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全国自然博物館の旅⑩滋賀県立琵琶湖博物館

日本で一番大きな湖と言えば「近畿の水瓶」こと琵琶湖! この国内最大の巨大湖は、人間を含めた滋賀県の生命にとって母なる存在です。
無限なる湖の大自然はまさに神秘そのものであり、「琵琶湖の研究に生涯を捧げたい」と言う生態学者もいるほど魅力的な湖沼環境なのです。その素晴らしさに触れることのできる博物館が、琵琶湖南部のからすま半島に立っています。


湖の国・滋賀県は環境先進県!

JR京都駅から琵琶湖線に乗って長大なトンネルを通り、駅を2つ進めば、そこはもう湖国・滋賀県です。

海のごとく広がる日本最大の湖。自然景観を堪能するなら、琵琶湖北部の方へ足を伸ばしてみるのがオススメです。

琵琶湖は古来から生命に恵みを提供しており、滋賀県の多くの人々は琵琶湖を見て育ってきました。「マザーレイク」という別称が示す通り、たくさんの生き物を育む琵琶湖は、まさに母なる湖なのです。

それほど魅力的な湖沼環境を学べる博物館へ向かうとなると、当然テンションは高まります。大津市からレンタカーを使って湖岸道路を進み、琵琶湖を眺めながら草津市へ。目指す琵琶湖博物館は、からすま半島の湖畔に立っています。

水族展示を有する本館は、かなり大型の展示施設です。琵琶湖に関する幅広い学術研究に触れることができます。

琵琶湖博物館には幅広い研究分野のプロが在籍しており、展示はかなり濃密です。間違いなく、生き物好きの人なら本館で丸1日過ごせます。展示内容を120%理解するならリピート必須です!

エントランスホール。ガラス張りの壁の向こうに広がるのは琵琶湖です。日本最大の湖を学ぶ旅に出発です!

悠久の歴史を持つ琵琶湖。滋賀の人々のマザーレイクであり、地球が生み出した奇跡の湖を学びに行きましょう。

まずは水族展示へ向かいます。長い通路を進み、琵琶湖のミステリーへと近づいていきます。

琵琶湖の神秘に触れる総合博物館

日本最大の湖に息づく生命との出会い

琵琶湖には固有の生き物がかなり多いです。魚のみならず、プランクトンやプラナリアの仲間にも琵琶湖の固有種がいます。つまり、日本国内どころか、地球規模で考えても琵琶湖は学術的に貴重な環境なのです。
本館には豪華な水族展示があり、琵琶湖・淀川水系の水棲生物を見ることができます。謎に満ちたマザーレイクの住民たちは、いったいどのような生き物たちなのでしょうか。

イワトコナマズの黄変個体。琵琶湖の竹生島では「神様の遣い」として崇められています。
ビワココガタスジシマドジョウ。琵琶湖に棲む固有亜種です。

イワトコナマズの黄変個体をはじめ、初手から強いメンバーが現れますが、まだまだ序の口です。琵琶湖の王様と言えば、やはり日本最大クラスの淡水魚でもある大型固有種ビワコオオナマズです!

壁面に現れたビワコオオナマズの巨大な顔写真。まさに琵琶湖の王者。会いたい気持ちが高ぶります。
やっと会えた、ビワコオオナマズ! 成熟すれば全長1 m以上にもなる大型淡水魚であり、ブラックバスさえも捕食する琵琶湖生態系の王者です。

念願のビワコオオナマズ、最高すぎます!
そしてもう一つの目玉が、琵琶湖の魚でダントツに美味しいと言われるビワマスです。琵琶湖に棲むサケの仲間であり、刺身や天ぷらで食べると至高の美味です。
そんなビワマスの美しい姿をしっかり目に焼きつけ、彼らの不思議な生態を学びましょう。

琵琶湖の固有種ビワマスの剥製標本。湖の低水温域に生息しているサケ類です。
水槽の端っこでビワマス発見! やはりサケの顔つきをしていますね。琵琶湖の漁師さんにとっては重要な魚です。

本館は水族館としても魅力的な博物館(ちなみに法律上、水族館は博物館施設に分類されます)であり、淡水魚の展示では他の水族展示施設にも引けはとりません。むしろ展示スタイルや飼育技術では独特の強みさえあります。

水槽とジオラマが合体した展示。湖畔の水辺が再現されています。
水槽の隣には、詳しくわかりやすいキャプションがあります。琵琶湖水系の魚たちについて、かなりの知識が得られます。
外来種も数多く展示されています。このチャネルキャットフィッシュをはじめ、琵琶湖ではピラニアやレッドフィンバルブまで捕獲されています。無責任なペット放流、ダメ! ゼッタイ!

環境保全のための活動も自然博物館のお仕事。本館では、その高い飼育技術を活かし、希少淡水魚ズナガニゴイの繁殖保護活動に取り組んでいます。本種の展示からは、博物館スタッフの並々ならぬ努力を感じられました。

希少種ズナガニゴイの未成魚たち。これまで確実な飼育方法は確率されていませんでしたが、琵琶湖博物館にて初めて自然繁殖に成功しました。
本館でのズナガニゴイの自然繁殖についてのキャプション。この取り組みにてかなりの生態的な知見が得られたので、学術面での躍進は計り知れないと思います。

水族展示の後半では、各国の巨大湖に棲む淡水の生命が展示されています。キャプションで地理的・気候的な特徴を知り、水槽の中の海外産淡水生物を観察し、琵琶湖の生態系と比較してみましょう。

アフリカのタンガニーカ湖に生息するシクリッド類の一種。子育てをする魚であり、種類ごとに保育スタイルが異なります。
バイカルアザラシ。ロシアのバイカル湖に生息する世界唯一の淡水アザラシです。
こちらの大型水槽では、バイカル湖のチョウザメ類が展示されています。ちなみにバイカル湖は世界で最も古い歴史を持つ湖です。

そして、琵琶湖に棲んでいるのは魚や両生類だけではありません。プランクトンや藻類などの小さな生命が、豊かな琵琶湖の生態系を支えているのです。
本館では、琵琶湖に生息する多種多様な微小生物も展示されています。マクロな脊椎動物とは対照的な、ミクロの生命たちの世界を覗いてみましょう。

プランクトンの一種ノロの拡大模型。大型のミジンコの仲間です。ちょっとエイリアンみたいですね(笑)。
マミズクラゲ。淡水性の小型クラゲです。余談ですが、筆者は学生時代にクラゲ飼育のアルバイトをしておりました。
こちらは顕微鏡で拡大したヒドラ(微小な刺胞動物)を映像投影で展示しています。ミクロの生命の姿がよくわかりますね。

琵琶湖の生態系の複雑さは、本当に計り知れません。アユやフナやタナゴといった湖魚が数多く生息しているうえに、それらを支える小さな生命も無数に息づいていることが本館の展示からわかります。
まさに自然科学の宝庫。では、この素晴らしい巨大湖は、いったいどのようにして生まれたのでしょうか?
その答えは、古生物学の展示室にあります。

豊富な化石展示! 太古の琵琶湖へタイムスリップ!!

琵琶湖の誕生は、なんと400万年前に遡ります。そこから地殻変動を繰り返し、現在の形へと変わっていったのです。
本館では、その成り立ちについて、豊富な資料で詳細に教示してくれています。

琵琶湖の年表です。400万年前の琵琶湖は、今とはまったく違った形をしていました。
新生代後期の地層「古琵琶湖層群こびわこそうぐん」の一部。この時代の地層から、数多くの動物たちの化石が発見されました。

新生代後期の記憶が眠る古琵琶湖層群。当時の日本には数多くのゾウが生きていました。
そう、古代の琵琶湖の畔ではゾウが歩いていたのです!

アケボノゾウ。日本で固有化した古代のゾウです。現生ゾウ類に比べると、やや小型でした。
古琵琶湖層群は三重県にまで及んでいます。このヅダンスキーゾウは、三重県で発見されたミエゾウの祖先と考えられています。見ての通り、骨格の下を通り抜けられます。
約180万年前の琵琶湖のジオラマ模型展示。親子のアケボノゾウが古琵琶湖の岸辺を歩いています。

また、古代の琵琶湖では、獲物を狙うワニが水中に潜んでいました。古琵琶湖層群からアリゲーター類やクロコダイル類の化石が発見されており、当時の魚や陸上生物を襲って食べていたと考えられます。

古琵琶湖層群で発見されたワニの頭骨。クロコダイルは攻撃性の強いワニであり、当時の琵琶湖は今よりもずっと危険な環境だったことがわかります。
古琵琶湖層群で見つかったワニの足跡状況の再現。ワニやゾウの生きていた頃の古琵琶湖を想像してみると、改めて驚きで震えてしまいます。

もちろん、発見されている古生物はゾウやワニだけではありません。魚や貝類の化石も古琵琶湖層群から出土しており、現代の琵琶湖に生きる水棲生物たちの進化を知る手かがりとされています。

古代のナマズ類の化石。360万年前の地層から発見されたナマズ化石には、ビワコオオナマズと同様の特徴が見られます。
貝類カワニナの化石。日本産のカワニナの中で15種が琵琶湖固有種です。しかし、古代から現在まで生存している種類は1つしか確認されていません。

植物もまた、雄弁な歴史の語り手です。更新世の末期になると、地球には「氷期」と呼ばれる極寒の時代が訪れました。当時の環境や植生を知る手がかりとなるのが、堆積した泥の層です。
泥土の中に埋まっている花粉や種子の化石を回収すれば、数万年前にどのような植物が茂っていたのかがわかります。そこから当時の環境が見えてくるのです。

約3万年前に堆積した泥の中から回収された植物化石。氷期の琵琶湖の周辺には、裸子植物の林があったようです。

母なる琵琶湖の環境を守るために

現生の生き物たちの展示は、決して水族展示に留まりません。琵琶湖でつながる滋賀県の自然は、生命の多様度がとても高いのです。
本館では、生息地ごとに環境の特性と合わせて、わかりやすく生き物を紹介しています。

ヨシ原は琵琶湖の岸の重要な環境です。ジオラマと標本や模型を合わせて、ヨシ原の生態系を詳しく教示してくれます。
カヤネズミの生体展示もあります。彼らはヨシなどのイネ科植物を使って、器用に巣を作ります。

琵琶湖と水でつながった水田も、生き物にとっては極めて重要な環境です。なぜ生き物にとって水田が必要なのか、どんな生き物が暮らしているのか、ダイナミックかつカラフルなキャプションや模型展示によって明瞭に理解することができます。

水田に関わる生命が集合したダイナミックな合成写真。下部のテーブルには、水田に棲む生き物の標本が展示されています。
イネの苗と水田の生物を拡大した模型展示。近づいてみると、超小さなカイミジンコやユスリカの幼虫も見えます。

現生の生物展示で筆者が最も圧倒されたのは、どこまでも続く超膨大な展示標本です。昆虫などの節足動物のみならず、貝類や寄生虫までもが多数展示されています。キャプション含めてがっつり味わったので、筆者はかなりの時間をかけて観覧しました。

超々圧倒的と言うべき昆虫標本。滋賀県の多様性すごすぎです。
寄生虫の展示。ルーペを覗くと、液浸標本となった寄生虫たちの姿を見ることができます。
こちらは大型ミミズの展示。ハッタミミズ(写真左)は全長90 cmに達する日本最長のミミズです。

工夫が凝らされた剥製展示も素晴らしいです。ただ整然と並べるだけでなく、来館者の理解度向上のために考え練られているのがよくわかります。
なお、一番迫力があったのは剥製ではなく、オニヤンマの拡大模型だと思います(笑)。

両生類・爬虫類の剥製展示。キャプションのテーマごとに配置が工夫されています。
ネズミ類の剥製を比較展示。野外環境に棲むネズミと、人の住環境に棲むネズミの差違が視覚的にわかります。
迫力満点のオニヤンマの拡大模型。他にもかっこいい大型昆虫模型がありますので、ぜひ来館して見てください。

そして、琵琶湖の現在と未来を考えるパネル展示もあります。琵琶湖がどんな湖なのかを知り、これまで琵琶湖がどのような環境問題に見舞われてきたのかを学べます。現状を知り、未来に向けて行動を起こすことが、琵琶湖が相対する様々な難題を乗り越えるきっかけとなるのです。

パネル展示の一つ。10万年以上の歴史を持つ古代湖は約20ほどしかありません。琵琶湖は学術的・文化的に貴重な古代湖なのです。
過去に渇水が起こったときの状況を、イラストや新聞紙面でわかりやすく解説。大阪や京都の人々にとって、琵琶湖の水は生活のために必要なのです。だからこそ、国民全体の環境保全に対する意識改革が必要と言えます。

外来種の移入や気候変動など様々な環境異変が起こり、日本最大の湖・琵琶湖は危機に直面しています。琵琶湖の環境が悪化したとき、人間のみならずビワコオオナマズたち自然界の生命も危機に瀕します。
だからこそ、今一度、環境と生命のつながりを学び、私たちにできることを考えなくてはなりません。環境先進県である滋賀県のマザーレイクに対する環境活動は、今後の我々の大きな指針となるのかもしれません。

滋賀県に伝わるドラゴンの骨の絵画(正体は古代のゾウの化石)。本館では人文科学の資料も展示されています。史実の中からも、人と琵琶湖の深いつながりを学びましょう。

滋賀県立大琵琶湖博物館 総合レビュー

所在地:滋賀県草津市下物町1091

強み:長年の琵琶湖研究に裏打ちされた展示の圧倒的情報量、生態系のシステムをわかりやすく理解できる工夫満載の展示、琵琶湖と環境問題を絡めて問題提起するメッセージ性・教育性

アクセス面:博物館は琵琶湖の畔に位置しているので、レンタカーまたは自家用車で向かうのがオススメです。琵琶湖を眺めながら、爽快な気分で湖岸道路を走っていきましょう。公共交通機関としては、JR草津駅前からはバスが出ています。体力に自信のある方は、草津駅のレンタル自転車を使って、からすま半島までサイクリングしてはいかがでしょうか。

ものすごく見どころ満載であり、おそらく地方自然展示の充実度では屈指の博物館です。滋賀県のアイデンティティとも言える琵琶湖の自然・歴史文化・環境保全について、どこまでも興味深く深掘りされています。まさに、当地の強みを活かした究極の地方博物館!
地球の歴史の中で琵琶湖がどのようにして生まれ、どのような生き物を育み、人々が琵琶湖からどのような恵みを受けてきたのか、それぞれのテーマを詳しく学べます。大型動物化石の展示や工夫を凝らした水族展示もあり、子供たちも楽しく観覧できるでしょう。

筆者にはかなり好みの博物館です。琵琶湖がこれほど魅力的な自然環境だと気づかせてくれた本館に、心から感謝しております。

滋賀県で作られる湖魚料理のサンプル。館内レストランではビワマスやブラックバスの料理を味わえますので、ぜひ琵琶湖の幸をご堪能ください。

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