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トランジスター・プレスをはじめました(佐藤由美子)


アメリカン・ブックジャム(ABJ)No.5 まで副編集長として活動していた佐藤由美子です。大変ごぶさたしています。

ABJ を離れた後、『12 water stories magazine』という文芸誌を創刊し、子どもの洋書を大人に紹介するブックレビュー集『キッズ(だけにじゃもったいない)ブックス』を4人の仲間で出版するなどの活動をしていました。

『キッズ(だけにじゃもったいない)ブックス』の表紙の絵を描いていただいアレン・セイ氏は、私たち4人に「ギャング・オブ・フォー」という素敵なニックネームをつけてくれました。このレビュー集は、瞬間的にアマゾン・ジャパンのベストセラー3位になりました。そのとき順位を争っていたのは、横山秀夫さんの『半落ち』。まさにネット書店だからこその奇跡、今では遠い夢のような出来事です。

そんなこんなの経緯の後、やっと一人出版者、トランジスター・プレスをはじめました。

最初に出す本は、素人の私がインディーズ出版を始めた経緯、その思いを書き綴った『グーテンベルクの夢』という本です。

『グーテンベルクの夢』は、ABJ 創刊の6年前、ニューヨークのチェルシーホテルでハーバート・ハンキーと出会ったときにも遡ります。恥ずかしいことに当時の私は、最後のヒップスターと呼ばれ、ケルアックやギンズバーグにとって尊敬する兄貴分だったハンキーのことを、ほとんど知りませんでした。そんな私にハンキーは、出版されたばかりの自著『Guilty of Everything』にサイン及びメッセージを書いてプレゼントしてくれたのです。

 ABJ が創刊された96年にハンキーが亡くなり、私が副編として携わった最後の号の No.5 からハンキーの物語が連載されました。以前 ABJ 誌上で編集長の秦さんが、「ABJ のスタッフの中には、残念ながらハンキーと会った人がいない」というようなコメントを寄せていました。実は「過去のスタッフ」は、ハンキーと会っていたのです。

またこの本では、映画のキャンペーンで来日したポール・オースターの記者会見が開かれた銀座のホテルで、オースターと偶然出くわしたことなどなど、ABJ の誌面では伝えていなかったエピソードも書いています。

インディーズ出版を目指すみなさんの勇気になれば、と願っています。

順調に行けば11月下旬には出版予定です。

『グーテンベルクの夢』の出版以降、「Leaves of  Poets(詩人の葉)」という詩集のシリーズを計画中です。主にリーディングを活動の場としていた詩人の方々の声を紙に浸透させていきます。第1弾は、佐藤わこ(左鳥話子)さんの詩集を出版する予定です。

フランス人編集者で出版人のロベール・デルピール氏が刊行した写真集「フォト・ポッシュ」シリーズをご存知ですか? 重くて高くて、ちょっと敷居が高かった写真集を、軽くて、廉価で身近かなものにしてくれたシリーズです。編集も著名な写真家の単なる入門書にとどまっていません。黒い表紙のシンプルでスタイリッシュなデザインも含めてどんな高価な写真集にも負けない風格があります。

「詩人の葉」シリーズは、「フォト・ポッシュ」シリーズのように、私たちの生活の中で詩を読むことをもっと身近なもの、そして手のひらの上にそっととどめておきたいほど味わいのある詩集にしていくことを目標にしています。 

前述の『グーテンベルクの夢』のようなエッセイやメモワール形式の本は「city & rain books」というネーミングにしようと思っています。中国には、「雨が降ると、親しい友人がやってくる」という古詩があると聞きました。それが rain に込めた意味のひとつ。rain の前に city を付けたのは、アスファルトの道に雨を降らせて、アスファルトの下に眠らされている「何か」を目覚めさせたかったから。それは私たちの心の中に封印されている何かかもしれません。

「city & rain books」の第2弾は、ABJ 読者の皆様にはおなじみのロン・コルムに書店員からみたニューヨーク・ダウンタウンカルチャーの 80’s〜今に至るシーンをメモワールという形で原稿を依頼しています。

このところ「ロハス」というエコロジーなライフスタイルが注目され、「持続可能な」という意味の「サステナブル」という言葉が、テレビや雑誌などによく登場します。この言葉を見たり聞いたりするたびに、私は胸がチクリとします。なぜならインディーズ出版が持続可能な環境で居続けることはとても難しいから。

そこでトランジスター・プレスは、まずは「猫でも王様を見ることができる」というスローガンを作りました。これはマザーグースの「A cat may look at a king.」が大元ですが、「インディーズだからといって、物怖じすることはない」という自己応援歌でもあります。トランジスター・プレスという名称も「小さいけれど、力強い」という誇りを込めました。

そしてインディーズ出版にとって、もっとも大事なことは「本は読者の良き友だち」という思いで本を作り続け、細々と友だちの和を繋げていくことだ、と確信しています。

そして今回このスペースを提供していただいた旧友のABJ に感謝しています。

Illustration by Yumiko Sato


初出 『AMERICAN BOOK JAM』No. 11(バックアップ・パブリッシング、2006年8月)


著者プロフィール

佐藤由美子(さとう・ゆみこ)

詩人、編集者。1960年、東京生まれ。ビート・ジェネレーションの文学の影響を受け、詩や物語の執筆、本やことばをテーマにしたアート活動をはじめる。文芸誌『AMERICAN BOOK JAM』および『12 water stories magazine』の副編集長、ポエトリー・イン・ザ・キッチンの運営をへて、2007年にトランジスター・プレスを設立。新宿二丁目のカフェ・ラバンデリアを拠点に出版活動をおこなう。共著に『キッズ(だけにじゃもったいない)ブックス』ほか。2022年逝去。




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