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無職になって22日を過ごして思うこと

『自分中心の生活』

この先の人生の時間を100%自分のために使おうと2020年9月30日(水)をもって雇用されていた会社を辞めて22日経った。座って過ごす時間が多い日を数日過ごしたところ、ずっと立ち仕事だったせいか体調が悪くなることに気づき、辞める前にもらってきたあった陶器用の段ボール箱を利用してPCを立って使えるようにテーブルを作った。なるべく買わないで、「今在るものを使って生み出す」試み。前を向くと貼ってあるポスターのマイケル・ジャクソンに時々話しかけるている(返事はない・藁)。毎日大好きな藁を綯い、時には一日中藁綯いをしていることもある。サラリーマンのころは、仕事の休日の日は、経営や業務管理システムの構築の勉強に行き、スキルを活用し収入の糧にしようと、そのための時間に使っていたので家にいたことがなく、洗濯物は家族と離れてから5年くらい外に干したことがない。でも、今は外に干して、日々刻々と変化している空の下ゆらゆらと風に揺られている洗濯物を眺められる幸せ、喜びを堪能している。

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『実質、雇用関係の中で本当の休日はあるのか』

会社に雇用され、その労働の対価として給料が支払われるという当たり前の仕組みで暮らしが成立していたけれど、自分の人生に与えられた一日のうちの8時間という時間・エネルギー・アイディア・思想・信条・・・自分の全てを会社、いわば事業主に捧げていた。多くの人が休日だけが自分らしく過ごせる時間を生きがいにして過ごしていると思う。私は休日も他の組織の一分になるための勉強に時間を使っていたので、それすら無かった。労働時間外はプライベートなどと言って自分の時間を言葉で醸し出すも、それは妄想でしかなく実際は違った。出勤日のために休日も動いているというのが現実だ。先日、実家へ帰省した際に車のトラブルで予定していた日に帰れなかったが、シフトがあったらなんとかして帰って来るか、頭を下げてシフトの変更をしてもらわなければならず、大変だったと思う。また、高速道路をいつも帰省のときは利用していたが、それも休日という自分時間を出来るだけ有効に使うためにわずかでも時間のやりくりのため”お金”を払って時間を買っていたというのが本質だった。休みの日にやらなければなららい諸々のことで使い切ってしまうこともあった。それは私だけでなく、特に家庭を持つ女性は、そのような休日を過ごしている人が大多数なのではないでしょうか。「次の出勤日」をいつも意識した休日の過ごし方になっていて、純粋にに自分のために使っていた時間なんて無かったのです。自分の魂の全てを事業主の利益のために捧げ、そのおこぼれを給与として受け取っていただけだった。

『与えられた労働と、魂の作動による労働』

一日中、藁を縄に綯っている。。。自分の意志ではなく、このようにとか、あのようにとか、これは良くて、これはダメです等と誰かに評価されながら単純で果てしなく続くこんな労働は、報酬と引き換えに与えられたものであったらおそらく苦痛でしかなく気が狂うかも知れない。でも、私は与えられたのではなく、これがやりたい、こうしたい、ああしたい、もっと綺麗に作りたいと能動的な行動が形になり、魂の現われの労働で、これが楽しいと感じ、喜びであり、癒しなのだ。同じ労働でも、この二つのエネルギーの作動は全く正反対なことに気付いた。稲藁は、一人で部屋にいる私の傍に居てくれ、心を癒してくれる。大地から生まれた稲わらに触れることで、同根である自分を感じ、親である大地や水を感じる。感謝の心と未来への願いを込めて、稲わらに再び命を表現する試みを自分の魂の仕事としている。

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『お金にまつわる執着を捨てる』

この世界は”お金”を中心に廻っている。私がいままで生きて来た軌跡を辿り本質を突き詰めると、「お金のため」が纏わりついていることが恐ろしいほど多いことに気付く。地球のために良いことを信条に様々なことを取捨選択してきたつもりでも、それを通せないことが多々あった。それに、やりたいことも沢山諦めて来た。我慢してきた。それもこれも、お金のため諦めていた。家族に反対されたからという理由も、経済的にこの家族を離れたら暮らせないから我慢すると、結局はお金にたどり着くのだ。家族を離れたら離れたで、当然のこと金銭的な余裕がなければ環境のなんのと言っていられないではないかと安価なものに飛びつく暮らしだった。そして、お金を稼ぐスキルがなければ環境を守る自分の信条を通す暮らしもできないから、休日もそのスキルのために使った。また、娘の人生もお金が稼げなかったらやりたいことも我慢する私の二の前を踏ませたくないと、そこに巻き込んだことで心に傷を負ってしまった。そんな時に出会った本が、安冨歩さんという東大の東洋文化研究所教授の著書「マイケル・ジャクソンの思想」。この本を読んで私が、本当の自分を抑えて、しがみ付いていたものはどれもこれも結局はお金。この世の中の経済中心のシステムの歯車から外れないように必死にしがみ付いて、そのことで社会は保たれているようにみせかけて人生の時間も搾取されているんだということに気付いたのです。私たちは、本当にやりたいことを望ん生ききることはいけないことではなく、そうしなければ自分に嘘をつくことになるのだと言うことに。でそして、私は私が自らしがみ付いているこのお金への執着を手放してみることにした。心の葛藤や、不安はあったけれど、勇気をもって一歩踏み出すことで、見える世界の色がガラッと入れ代わるのがわかった。

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『いつの時も探し続けた自分』

持ち物も手放そうと思い、心を痛めながら断捨離をしている最中に、セピア色になった新聞を見つけた。それは、16年前、地元紙上毛新聞の「地球人になろう」という環境問題を取り上げた特集に読者投稿をしていて、取上げられた記事だ。このころから、やっぱり私は未来のこと、地球のことをずっと案じていたのだ。

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私は安冨さんの本と出会い、お金への執着を手放す方向へ意識が歩み出したころ、安冨さんのTwitterのリツイートで、多くの人々の魂を搾取し、地球環境と人々のコミュニケーション能力を破壊する現行の社会システムに異議を唱え、新しい経済の場を作るという活動をしている吉田ケンゴさんを知り、宮崎のひょうたん市場作りに参加したいと思うようになった。現地の活動とエネルギーを肌で感じることと、そこへ移住するにあたって抱えている不安をクリアするため2020年7月末に、有給休暇と、コロナの給付金10万円を利用してタイヤを新品に交換し、一人で車で九州へ出掛けた。往復2600㎞の一人旅だった。諦めていたけれど、少しづつ魂の赴く道を探し求めれていればその思いはいつか繋がるのかもしれない。自分でも驚くほど世界が変わり、エネルギーが沸き起こり不安は覆った。しかしだ‼12月にひょうたん市場へ移動する費用が捻出出来ない。またしてもお金か!またそのためにアルバイトするのか・・・いや、そのためにまたもや時間と魂の搾取をむざむざとされに行かない。私は自分のやりたいことでゼロから生み出す。この世界の全ての命が等しく尊く輝かしいもので在る世界を願っているのだから。

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藁がある。私にはまだ、住む家と藁があるじゃないか。日々、ゼロから生み出す試みを今後もTwitterとこのブログで近況アップしていきます。どうか、皆さん、応援宜しくお願いします。

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関係ないけど、今日は10月22日。43歳で亡くなった母の命日だ。健康な体に産み育ててくれて私はお母さんより沢山生きてます。いつも守られていることを感じています。ありがとう。これからもよろしくお願いします。

最後に、読んでくれてありがとう。。。抹茶と生姜のブラウニーをどうぞ♪(@^^)/~~~

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レシピ✴︎小麦粉200g・米油80g・砂糖大さじ3・卵1個・製菓用抹茶大さじ3・生姜の甘酢漬け適量・ベーキングパウダー大さじ1/2 フライパンで弱火で20分くらい途中で上下をひっくり返す


2020年12月〜この搾取とハラスメント、地球環境の破壊を容認する人の経済活動に薪をくべることをやめ、人々が自立して支え合う新しい経済や繋がりを創り出す目的で活動している宮崎県のひょうたん市場作りに参加予定。テントで寝袋のキャンプ暮らしになります。サポートで応援資金を募ってます!