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銀河皇帝のいない八月 ㉚

5. スター・サブ

 空里たちはスター・コルベットで〈青砂〉ウォーステーションに帰還した。

「それが皇冠《クラウン》か?」
 シェンガが言った。
「そうよ。似合う?」
「ちょっと、トゲが痛々しいな。かぶってて辛くないのか?」
 ティプトリーも改めて空里の姿に目を細めた。
「なんか……イエスがかぶってたいばらの冠みたいね」
「えー、やな感じ……」
 空里は顔をそらすと、スター・コルベットの搭乗口に立っている二人の完全人間ネープを見た。

 三〇三と三〇二……まるで鏡の前に立つような瓜二つの少年と少女が話をしている。やがて少女の方は、肩をすくめるというこれまた完全人間らしくないそぶりを見せて、その場を去って行った。

 少年の方へ歩み寄り、空里は声をかけた。
「お姉さんとケンカ?」
 あるじの言葉の意味をはかりかねて、ネープは一瞬沈黙してから答えた。
「三〇二ですか。あれは姉ではありません。私自身と言ってもいいくらい自分に近い個体ですが、内面はかなりかけ離れた存在です」
「どういうこと?」
「彼女はある種の、突然変異体なのです。姿形以外、どんなネープにも似ていません」
「うん、なんとなくわかる。あなたと違って、妙に人間臭いわよね」
 からかい混じりに言ってみたが、少年は意に介さなかった。
「その上、ネープとしてはかなり心配性です」
「何か、心配ごとを打ち明けられたの?」
 ネープは珍しくためらいがちに答えた。
「スター・サブの……反時力エンジンが不完全だというのです」
「え……?」
 空里は思わず、一度言葉を飲み込んでから問いを重ねた。
「何か……故障があるとか?」
「いいえ。システムそのものに問題はありません。ご存知の通り、あのエンジンはクアンタ卿の助力を得て完成したばかりです。いわば試作品なのです。三〇二は十分なテストを経ずにそれを使わざるを得ない状況を、不完全だと言っているのです」
 ネープは、自分の分身とも言える少女の去った方を見つめながら言った。もしかしたら、彼自身もそう思っているのでは……? 
「でも……もうその船で行かなければならないんでしょう?」
「その通りです。時間はありません」
「じゃあ、もう覚悟を決めるしかないじゃない。私はあなたと……あなたたちネープの技術を信じます」
 空里の言葉に、ネープは顔を上げて応えた。
「最善を尽くします」

「ちょっと、何こいつ?」
 ティプトリーの声に振り返ると、彼女の周りを一体のドロメックが泳ぎまわっていた。
 普通よりはるかに小ぶりなそのドロメックは、船の方へ逃げて来るティプトリーの後を着いて来た。
「ミスター・ネープ! 追っ払ってよ!」
「そのドロメックも一緒に行くんだ。我々の姿と、空里の即位を帝国全土に見せるために」
「ああ、中継カメラマンてことね」
 ティプトリーが払い除けるように手を振ると、ドロメックは今度は空里のまわりを漂い出した。
「うっとうしいかもしれませんが、これはアサトのそばにいるようセットされています。〈即位の儀〉が終わるまで、我慢してください」
 空里がドロメックを突っつくと、その機械生物は触手を震わせて怯えたような様子を見せた。
「なんとなく可愛いのはいいけど……プライバシーがなくなるのはやだなあ……」
 ドロメックは、空里の言葉に首……ではなく、ほとんど目玉形のカメラからなる頭部をかしげた。
「いい? お風呂とトイレには着いてきちゃダメよ。寝る時もダメ。どこか別の場所に……そう、ベッドの下とかにいて」
 まるで理解したかのように、機械生物はしゃんと姿勢を正した。
「では、乗船します」

 ネープに促されてランプウエイを昇る空里のあとを、小さなドロメックは忠犬のように着いて行った。

 スター・コルベットはウォーステーションから離床した。

 行く手には、全長百メートルを超えるスター・サブの巨体が待機している。コルベットはこの船の甲板に固定され、乗員は接続されたチューブから母船に乗り移るのだ。反対側の船底部には、玉座機スロノギアの黒々とした機体が係留されている。

 やがてスター・サブはゆっくり旋回すると、星百合スターリリィとそのスター・ゲートへ向かって飛び去った。

 スター・サブのブリッジはコルベットよりはるかに広かったが、当然、皇帝専用船の快適さは無かった。
 普通は何人かの乗員によって運航されるのだろう。左右の壁を埋め尽くすたくさんの機器類やパネルの前には、間隔をあけて椅子が据え付けられている。だが船は今、ブリッジ中央の操舵席についたネープ一人の手で動かされていた。

「まるで、機械の腹の中ね」
 ティプトリーが周りを見渡しながら感想を述べた。
 ブリッジの床は階段上のスキップフロアになっており、前半分が一段下がっていた。
「これ、何?」
 前方の下段デッキをのぞき込んだ空里が聞いた。
 そこには、人ひとりが入れそうな大きさのカプセルが三つ並んでいた。上面が透明でなければ、棺桶のようにも見える。まさか、この中で眠るのでは……
 操舵席からネープが答えた。
「加速時重力回避用の、耐Gカプセルです。反時力航法に入る際、船は超加速をおこない、航行中も加重力状態が続きます。この中で耐重力《アンジッド》液に体をひたすことで、安全を確保するのです」
「体の外も中も……な」
 クアンタが鼻をつまんでおどけながら言った。
「中……って……」
耐重力アンジッド液は呼吸出来るのです。体内に取り込むことで体組織を重力から守り、かつ肺に酸素供給をおこないます」
 ティプトリーがうつろな表情で言った。
「聞いたことある……地球でも、宇宙旅行や深海活動用に呼吸出来る液体が開発されてるのよ。パーフルオロカーボンて言ったかしら……」
 だが、自分で試すことになるとは思っていなかった……
 空里も怖気だった。
「それ……どうしてもやらなきゃダメ?」
「はい。他に加速時の重力から身を守る方法はありません」
「ああ……」
 銀河皇帝の後継者は、頭を抱えるとおおげさにうつむいて見せた。

「宇宙で一番偉いのに、なんでこんな苦労しなきゃいけないの……?」



つづく

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