酔いどれ雑記 217 ジョニーウォーカーブルース
ポルトガルはナザレ、のどかな漁村。民族衣装を着たお婆さんたちが潮風薫る路地を歩いていく。
♪あした浜辺を さまよえば~
いつか習い覚えた歌を口ずさみながら誰もいない海岸沿いを歩いてゆく。
気持ちのいい、少しだけ肌寒い10月の早朝。
ファドの女王、アマリア・ロドリゲスを世に出したことで有名なファド、
Barco Negro(暗いはしけ)は映画『過去を持つ愛情』のロケ地にも使われたこの地がゆかり。
アイスクリーム片手に浜辺に座って海を眺めてる。
大西洋に夕日が溶けてゆく。私の唇にもアイスの冷たい青が溶けて甘くまとわりつく。
ああ、でも私はリスボンに帰りたい。
出くわす度に煙草をねだるハシシ売りの少年、宝くじ屋の威勢のいい声、何をするでもなく雑多な人たちが集う広場、黄色いトラムが通る狭い路地、バーテンのマヌエル......。
静かな町がにわかに活気づく夜の浜辺を歩いた。
♪ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 忍ばるる
ポケットにはリスボン行きのバスのチケットと白い砂。
名残惜しさに路地を彷徨う。まだ誰もいない部屋には帰りたくない。
どこからかギターの音が聞こえてくる。
溶けてゆくジョニーウォーカーの氷に映った白熱灯、私の爪の色。
「誰か歌いたいヤツはいないか!?」
遠い異国で馴染みの曲、いつもの酒、知らない人と目で交わす言葉。
石畳の路に足を取られながら部屋に戻って、窓を開けて海を眺めてる。
潮風、紫煙、街灯のオレンジが頬を撫でて通り過ぎる。
明日の今頃はリスボンで見知らぬ誰かと言葉を交わす。さっきと同じ目、同じ酒で。