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第14話: 「確信」

【連載】新月前夜、窓、そして君の事。/ 文・イラスト: セキヒロタカ

  ・・・

僕は注意深く外側と内側の鉢を観察したが、特に変わったところは見つからなかった。

思い過ごしか、と鉢を元に戻そうとしたとき内側から擦るような音がかすかに聞こえた。僕は静かにポトスの株を覆っているウッドチップを退かしていった。

「それ」は、鉢の内側に張り付く形でウッドチップに見せかけたプラスティックに覆われて置かれていた。静かに剥がすと、張り付いた面にはピエゾ・ピックアップに使われるようなラバーが付いていた。「その手」の機器に詳しくない僕が見ても明らかに「隠すため」の造りだった。

「外事か。」

僕は声に出さずにつぶやいた。おそらくこれは盗聴器だろう。
僕は盗聴器を発見したことに何の感情も抱けなかった。今頃盗聴器を発見しても遅いのだ。何もかも終わってしまった。

そのウッドチップ状のプラスティックはずいぶん汚れていた。おそらく、僕の部屋に来てから仕込まれたり、電池交換されたりしたことはないだろう。多分、すでにバッテリーも切れて機能もしていないはずだ。彼女を拘束(?)した後の数日間、僕の行動を監視するためのものだったのだろう。
あの管理会社の担当者も仲間だったのかもしれない。もともと、ポトスの鉢だけが残されていたこと自体不自然だったが、彼女の部屋が空っぽになったショックでそこに気が回らなかった。もし僕がポトスの鉢を持って帰ることを申し出なかったとしても、忘れものとして手渡すためにあのタイミングで現れたとも考えられる。そう考えると、彼女がいなくなった朝に、レジでクレジットカードエラーの渋滞を作っていたのも同じ連中かもしれない。

ちょっと待てよ、と僕はそこで気付いた。

「彼女の弟?」

そんな、バカな。
僕は彼女の両親のことは聞いたが、弟のことは一回も聞いたことがない。
いるなら、きっと僕に話しているはずだ。
僕はその時、ずっと抱いていた違和感が頭の中でほどけていくのが分かった。

僕は「彼女の弟」と名乗る男が持ってきた彼女の手紙を取り出して、彼女の置手紙と比べた。
どれもボールペンで書かれていた。筆跡は彼女のものだ。少なくとも僕にはそう見える。
僕はそれまで、彼女の最後の置手紙と「彼女の弟」が持ってきた手紙の文面がよく似ていることに少し違和感を感じてはいた。

しかし、違和感の本当の理由がはっきりした。

「彼女の弟」が持ってきた手紙だけ、ボールペンの「インク溜り」の跡が違っていたのだ。「彼女の弟」が持ってきた手紙の「インク溜り」は、その手紙を書いたのは右利きの人間だったことを示していた。

「そういうことか! そういうことか!」

僕は安定剤の残るぐらぐらした頭を必死で覚醒させながら、声に出さずに叫んだ。

  ・・・

「良いニュースだ。」

前田は切り出した。

「お前、もう手を引いたんじゃなかったのか?」

前田の方から電話が掛かってくるとは思っていなかった僕は驚いてそう訊き返した。

「もうヤバくもなんともなくなったってことだ。NBC のチームは解散だ。HDS の連中も帰国した。」

前田は僕が混乱しているのを分かってか、ゆっくり話し始めた。

「つまり、これはテロ対の事案ではなかったわけだ。まぁ、それどころじゃないだろうからな。今、国会で法相が突き上げられてるだろう?入管の件で。」

僕はそのまま何も言わず、前田の話を聴いていた。

「知らないか・・・まぁ、お前もテレビとかネットとか見られる体調じゃないだろうしな。入管が拘束した外国人の死亡事件があってな。
これは憲法で禁じられている予防拘禁に当たるんじゃないかと、周辺をいつもの執念深さで調べまわっていた共産党の連中が、予防拘禁が入管だけの問題ではないことに気づいて国会で追及し始めたのさ。そしたら出てくる出てくる。結局、法務省が渋々公表した昨年の予防拘禁に該当する可能性のある事案は 366 件だそうだ。」

僕はそれを聞いて絶句した。

「衆院選が近いから与党は必死さ。ただでさえいろんな問題噴出で突き上げがきついところに来てこれだ。官邸からの圧力でヤバそうなチームは次々解散してるよ。」

「ということは、彼女も生きてて、拘束されている可能性もあるってことだろうか?」

「それは分からないが、その可能性もゼロではないかもな。軒並みチーム解散で緩んじゃったのか、いろんな話も漏れてくるようになったしな。」

前田はそう言うと、少し黙った後で低い声になって続けた。

「Spring-8 で調べられ、和光に送られたブツ。オカルト並みに奇妙なものだったようだ。含まれていた微量の水が普通の水より大幅に重かったらしい。」

「大幅に重い?水って H2O だろ?重さなんて変わりようがないじゃないか。」

そう言うと、前田は「おいおいお前理系なんだろう?」とでも言いたげにこう続けた。

「H2O の H が通常の水素ならそうだろう。でもその多くが重水素だったらどうだ?※」

僕はあまりの衝撃に言葉が出てこなかった。

「ま、そういうことだ。とにかく、希望は、、、ある。今は待つんだ。」

そう言って前田は電話を切った。

(つづく)

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※ たとえば、太陽系辺縁部のオールトの雲を起源とする水を構成する水素は重水素の割合が非常に高いことが分かっている。

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