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「ありふれた愛、ありふれた世界」3

シーン3 市民病院・麗子病棟(数日後)

午前中。
スズメのさえずりチュンチュン。
浩二と明日香が退院の支度をしている。

明日香 「兄ちゃん、棚の中のもの、全部この中でいいの?」
浩二  「大丈夫。適当に入れておいて」
明日香 「はいはい・・・ねえ」
浩二  「あん?」
明日香 「愛ちゃんは麗ちゃんと一緒に退院するんだよね」
浩二  「そうだよ」 
明日香 「なんでキョン姉の赤ちゃんは一緒に退院できないの?」
浩二  「おい!お前それ、絶対キョン姉には聞くなよ」
明日香 「何で?」
浩二  「デリケートな問題なんだ」
明日香 「デリケート?」

そこに愛を抱いて戻ってくる麗子。

浩二  「お帰りママ。愛もお帰り」
麗子  「ありがとう。パパ」
明日香 「愛ちゃーん退院おめでとう」
麗子  「明日香ちゃん手伝いに来てくれてたのね。ありがとう」
明日香 「本当は愛ちゃんを抱っこしに来たの」
麗子  「ほんと?愛、明日香オバちゃんが抱っこですよー」
明日香 「かわいいなあ愛ちゃん」
麗子  「はい(愛を抱かせようと)」
明日香 「よっとー」
麗子  「頭のとこ、しっかり持ってあげて」
明日香 「わかった」

愛を抱く明日香。

明日香 「うわー。壊れちゃいそう」
浩二  「おい、首座ってないんだからちゃんと!」
明日香 「愛ちゃん!明日香オバちゃんですよおー」
浩二  「麗子」
明日香 「え?違うの?」
麗子  「大丈夫よ、パパは心配性なんだから」
浩二  「ほんとか?」
麗子  「明日香ちゃん上手」
明日香 「ほーら。ぎゅってしたら一発で死んじゃうね」
浩二  「やめろ!」
明日香 「するわけないでしょ」

そこにやってくる弘一。

弘一  「ごめんごめん。今日退院だって?おめでとう」
麗子  「ありがとうございます」
弘一  「愛ちゃん、元気そうでちゅねー」
明日香 「誰?」
浩二  「うちの長男」
弘一  「明日香か?」
明日香 「麗ちゃん・・・(抱いていた愛を麗子に返す)」
弘一  「お前大きくなったなー。前はこーんなチビッコだったのに」
明日香 「あんたがいなかっただけでしょ。ずーっと」
弘一  「な。気付いたら十五年経ってた」
明日香 「なんで戻って来るの?」
弘一  「なんでって?まあ・・・そろそろ戻ろうかなって」
明日香 「みんなに散々迷惑かけて。いまさら何?」
浩二  「明日香」
明日香 「兄ちゃんだって言ってたじゃん」
浩二  「今はやめとけ」
明日香 「あんたはうちの面汚しなの。戻ってきちゃダメだってなんで分かんないの?」
弘一  「面汚し?俺が?」
明日香 「あんたに決まってるでしょ」
弘一  「明日香、お前言うようになったなー」
明日香 「ひとの気持ちなんて全然考えないんだねあんた」
浩二  「赤ん坊の前なんだからさ」
弘一  「ほら怒られた」
明日香 「あんたが帰ってくるからでしょ」
弘一  「そんなに怒るなよ」
明日香 「早く帰りなよ」
浩二  「明日香やめろって・・・どうだった?」
弘一  「ああ、合併症がないかどうか確認だって」
麗子  「合併症・・・」
明日香 「何?」
浩二  「キョン姉の赤ちゃん。今日検査だったんだ」
弘一  「心臓疾患も視野に入れないといけないらしい」
明日香 「何?キョン姉の赤ちゃん心臓病なの?」
弘一  「いや。そういう訳じゃない」
明日香 「じゃあ何?心臓疾患って言ってたじゃん」
浩二  「・・・」
弘一  「ダウン症だよ」
明日香 「ダウン症?」
弘一  「染色体が人より一個多いんだよ」
浩二  「・・・」
明日香 「ダウン症って障害者ってことだよね」
弘一  「そうだよ」
明日香 「そうだよって?」
弘一  「別に大した問題じゃない」
明日香 「大した問題じゃない?障害者よ。血が繋がった甥っ子が」
浩二  「明日香、キョン姉のことも考えろ」
明日香 「有り得ない。マジないわ」
浩二  「明日香」
明日香 「あんたのせいだ。あんたが帰って来たりするから」
麗子  「明日香ちゃん」
明日香 「なんで?なんで事前検査とか受けなかったの?そういうこともしないで障害がある子が生まれました。はいそうですかなんて言えるはずないでしょ!私、友達にも話しちゃったんだよ。どうするのよ。キョン姉も無責任だよ」

弘一、明日香を平手打ち。

明日香 「何すんのよ!」

明日香、弘一を引っ叩き返す。

弘一  「え?」
浩二  「キョン姉が今どんな気持ちでいるか考えてみろ」
明日香 「・・・帰る」

明日香、荷物を持って去ろうとすると
来た今日子にぶつかる。

明日香 「キョン姉・・・」
弘一  「今日子、終わったのか?」
今日子 「うん。ありがとねヒロ兄、付き合ってくれて」
弘一  「全然。甥っ子のためだからな」
今日子 「そっか。麗子ちゃんと愛ちゃん今日退院だよね」
麗子  「お義姉さんも今日退院ですよね」
今日子 「うん、私はね。でもうちの子はまだ保育器から出れないから」
浩二  「残念だね・・・」
弘一  「仕方ないだろ。今のあの子には保育器が必要なんだから」
今日子 「うん・・・」
明日香 「キョン姉」
今日子 「ん?」
明日香 「キョン姉の赤ちゃんダウン症なんだって?」
浩二  「明日香!」
明日香 「本当のことでしょ!」
浩二  「そういうことじゃないだろ」
明日香 「じゃあどういうことよ!」
浩二  「キョン姉がどんな気持ちか考えろって言ってんだ」
明日香 「考えたから言ってんの」

気まずい空気。

今日子 「ははは。なーんだみんな知ってるんだ」
浩二  「いや」
今日子 「知ってるんだよね、ダウン症のこと」
浩二  「まあ・・・」
弘一  「俺がみんなに話したんだ」
今日子 「そう・・・」
浩二  「別に家族に隠したって仕方ないだろ。誰のせいでもないんだし」
今日子 「じゃあなんであの子はあんな風に生まれたの?」
浩二  「そんなの運が悪かったってことだろ」
今日子 「そう。私の運が悪かったからこの子が生まれたの」
麗子  「お義姉さん」
今日子 「私だって愛ちゃんみたいに普通の子が良かった。全部私が悪いの。普通の子が産めなかった私が悪いの。ちゃんとした子が産めなくてごめんなさい」
明日香 「キョン姉・・・」
弘一  「あの子はちゃんとした子だ」
今日子 「え・・・」
弘一  「俺のかわいい甥っ子だ」
今日子 「でも・・・」
弘一  「でもじゃない」
今日子 「でも・・・」
明日香 「だからあんたはダメなんだよ。きれいごとばっかり」
弘一  「きれいごと?」
明日香 「世の中はそんなきれいごとじゃ生きていけないって何で分かんないの?」
浩二  「明日香やめとけ」
明日香 「私にはキョン姉の気持ちが分かる。みんなは今まで障害のある人をどういう風に見てた?私は可哀相だなって思ってた。あまり関わらないようにしようって思ってた。私の人生には関係ないと思ってた。でも今度は私たちが周りの人たちに可哀相って思われるの。関わらないようにしようって思われるの」
弘一  「だからなんだ」
明日香 「差別される側になるってこと!」
弘一  「はあ?」
明日香 「障害者が身内にいるっていうのはそういうことなの!」
弘一  「それはお前が人に差別されたくないだけだろ。そんなの今日子の赤ちゃんとは全然関係ない。お前自身の問題じゃねーか」
明日香 「なにそれ?意味わかんない」
弘一  「何で分かんないんだ」
明日香 「あのさ」
今日子 「分かってる。頭では分かってるよ。私が赤ちゃんを守ってあげなくちゃいけない。そんなこと言われなくたって分かってるよ」
浩二  「キョン姉・・・」
弘一  「分かってるなら」
今日子 「・・・」
明日香 「そんな簡単じゃないって言ってるでしょ」
今日子 「分かってるけど・・・私には育てられない・・・」
明日香 「え?」
今日子 「・・・麗子ちゃん」
麗子  「はい」
今日子 「麗子ちゃんは愛ちゃんのこと愛してる?」
麗子  「え?ええ」
浩二  「何言ってんだよ。当たり前だろ。自分の赤ちゃんなんだから」
今日子 「そうだよね・・・でも私はそうじゃない」
浩二  「え?」
今日子 「私は赤ちゃんのこと愛してるって言えない・・・可愛いと思わなくちゃいけない、愛さなくちゃいけないって思うけど・・・逃げたいって思ってる」
弘一  「・・・」
今日子 「最低だよね・・・でもダメ・・・どう愛したらいいか本当に分からない・・・」
麗子  「お義姉さん・・・」
明日香 「キョン姉・・・」
弘一  「・・・」

やったやったやった!赤ん坊を抱えて修一が来る。

修一  「今日子ちゃん!」
今日子 「修ちゃん」
修一  「ほら!ほら!」
今日子 「え?どうして?」
修一  「許可が出たんだ!保育器から出してもいいって!ほら!抱っこできるんだよ!」
今日子 「え?」
修一  「頑張ったんだよ。この子頑張ったんだよ。今日子ちゃんに抱っこしてもらいたくて頑張ったんだよ」
今日子 「でも・・・」
明日香 「キョン姉・・・」
今日子 「・・・」
弘一  「今日子、お前の赤ちゃんだぞ」
修一  「ほら!早く!」

半ば無理矢理抱っこさせられる今日子。
その重さと温かさを感じて。

修一  「ね、可愛いでしょ?」
今日子 「軽い・・・赤ちゃんってこんなに軽いの?」

想いが交錯して熱い涙を流す今日子。

今日子 「・・・可愛い」
修一  「な、な、な」
今日子 「・・・私の赤ちゃん・・・私の・・・」
麗子  「可愛い」
弘一  「よかったな。やっと抱っこしてもらえたな」

皆、周りに集まって突っついたりして。

明日香 「赤ちゃんってすごい・・・」
今日子 「ごめんね・・・私、あなたを絶対に幸せにする・・・あなたのこと世界一愛してるからね・・・」
明日香 「キョン姉、よかったね」

周りもなんだか笑い泣きとなり。

修一  「・・・世界・・・ねえ!『世界』はどう?この子の名前?」
今日子 「世界?」
修一  「この子は俺たちにとって世界一の赤ちゃんだろ。だから『世界』!」
今日子 「世界ちゃん?」
修一  「あれ?ダメ?」
今日子 「(何度も頷く)」
弘一  「世界、いいね」
浩二  「俺も賛成!」
明日香 「私も!」
修一  「じゃあ満場一致!ご紹介します。明神世界です」
今日子 「世界」

音楽:「It’s a small world(オルゴール)」

麗子  「愛、従兄弟の世界くんだよ!よろしくね」
今日子 「世界、私があなたのママだよ。世界!(抱く力が強くなる)」
弘一  「良かったな世界!・・・ほーら世界ベロベロバー」

世界が泣き出す。

浩二  「ああ、泣いちゃった」
今日子 「ヒロ兄!」
明日香 「顔が怖いんだよ!あっち行ってて!」
弘一  「え?俺?」
浩二  「ほらほら離れて離れて」

など微笑ましくもありながら。
暗転。

日替わり。

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同じ日に生まれた二人の赤ちゃん。ひとりは元気な女の子、もうひとりはダウン症を持った男の子。幸せになるために生まれてきた二人の赤ちゃんを授かった、二つの家族の物語です。楽しく、時に息をのむように読んでいただけたら幸甚です。気に入ってくださったらぜひお買い求めくださいね。

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