」「B’zだね」などとりあえずの静寂を埋めるための会話をしながらまたポテトにいそしんでいる。
ゆでダコはもう止まらない。

手を繋いだら 行ってみよう
燃えるような月の 輝く丘に
迎えにいくから そこにいてよ
かけらでもいい
君の気持ち知るまで
今夜
僕は寝ないよ

寝たほうがいい。ゆでダコは完全に自らの思いをB’zにのせて後光姉にお届けしようとしている。
しかし完全に逆効果だ、誰に歌わせる隙もなくゆでダコのB’zメドレーは止まらない。

ALONE 僕らは それぞれの花を 抱いて生まれた
巡り逢うために

もうやめてくれ、ゆでダコよ、お前は完全に脈なしじゃないか。どうして気づかないのだ。
その裏声シャウトにどこの女子がときめくのだ。
と——

Yeah! めっちゃホリデイ!
ウキウキな夏希望
Yeah!ズバッとサマータイム!
ノリノリで恋したい

後光姉ー!!!!
フロアは俄然盛り上がった。
奇妙なB’zメドレーにうんざりしていた一同は彗星のごとく現れたあややに狂喜乱舞した。

そして後光姉のあややを凌ぐ輝き。
皆息をのんで、見つめて、踊った。
ゆでダコはなぜか泣いていた。

この日の会はここをピークにして尻すぼみで終わり、
お会計の時に店長が「あれっもう終わったの?」と走って駆け込んできてかわいそうだった。

私は三ヶ月後に髪の毛を思いつきで赤とピンクに染め(パンクスでもバンギャでもない)
かわいそうな店長から「それはちょっと……」と言われクビとなった。

後光姉はきっと今ごろ一途に研究して一途な研究者と結婚して、
一途な家庭を築いているのだろうと思う。
ゆでダコはいまも自分の思いをB’zにのせてお届けしているのだろうか。
私はというと、思いつきのパーマに失敗し火事から逃れてきた人のようになっています。


いただいたサポートは納豆の購入費に充てさせていただきたいと思っております。