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第11話: 「消失」

【連載】新月前夜、窓、そして君の事。/ 文・イラスト: セキヒロタカ

  ・・・

僕は彼女に繋がっている糸の先をなんとか見つけようとしたが、彼女自身のこと以外は具体的に何も知らないことに気付き愕然とした。
彼女の実家のこと、彼女の病弱な両親のこと、彼女の昔の友達のこと。もちろん、大まかなことは知っていた。両親はどういう人で、どういうところで育って、どういう友達がいたか、は知っていたけど、じゃあ、住所は?電話番号は?
何も知らなかった。

部屋の中を探せば何かが見つかるかもしれなかったが、彼女がいない間に家捜しするのはフェアじゃないし、彼女を冒涜するような気がした。

僕は彼女の置手紙を丁寧に四つ折にして、傷まないようにブルゾンの胸ポケットにしまった。今の僕にとっては、この彼女の手紙以上に大事なものはないように思えた。
僕は急いで部屋を出て鍵を閉め、エレベータの下行きボタンを押したが、ちょうど下の階に通り過ぎてしまったところだった。
僕は階段を駆け下りてマンションの駐輪場まで行き、自分の自転車を探した。自転車は予想通りパンクさせられていた。僕はタクシーを拾って、運転手に彼女の職場の場所を告げた。

彼女の職場の雑居ビルの周りは渋滞していた。僕は途中でタクシーを降り、走った。
朝で客もまばらな1Fのイタリアンカジュアルの店を早足で通り抜け、エレベーターホールにたどり着いた。
僕は、1Fに停まっていたエレベータに乗り、「6」を何度も押した。

僕は最悪の状況も覚悟していたが、メガネ店は営業していた。ガラス張りの店舗を通って来た朝日で明るくなったエレベータホールを見て、気持ちが少し落ち着いた僕は、店の中で話す内容を整理した。僕は一度深呼吸をして、ガラスのドアを開けて店に入り、まっすぐカウンターに向かった。
もちろん、そこには彼女はいなかった。
カウンターの女の子が僕に気付いて笑顔で挨拶したが、僕の表情を見てメガネを買いに来た客でないことをすぐに理解したようだった。
僕は、その女の子に彼女の名前を告げ、彼女が今朝、朝食も摂らずに突然いなくなったこと、詳しくは言えないが彼女が事件に巻き込まれているかもしれないことを話し、もし彼女か彼女の代理の人間から連絡があったら、僕まで連絡して欲しいということを伝えてくれるよう頼んだ。彼女のプライベートなことを彼女の同僚に話すのはとても抵抗があったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

その女の子は彼女とそれほど親しいわけではないようだったが、真剣な表情で僕の話を聞いて「警察に連絡しましょうか?」と言ってくれた。
僕は、それはこちらでやりますから、と断り、協力してくれてありがとう、と言って店を出た。

  ・・・

雑居ビルから出ると、いつも通りの風景があった。
でも、そこには彼女はいない。
僕のせいで彼女はこの風景から取り除かれてしまったのだ。

僕は、本来いるべき場所から猛スピードで遠ざかっていることを感じていた。僕という惑星は、突然、彼女という太陽を失い、宇宙の辺縁へ弾き飛ばされていた。

気付くと僕は雑居ビルの前の横断歩道を渡っていた。
鉄道の高架下を通る道の向こうに、足場が取り外された「あの」ビルが見えた。

僕は、ビルの変化に気付いた。

「あの」部屋の窓がなくなっていたのだ。

壁面からは窓が完全になくなって、他の壁と同じ材質で覆われ、何かの看板を取り付けるためのステーが設置されていた。
どうして東側の窓をふさいでしまわないといけないのか、僕には理解できなかった。ターミナル駅近くとはいえ、線路側の看板にそれほどの広告効果があるとは思えなかった。

理由は僕にはわからなかったが、「その」窓の存在が痕跡を残さずにこの世界から消えたのは明白な事実だった。

でも、今の僕にはそんなことはどうでも良かった。
少し前なら、そのことに驚愕し、大きな疑問を感じただろうけど、それより、こんなことに彼女を巻き込んでしまった自分に腹を立てていた。
彼女は職場が近いこともあったし、僕がとても「あの」部屋に興味を持っていたので、頻繁に < 日によっては何度も > あのビルを見に行ってくれていた。
しかも彼女は何かを感じるから、余計に目立ってしまったのかもしれない。
もし僕が、彼女にあんなことを言わなかったら、彼女は今でも普通に暮らせていたかもしれないのに。
悔やんでも悔やみきれなかった。

  ・・・

「ということは、当面お前と俺は大丈夫、と言うことだ」

電話に出た前田はそう言った。僕たちは情報を持たず嗅ぎ回っている側と見做された、と言いたかったのだろう。

「当局が動いたのか?」

「それは俺にもなんとも言えん。とにかく俺は手を引く。お前ももうこの件にはかかわらない方がいい。」

前田は僕の質問に手短に答え、そのまま電話を切った。

  ・・・

彼女を連れ出した連中が当局でないこともあり得たので、警察に連絡することも考えた。だが、取り合ってくれるわけがなかった。表面上はまったく事件性がないのだから。交際相手の女性が「すぐ戻る」と置手紙を置いて外出しただけ、なのだ。取り合ってくれたとしても、まともに捜査してくれるとは思えないし、もし動いたのが当局なら彼女が解放されるのが遅れるだけかもしれない。

そのとき、僕はようやく、重要なことを忘れていることに気付いた。
僕は大急ぎでタクシーを拾って、彼女の部屋に取って返した。

(つづく)

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