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第4話: 「朝の天気予報の彼女」

【連載】新月前夜、窓、そして君の事。/ 文・イラスト: セキヒロタカ

僕は、部屋に帰り、仕事の準備をしながら、やはり「あの」部屋と窓のことを考えていた。仕事の準備をし終えると、僕はまたベランダに出て、足場とメッシュで覆われたあのビルを眺めた。

足場では作業員が壁面工事を進めているようだった。
そのとき、何人かの作業員が「あの」窓のところに集まり、何かをし始めたように見えた。そのビルまでは距離があるし厚いメッシュ越しなのではっきり見えない。

僕は必死で目を凝らしたが何をしているかはよくわからなかった。僕はカメラの望遠レンズなら何か見えるかもしれないと思い、急いで部屋に入ってカメラを持ち出し、ファインダー越しに覗いたが、僕の持っている程度の望遠レンズでは肉眼とほとんど変わらなかった。ただ、作業員が何かを運び出しているように見えた。
僕はなんとか見ようとしたがやはりはっきりは見えなかった。

その後、そのビルは不透明なシートで完全に覆われてしまい。
ビルの壁面はまったく見えなくなってしまった。

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それから僕は、雨降り以外はほぼ毎日自転車で「その」ビルの下に行った。毎日のロードワークのコースに組み込んだのだ。

壁面の工事なのになかなかシートと足場は撤去されなかった。正面側の工事の内容を示すボードには、工期が 1ヶ月くらいに亘ることが記されていた。

これまでも何度か入居者の名前を見に行こうかとも考えたのだけど、そのビルはオフィスビルというよりマンションのような形態だったので、うろうろして1Fの入り口近くにいる守衛に不審者と思われてしまうことが心配で見に行っていなかった。
ただ、その日は決心して確かめに行くことにした。

そのビルの入り口は東側にある。つまり、僕の部屋に向いているのだけど、間に高架の線路があって、ビルの出入りの状況は僕の部屋からは見えない。
僕は道を挟んだ向かい側の歩道から、そのビルの入り口を覗いてみた。入ってすぐ左手に入居者のプレートが入るボードがあり、右手にステンレス製の集合ポストがあった。運送屋が直接ドアを開けて、その奥にあるエレベーターを使っているので、オートロックではないようだ。

僕は携帯電話で話をしているフリをしながらしばらく様子を伺った。それから道を渡り、「その」ビルのドアを開けた。
1Fはエレベーターホールと守衛室とポストがあるだけで、小さな蛍光灯以外は明かりもなく、外からの光が主たる光源といった感じだった。
僕は、行き先を探しているフリをしながら、最上階の部屋のプレートを探した。法人住民税対策なのか、ボードにはまばらに行政書士の事務所と個人名が入っているくらいで、ほとんどが白のプレートのままだった。
最上階は10Fだった。1部屋しかプレートを入れる場所がなかったが、その場所は養生テープでふさがれていた。テープの状態から見て比較的最近貼られたようだ。
きっと、「あの」日以降に貼られたんだろう、と僕は思った。

ふと気づくと、守衛室のカーテン越しにガードマンがこちらを気にしているようだった。ここで面倒なことになるのは避けたかった。なにしろ僕はただ「気になって仕方がない」という理由だけで詮索しているわけで、自分の行動をちゃんとした論理で説明できないのだ。

僕は多少わざとらしく、探した宛先がなかった、という残念そうな素振りをして、そそくさとビルの入り口のドアを開けて右に曲がり、自転車を停めておいたビルの南側に行こうとした。
そのとき、後ろから聞き覚えのある声がした。

「あの、すみません。この前、このビルの一番上の部屋を見ていた方ですよね。」

振り返ると、細身のカーゴパンツにパーカーを着た女の子が立っていた。
静かな朝の天気予報の彼女だった。

(つづく)

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