見出し画像

全国水族館の旅㉟北九州市水環境館

水域環境は主に海水域と淡水域に分けられますが、実は2つの水質が交わる特殊な領域が存在します。それが「汽水域きすいいき」と呼ばれる環境なのです。
水中の塩分は淡水ほど薄くなく、海水ほど濃くはない。2つの世界が出会う場所には、どのような生き物が暮らしているのでしょうか。その秘密を実地で学ぶため、北九州市の水族館を訪れました。


北九州市は全国屈指の環境先進都市!

川沿いに位置する汽水域の水族館。所在地は、北九州市の大型都市・小倉です。九州の内外からアクセスしやすい街であり、仕事や観光で常に多くの人々が集まっています。
一般的に、小倉観光と言えば有名な小倉城のイメージが先行すると思います。行楽シーズンではお城の周りには全国各地から観光客が訪れ、小倉はさらに賑わいます。

博多から特急に乗って小倉に到着。駅前はとても賑わっています。
観光地として有名な小倉城。生物マニアの筆者は、濠で昆虫や爬虫類を探していました(笑)。
小倉城のすぐ近くには、二級河川の紫川が流れています。この辺りは河口に近く、海水の影響を受ける汽水域となっています。

自然と都市と文化が融合した北九州市は、とても魅力的な街です。さらに、環境保全について素晴らしい実績を持っており、全国的にトップレベルの環境先進都市でもあるのです。

昭和の高度経済成長期。北九州市地域は四代工業地帯の1つとして、日本の近代化や経済発展を支えてきました。その一方で、有害物質が環境中に排出され、海も川も大気も深刻な汚染に見舞われました。
そんなとき、北九州市の人々は一斉に立ち上がりました。市民・企業・学術機関・行政が一体となって、大規模な環境改善に乗り出したのです。工場での生産工程の見直しと汚染物質の除去、住所の方々による環境クリーン活動、行政での「北九州市公害防止条例」の制定など数々の対策が実施され、北九州市は美しい青空と清流の水域を取り戻しました!
まさに環境再生の先駆にしてプロフェッショナル。公害を克服した奇跡の街として、北九州市の成果は国内外に広く報じられました。近年においても環境保全活動の成果はめざましく、北九州市は公害克服のノウハウを海外に伝えており、OECDからアジア初の「グリーン成長都市」に認定されました

北九州市の人々が守った紫川。汽水域ですので、河口干潟には潮の香りが漂っています。
岸辺の石にはフジツボがついています。ここが海水と淡水の入り交じる汽水域であるとわかります。
周囲の岩場にはマガキやアオノリがついています。魚だけでなく、多くの生き物たちが海から汽水域へやってきているのです。

北九州市水環境館は紫川の岸辺に立っており、小倉城の対岸に位置しています。本館の設立にあたっては北九州市民のアイディアが導入されており、改めてこの街が環境先進都市であると実感できます。
汽水域の特殊な生態系と、自然環境と人類の未来。北九州市から知りたいことは山ほどあります。さっそく、学びがたっぷりの水環境館へと行ってまいります。

紫川の下流に立つ水環境館。北九州市民のアイディアを取り入れ、2000年に誕生した環境学習施設です。
水環境館への入口。北側と南側の2つの入口があり、筆者としては南口から入る方が展示の流れをスムーズに理解できると思います。
いよいよ紫川の環境学習スタート。施設内にはカフェもあり、ゆったりドリンクとスイーツが味わえます。

海と川の交差点に立つ環境学習型の水族館

甦った紫川の流域に息づく生命たち

南口から入った来館者を出迎えるのは、紫川の中の様子がわかる「河川観察窓」です。汽水域ですので、海に棲む生き物もたくさんやってきます。水の向こうに目を凝らしつつ、水棲生物との出会いを楽しみましょう。

紫川の中を覗ける「河川観察窓」。厚さ25.5 cmのアクリルライトパネルを使用しているので、窓は膨大な水圧にも耐えることができます。
紫川に棲む魚たちのイラスト付き解説パネル。塩分変化への適応力の高い魚や、海と川を行き来する回遊魚が数多く生息しています。
紫川の地理的特性。水環境館が位置するのは、下流の汽水域となります。
紫川の生態系についての解説資料。水環境館の近くにはマハゼやオニオコゼなどが生息しています。

それでは、待ちに待った水族展示を見ていきたいと思います。
最初に出会うのは、汽水域に生きる魚たち。我々のよく知る海水魚も多く、海と川の境界という特殊な環境への関心が高まってきます。さらに、暖かい海から黒潮に乗って福岡県にやってきた「旅の魚たち」とも出会えるので、あらゆる環境に広がり適応しようとする生命のたくましさを感じられます。

紫川の生物展示では、汽水域エリアからスタートします。海に棲むドチザメも、河口付近にまでやってくるようです。
おいしそうなマアジやロウニンアジが舞う水槽。紫川の汽水域では、ときどき20 cmクラスのマアジが釣れることもあるそうです。
クロホシマンジュウダイの幼魚。暖かい海の魚ですが、黒潮に乗った個体が北上し、福岡県にやってくることもあります。
黒潮に乗って北九州市にやってきたゴマフエダイの「ゴマちゃん」。
ゴマちゃんの成長日誌。生き物好き・魚好きにとっては、とても興味深い展示資料ですね。

水族館の河川の淡水魚展示では、多くのマニアの方々がタナゴ類との出会いを楽しみにされていると思います。本館においても、美しく可愛いタナゴたちがたくさん飼育展示されています。
紫川だけでなく、全国の水域で普遍的に見られたタナゴ類は、人間による環境破壊のせいで急速に数を減らしています。水環境館ではタナゴ類を救うべく、人工繁殖などの対策を実施しています。各種展示にてタナゴ類の過去と現在を知り、保全のために何が必要なのかを考えてみましょう。

タナゴ類の展示水槽。貴重なカゼトゲタナゴもいるので、タナゴファンの淡水魚マニアは感激することでしょう。
多種のタナゴたちが飼育展示されています。オスにはきれいな婚姻色が出ていますね。
イラスト付きの解説キャプション。初心者では見分けのつきにくいタナゴ類ですが、本館の展示で学べば各種の特徴がスムーズに理解できます。
水環境館でのタナゴの繁殖に関するキャプション。タナゴの繁殖には産卵場所となる二枚貝が必要となりますが、野生の二枚貝を保全するために、本館では人工繁殖にてタナゴを育てています。
紫川に生息するタナゴ類の一覧。かつては多くの水辺で普通に見られた淡水魚ですが、近年では河川環境の悪化により個体数を減らしています。

魚たちに続いて、川でよく見かける生き物といえばカメです。他の地域と同じように、紫川においても、在来種のカメのみならず、繁殖力の強い外来種が見られます。身近な淡水生物であるカメたちの姿、じっくり観察して癒されてください(笑)。

淡水カメ類の展示コーナー。可愛いカメたちがたくさんいます。
ニホンイシガメ。紫川では生息数が少ないと考えられています。
在来種と思われがちなクサガメ。化石や遺伝子の研究により、ユーラシア大陸からの外来種なのではないかと唱えられています。
カメの頭骨や甲羅。表面の角質も展示されているので、彼らがどのように脱皮するのかもわかります。

河川の流域では豊かな植生が育ち、そこにはたくさんの爬虫類や両生類が生息しています。紫川にも多くの種類が息づいており、流域生態系の多様性を感じさせてくれます。美しくて妖しげな北九州市の爬虫類・両生類の素顔、とても魅力的で見とれてしまいます。

爬虫類・両生類の展示エリア。生き物たちが醸し出す不思議な雰囲気、たまりません。
生まれつき体が黒いシマヘビ。小倉城の濠では、黒化個体のシマヘビがよく見られるそうです。
アオダイショウ。全長2 mに達することもあり、九州本土に生息するヘビとしては最大クラスです。
両生類ファンのアイドルと言うべきアカハライモリ。フグと同じテトロドトキシンという毒を有しています。
カジカガエル。紫川において、最も上流域に生息しているカエルです。
ニホンヒキガエル。在来種のカエルの中ではかなりの大型であり、その巨体ゆえにジャンプはせずゆっくりと歩きます。

奇跡の川が教えてくれる未来への環境保全

長大な紫川では、上流域・中流域・下流域のそれぞれで生態系が異なっています。透き通る淡水の清流、水生植物の豊かな中流域、海水の混じる下流の汽水域、さらに本流から外れた小川や池なども存在しており、紫川は数知れない生命を育んでいるのです。
本館における河川の生物展示は、とっても豪華で超見ごたえ抜群です。美しい河川は多様な生命の楽園なのだと改めて理解できます。

紫川の上流域から下流域までをフォローした水族展示。飼育生物の種類はとても豊富で、生き物好きが最高に楽しめます。
タカハヤ。コイの仲間では最も上流に棲むと言われています。
中流域に棲むヤマトシマドジョウ。他のドジョウと比較して、活発に餌を探している印象が強いです。
中流域から下流域にかけて生息するナマズ。紫川における上位捕食者です。
溜池や水路に生息するミナミメダカ。全国的に個体数が減少しており、各地で保護活動が進められています。

そして、やはり気になるのは汽水域。海の魚と川の魚の交差点であり、魚たちの療養所でもあります。河口付近はケガをした魚たちにとって休息の場となり、大雨で流されてきた淡水魚が川に戻るまでの避難場所となります。
本来なら交わることのない2つの世界が、汽水域では奇跡の出会いを果たします。魚たちの交差点にはどのような生態系が広がっているのか、展示を通して学んでいきましょう。

底生魚マゴチ。基本的には海で暮らしていますが、紫川で釣れることもあります。
海から紫川にやってくるシマイサキ。幼魚は頻繁に河口域に現れます。
なんとクロダイも紫川にやってきます。幼魚は全てオスですが、成長するに伴ってメスへと性転換する個体が現れます。
釣り人の間では「シーバス」という名で人気のスズキ。紫川で釣りをすれば、ディナーの食材がたくさんゲットできますね(笑)。
汽水域にはたくさんのハゼ類が生息しています。紫川では秋にハゼ釣り大会が実施されており、釣ったハゼは天ぷらにしておいしく食べられるのです。

河川環境保全における重要なテーマとしてあがるのは、希少種と外来種の問題です。希少種の減少、外来種の拡散、外来種と在来種の交雑による遺伝的撹乱ーー他の地域と同じように紫川でも多くの難題に直面しており、様々な対策が取られています。
日本に連れてこられ、一方的に駆除される外来種も被害者です。不幸な生き物を増やさないために我々に何かできるのか、本館の展示は来館者に強く問いかけています。

北アメリカ原産のウシガエル。小型の水棲生物を幅広く捕食するので、在来種にとっては大きな脅威となります。
ニホンイシガメと中国産のハナガメの交雑個体。外来種と交雑することで在来種の遺伝的撹乱が起こり、種の多様性が損なわれます。
在来種カワアナゴ。福岡県ではかなり希少な淡水魚であり、紫川でも生息個体数は少ないと言われています
オンガスシマドジョウやヤマトシマドジョウといった希少なドジョウ類が展示されています。個体そのものを保護するだけでなく、ドジョウが棲める環境の保全も重要な課題です。
外来種問題に関するキャプション。外来種は決して悪者ではないと理解していただきたいと思います。

学術展示が濃密なうえに、本館では紫川と人のつながりを感じさせてくれる工夫がたくさんあります。各種イラスト展示や映像展示に触れながら学んでいると、紫川が有する生物多様性に感動してしまいます。
本当に素晴らしいと思うのは、これほど美しい自然環境を復活させたのは、地域の人々の力だということです。北九州市は昭和の時代から環境保全の最先端を走り、見事に母なる紫川を甦らせました。自然と人間が調和する未来の形は、紫川の歴史から学べると思います。

大型映像展示「さわって学ぶ紫川」。画面上のマークをタッチしてみると……。
あら不思議、たくさんの動植物が飛び出してきました。紫川をカラフルに彩りましょう!
こちらは紫川に棲む動植物のイラストマップ。上流域から下流域まで、とてもたくさんの生き物が生息地にプロットされています。
イラストマップには、生き物に関するキャプションがたくさん記されています。もっと紫川の自然を知ってみたくなりますね。
大型解説パネルにて、紫川の環境保全の歴史について学習。北九州市の環境再生活動は、多くの人々の指針となっています。

水環境館での学びを経て、北九州市が環境先進都市である所以を理解できました。紫川の環境再生の原動力となったのは、地域自然を愛する人々の強い想いだったのです。
現在こうして海と川の交差点に生命があふれているのも、北九州市の産官学が一丸となって突き進んできたからなのです。環境保全のためには技術開発や日々の研究が必要不可欠ですが、最も重要なのは人々への意識啓発となる環境教育なのかもしれません。北九州市水環境館の学術教育活動は、未来の環境保全のプロフェッショナルを生み出すことでしょう。

恋の浦海岸に漂着したカマイルカの骨格。海と川、両方の環境を感じられるのが本館の魅力です。

北九州市水環境館 総合レビュー

所在地:福岡県北九州市小倉北区船場町1-2

強み:汽水域の特殊な環境を説く生体展示と学術的資料、河川生態系の実像を伝える学術性の高い水族展示、紫川を題材に地球環境と人類の未来について問いかける環境教育性の高さ

アクセス面:JR小倉駅から徒歩10分。美しい小倉の街並みを眺めながら、ゆったりと歩いていきましょう。都市部に近いので、車よりも公共交通機関の利用が理にかなっています。また、本館は19時(午後7時)まで開館しているので、他の有名スポットを巡ってからでも十分に観覧することができます

環境先進都市・北九州市が誇る素晴らしい環境学習施設であり、老若男女問わず、多くの人々に本館を訪れていただきたいと強く思います。紫川の河口域にて間近の汽水域環境の生態系を学習できるだけでなく、北九州市の環境再生の歴史や自然と人類の関係の在り方についても学ぶことができます。環境教育の真髄が詰め込まれた、まさに未来へつながる特別な水族館です!
先述の通り、教育性が非常に高く、なおかつ展示内容がわかりやすいので、誰もがスムーズに 学術情報をインプットできます。汽水域の環境メカニズム、紫川の自然再生の軌跡、河川環境の特徴を体系的に学べます。さらに、生体展示の飼育生物種も多様であり、淡水上流域から汽水域まで幅広い環境の生物分布を知ることができます。
全ての生き物にとって、本館での学びはきっと大切な体験になると思います。紫川の自然環境を学習しつつ、環境先進都市としての北九州市の偉大さを感じてください。

人々の生活と紫川の変化についてのイラスト展示。時代の流れと共に河川環境がどのように変わってきたのか、漫画風の解説でわかりやすく学べます。

この記事が参加している募集

#一度は行きたいあの場所

51,365件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?