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2-2. サウジの政策決定のウラ事情

【3行まとめ】
・サウジ政府が、最優先することは、サウード家の絶対王制支配の存続
・石油収入を分配して不満を抑え、情報を検閲してクーデターを防ぐ
・絶対王制を存続させるために、民意を吸収し政策に反映させる

(写真は、リヤド市内のショッピングモール。次期国王と目される、若き皇太子のムハンマド・ビン・サルマン氏が大きく飾られています。)

・サウジアラビアの行動原理:サウード家による絶対王制の死守

 ここで、現在の王位継承争いからは離れて、絶対王制を採用するサウジアラビアの構造的な行動原理(サウジ政府が行動する際の原則)について、分析してみたいと思います。

 サウジアラビア政府が、内政・外政において、何よりも優先することは、サウード家による絶対王制支配の存続と言っても過言ではありません。

 全ての政策の意思決定は、「その政策がサウード家の存続に資するか否か」で決定されています。

 「もしあなたがサウジアラビアの国王だったら」ということを想像してみてください。

 周囲には、あなたのことを実力不足だと思えば暗殺も辞さないサウード家の有力者が控えています。寝首をかかれないためには、サウード家の繁栄に尽くして報いるより他に道はないのです。

 敵は身内だけではありません。国民によるクーデター、すなわち暴力による政権交代も防ぐ必要があります。ひとたびクーデターが起きてしまえば、サウード家の一族は海外に亡命し、いまの生活を手放さなければなりません。

・国民の反乱を防ぐには
 クーデターを防ぐためには、まずは国民の不満をためないことが重要になります。石油による収入を広く分配し、さらに雇用を確保して人々の生活を維持しなければなりません。

 さらに、クーデターへの直接的な対策として、情報の検閲を行っています。インターネットの情報も、反政府的な言動にはアクセス出来ないようになっています。また、政治的活動も制限されており、集会の自由は認められていません。

(画像はサウジのインターネット検閲の画面。政府に批判的な言動などにアクセスしようとすると、この画面が表示されます。)


 王家が絶対的な権力を維持するために、ディバイド・アンド・ルール(分断統治)を徹底しています。集会の自由を認めず、集会について徹底的に取り締まることで、不満を持つ層を団結させません。

 そのうえで、もし王家に対して不満を持つグループが現れたら、その中の一部だけを優遇して、お互いを反目させあいます。こうして、反抗勢力の矛先を、絶妙に王家からそらし続けることで、統治を維持しているのです。

 国王は「実力」によって選抜されると述べましたが、実力とは、抵抗勢力を生かさず殺さず、サウード家による絶対王制の存続を、国民が納得するような形で続けていく力のことなのです。

・サウジの2つの特殊性 イスラム教国家・絶対王制国家
 サウジアラビアの内政・外政を分析する上で、絶対王制の存続に資するかどうかというのは、非常に重要な点であり、第1章で概説した「イスラム国家としての特殊性」とは区別して、明確に意識する必要があります。

 すなわち、サウジの行動を分析する際に、それはイスラム教国家だからなのか、それは絶対王制国家だからなのか、2つの視点で分けて見た方が、よりすっきりと理解ができると思います。
 
 例えば、現在計画されている映画館の建設について考えてみましょう。映画館は、音楽や偶像崇拝との関係で、イスラム教の教義上グレーゾーンになっており、高齢者を中心に保守層・宗教界からの反対が予想されます。

 宗教界の本音としては、国民がアメリカの映画などを見て、欧米的なライフスタイルを知られてしまうと、自らの教義の権威が落ちてしまうという自己都合的なところがあると考えられます。

 婚前交渉が禁止されているサウジで、セックス・アンド・ザ・シティが流行してしまったら、宗教界の権威が丸つぶれになってしまいます。そういった理由もあり、イスラム教的には、映画館の建設は好ましくありません。

 他方、サウジには娯楽施設が少なく、映画館の建設に踏み切れば、若者を中心に王室への支持を集められる可能性があります。絶対王制の存続のことを考えれば、映画館の建設を押し切るべきかもしれません。

 最終的な意思決定は、イスラム教の観点、絶対王制の存続の観点、両者を見ながら、どちらが絶対王制の存続に資するかを重視して行われます。

 すなわち、映画館を建設して獲れる若者層と、映画館を建設しないで獲れる保守層の「票」を読んで、力が強い方を政策として実行するのです。

・絶対王制国家サウジの「民主的」プロセス
 「票」と書きましたが、投票によってサウード家が追放されることは起こりえません。サウード家が追放されるとすれば、それはクーデターが起こったときです。

 ここで興味深いのは、絶対王制を採用しているにもかかわらず、民意を吸収するプロセスがサウジにも存在していることです。

 民主国家ではないのですが、サウジにもロビーイングが存在します。2016年9月にサウジが公務員給与の引下げを発表した際に、政府高官の電話が鳴り止まなかったそうです。地方の有力者などが、一斉に公務員給与引下げに抗議を行いました。

 結果として、2017年4月に、サウジ政府は、公務員給与引下げの撤回と、引下げ分の遡及的支給(過去に減らした分をさかのぼって支給)を発表しました。

 政策の撤回が実現したことで、サウジ国民の中では、「騒げばなんとかなる」という民主的意識が強まりつつあります。

 サウジ政府当局は、どちらが「票」を獲れるのか、どちらがサウード家の存続のためになるのか、あたかも民主国家のような思考をはりめぐらせているのです。

 絶対王制でありながら、「王様の言うことは絶対」というわけでもないのです。

 いずれにしても、望むらくは、国民生活が向上し、ひいてはサウード家による支配が存続することです。良い政治が続いている限りは、必ずしも民主国家が善、絶対王制国家が悪というわけでもありません。

 さて、こうした内政の意思決定の枠組みを念頭におきつつ、続いては経済情勢について話を移したいと思います。


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