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【小説】 恩贈り #4

◆◆前回までのストーリー◆◆
父親を亡くした手島一也は、十五年ぶりに北海道の田舎への帰郷を決めた。教師であった父親の葬儀には、多くの教え子が詰めかけた。家に帰らず、帰っても自分に背中ばかりを向けてきた父親。なぜ、こんなにも多くの人が名残を惜しむのか。葬儀の翌日、一也は父を慕う卒業生たち6人に誘われる。そこで、二十八年前に起こった列車脱線事故と、その被害者を救うために遅刻した8人のための卒業式を父が開いたことを知った……。

 6人の話を聞いた翌日、父宛に現金書留が届いた。中には、三十万円と一筆箋が入っていた。一筆箋には、凛とした文字が整然と並んでいた。

<手島先生には生前大変お世話になりました。先生にお金をお返しできず、またお礼すらできず、大変後悔しております。お金は先生にお借りしていた分になります。 川瀬裕美>

 送付元は、北海道ではなく東京だった。住所を見ると、会社の近くだ。土地勘もある。おそらくあの辺りのマンションだろうと脳の中で目星をつけた。

「ねえ、母さん。親父は誰かに金を貸していたの?」
「うーん。まあ大きい金額じゃないけれど、ちょこちょこはね」

 意外だった。あの厳格な父がお金の無心をする人とつながりがあるとは思えなかった。仕事ばかりで、遊ぶことなど全くない。お酒もたしなむことしかしなかった、そんな父は金銭の貸し借りとは無縁に思えた。

「どんな人に貸していたの? 母さんも知っている人?」
「まあ、貸したというよりは、自分が好きでやっていたんだけれどね。お金がなくて修学旅行にいけなかったりとか、進学志望なのに一回三千円の模擬試験もうけられなかったりする生徒たちに払ってあげてたのよ。
 もちろん生徒や親御さんは遠慮することが多かったけれどね。まあ、どうしても放っておけなかったんでしょうね」

 そんなこと、全く知らなかった。
 公務員の父一人の給料で一家を養うのだ。決して、余裕がある家計ではない。それに、例え父が全財産をはたいたところで、救える生徒の数は限られているだろう。教師の父が見える面だけをサポートしたところで、生徒を本当の意味で貧困から救うことにはならないだろうとも思う。

 まさか、この川瀬という女生徒に特別な感情でも抱いていたのだろうか。そんな思いが浮かぶと、途端に父への不信感が心を覆った。教え子の6人の話を聞いた後に広がったものとは全く異なる色合いの感情がふつふつと湧き出す。

 そもそも生徒へそんなにも不平等な対応をしてよいものか。
 クラスメイトからも教師からも忘れ去られたような自分の冴えない高校時代の記憶がよみがえり、感情の色合いは次第に怒りへと変わっていった。
 小学校だろうと高校だろうと、教師に気に入られる生徒というものはいる。うまく媚を売っているように見えた彼らは、自分の成績さえうまく操っているように見えた。教師に煙たがられ教室のはじに身を置いていた自分ときらびやかなクラスメイトが、遠い記憶の中で対峙した。
 父がそんな媚を売る生徒のためにお金を使っていたのかと思うと、許しがたかった。
 気づけば、現金書留の封筒に書かれた住所と電話番号をスマホにメモしていた。

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