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第3話: 「そのビルへ」

【連載】新月前夜、窓、そして君の事。/ 文・イラスト: セキヒロタカ

次の日、僕はどうしてもあの明かりが気になったので、原稿書きに入る前にそのビルの下まで行くことにした。ニットにツイードのダウンベストを羽織り、厚手のニッカホーズを履いて自転車で出かけた。

「そこ」に行くのは初めてだった。
方角はわかるのだけど、距離はほとんどわからない。

街中はまっすぐ走れないのだ、ということに走り出して改めて気付いた。
オフィスビルやコンビニエンスストア、中華料理店などをジグザグにかわしながら、僕は自転車で「その」ビルに向かった。
途中、鉄道の下をくぐる道を通り、自転車用のスロープのある歩道橋を2度越えた。

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そして、「そのビル」の下に着いて僕が見たのは、壁面をすっぽり覆われた建物だった。

  ・・・

そのビルは壁面工事中だったのだ。

昨夜は明かりがはっきり見えたから、きっと今朝工事を始めたんだろう。

ひょっとしたら僕がいつも見ている方向が違うのかも、と思い、ビルをぐるっと回って見てみた。僕の部屋はこの建物から見ると東に位置しているのだけど、東側はすぐ近くに高架の線路が通っているのでよくわからない。
僕は、線路をはさんで斜め向かいにある8階建ての雑居ビルのエレベータで上に上って見てみることにした。


雑居ビルの1階のイタリアのカジュアルファッションを扱う店を通り抜けて、エレベーターホールに行った。消費者金融や歯医者、会計事務所といった中にメガネ店を見つけた。6Fだった。ここなら部外者が簡単に入れそうだ。
僕は6Fまでエレベータで上がった。

メガネ店は雑居ビルの6Fフロアの南半分を占有している結構大きな店舗だった。
僕はメガネのフレームを見るフリをして、「あの」ビルの壁面が見えるところを探し、西の窓のほうに移動した。窓際に陳列してあるメガネフレームと日除けのハーフシェードが邪魔にはなったが、「あの」ビルの壁面が見えた。


東側の壁面も上まで足場が組まれ、厚手のメッシュで覆われていた。
やはり、今朝工事が始まったのだ。
それにしてもすばやい工事だ。
朝始めて、もう足場が組まれ、メッシュで覆われている。もしかしたら、下半分くらいは昨日の時点ですでに足場が組まれていたのかもしれない。

僕の部屋との位置関係や風景から考えて、「あの」窓はメガネ店からは左上に見える部屋の窓のはずだ。メガネ店から見ると「あの」窓が足場とメッシュで覆われていることはわかるものの、足場が邪魔になり、その窓がどうなっているか詳しくはわからない。

「どのようなフレームをお探しですか?」

振り返ると、真新しい白のブラウスとライトグレーのツイルのタイトスカートの女の子が僕の後ろに立っていた。「あの」窓の場所を探すのに夢中で彼女が後ろに来たことに気づいていなかったのだ。

「あ、特に探している、というわけでもないのだけど、近くを通りかかったので。」

意味不明の言い訳だと思いつつそう言うと、彼女は、御用がございましたらまたお呼びください、と静かに言い、笑顔で会釈してカウンターの方に戻っていった。きっと彼女ならとても感じよく朝の天気予報を読めるだろう、という感じの笑顔だ。

僕は、「あの」窓の場所がもっとよく見える場所を他で探すことにして、メガネ店を出ることにした。

「ありがとうございました。」

静かな朝の天気予報の女の子の声を聞きながら僕は店を出てエレベーターに乗った。
僕は雑居ビルを出て、周りのビルで上に上がれそうなところを探してみたが、見当たらなかった。

  ・・・

僕は、あきらめて自転車で帰ることにしたが、あの窓と明かりのことが気になって仕方がなかった。

(つづく)
 

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