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社長の始末書 22 枚目〜Dボート、浮上ス〜

私は怖くて乗れません

ある日、どんちゃんが私をカフェに呼び出しました。快晴の下、二人でテラス席に座ります。

どんちゃんはアイスコーヒーのグラスの一番下を爪の先でコンコンと叩きながら、こう言いました。

ど「オレはずっとここにいた。潜水艦だったんだ。」

私「はい? あ、Uボートの話ですか?」

私はどんちゃんの言っている意味が分からず、彼が一番好きな映画と言って憚らない「Uボート」の話なのかな? と思ってこう答えました。

ど「映画の? あはは。違う。オレ自身がずっと潜水艦だったってこと。社内では目立たないようにしながら、ビジネスチャンスを探していたんだ。いろんな場所に行って、いろんな人に会ったよ。」

そうか。どんちゃんが会長になってから自分に課したミッション「新たなビジネスシーズ(ビジネスの種)を見つけること」これがうまくいったのか!?

ど「うん。ようやくね。長かったけど、あるご縁から見つかった。これからオレたちの仲間とともに、たくさんのお客様を喜ばせ、大きな利益をあげるチャンスがやってくる。サトシはよく頑張ったな。」

私は驚きました。「頑張った」なんてとても言ってもらえるような状況ではありません。社長になってから大きな成果はあげられなかったどころか、財務状況も最悪です。

正直、今日は叱られるつもりで来ています。

「いえ、褒められることなど、なにもしていません…。」

私がそう言うと、どんちゃんは目ヂカラ強めにこう答えました。

ど「それは違う。まず、新教材でウォンツ初の大ヒットを放ったのは本当に素晴らしかった。さらにサトシの一番の功績は、厳しい状況の中、スタッフを守ってくれたこと。今回のプロジェクトには即戦力が必要となる。しかも、ECが得意な精鋭たちがね。」

…私がスタッフを守った? 私は思わず、大きな声でどんちゃんにこう言っていました。

私「違います! 私がスタッフを守ったんじゃなくて、彼らが私を……守ってくれたんです!!」

目が潤んできてしまった私を一瞥すると、どんちゃんは席から立ち上がりました。そして「サトシ、よく聞いてくれ。」と言って、手をポケットに突っ込み、こう話し始めました。

ど「クライアント候補はA社という。その社長はオレの古い友人だ。志が高く、世界を笑顔にしようと本気で頑張っていらっしゃる。いまはA社自体で通販事業(EC)を回しているが、運営体制がお客様の増加率に追いついていない。だからオレはウチですべてを引き受けるべく動いた。」

私「つまりそれって、ECの代行業をするってことですか?」

ど「そういうこと。オレが思うに、この事業はウォンツはもちろん、パートナー企業も一丸となって請け負わなければ運営できない規模となる。そこで全体の司令塔となり、現場を回せるのはサトシしかいない。ってことで、あとは頼んだ。よろしくな。」

そこで目の前にヒューッと一陣の風が舞ったかと思うと、すでにどんちゃんの姿は消えていま、、、せんでした。私が彼の袖を引っ張って止めたからです。

私「ちょ、ちょっと待ってください! えっと、で、私は具体的になにをすれば良いんですか?」

ど「A社の社長に一回会ってみて。そしてサトシくんの得意な世界一ワクワクするプレゼンで、契約を勝ち取ってきてください! それだけです!」

それだけ、がどれだけなのかの尺度が不明なのは置いといて、私は武者震いがしてきました。人生に幾度と無いビッグチャンスの予感がします。悩んでいるヒマなどありませんし、それ以上の詳細を聞こうにも、どんちゃんはつむじ風となって飛んでいってしまいました。

私も急いで会社に帰り、A社のあらゆる資料を読み込みました。

現状、規模はまだまだ小さいですが、非常に将来性の高い事業を営まれていらっしゃいました。EC に慣れた私達が全力でサポートすれば、どんちゃんの言う通り、大きく花開く可能性があります。

私はA社の事業を把握、分析したうえで、有効だと思われる改善案を優先順に書き出し、それを実行するフェーズも時系列に並べました。いわゆるロードマップです。(こういう仕事は得意なんです)

そして1 週間後、A社の社長の前でプレゼンをさせていただきました。場所は都内高級ホテルのラウンジカフェ。出向いたのは私一人です。

それはまさに、運命の分かれ道でした。私と仲間たちの人生がかかっていますので、緊張は史上最高度。しかし逆に言えば、私にはもう無くすものは何もありません。大袈裟ではなく命がけの気持ちで、ヒトコト一言に力を込め、フルパワーでプレゼンをしました。

かかった時間は1 時間弱だったでしょうか。当時はメンタルとともに体力も落ちていたので、話し終わったとき、私はすでに抜け殻のようでした。この頃は貧血のような症状が出ており、集中すると目眩がひどい状態だったのですが、社長のお返事をいただくまでは倒れられません。

「社長、私の話は以上です。ご契約はいかがされますでしょうか?」

できることはすべてやり切った。あとは運を天に任せるのみ、です。

するとA社長は、腰掛けていたソファーからすっと立ち上がり、私に向かってこう言われました。

「私は君のようなヒトを待っていたんだよ。」

社長は私に向かって片手を差し出しています。

もう、感動のスケールが大きすぎて、言葉になりません。私も跳ね上がるように立ち、A社長と握手を交わしました。

正直、いきなり立ったので強い目眩がしていたのですが、気が遠くなりそうな自分に堪え、両手で社長の手を握ります。

いままでの苦労が万感の思いで胸に迫ってきます。

実は涙も少し出ていました。すみません。こんなタイミングで泣いちゃダメだとは分かっているのですが、泣き虫なんですね私は本当に。A社長はもちろん、このご縁を作ってくれたどんちゃん、そしてすべての仲間たちに感謝を捧げた瞬間でした。

こうして、ウォンツ初のビジネスモデル「EC代行業」がスタートしたのです。

それからというもの、私は全身全霊でA社の事業に打ち込みました。

ロードマップをベースにいままで培ってきたECノウハウを注入すると、事業はまさにうなぎのぼり。パートナー企業との連携もうまく構築することができ、売上は目を見張るペースで伸びていきます。

あれよあれよと言う間に、A事業の売上規模は既存の教材事業をはるかに超え、我が社のメイン事業に育ってくれました。同時に、私の精神力、体力ともに回復していきます。

そして3 年後、多額の融資が通り、夢だった大きな物流倉庫を内包した新社屋も建てることができました。これでたくさんの商品をシームレスに発送することができます。

とはいえ初めて請け負ったEC代行業務です。運営は順風満帆とは程遠く、トラブルや苦労は日常茶飯事でした。もうダメかも、と諦めかけたピンチもありました。が、私が絶大な信頼を寄せるスタッフたちと協力し、すべて乗り越えることができました。

しんどいときも常に私の心の中にあったのは、何もうまくいかなかったあの3 年間です。その苦しみを思えば、つらくとも夢のように有り難い日々を過ごすことが出来ていました。そして私の恩人であるスタッフやそのご家族をハッピーにできている。それがなにより一番うれしいことでした。

しかしこのとき既に、私の人生のジェットコースターはまた下降に向けて動き出そうとしていたのです。

次回は勢いに乗ってはじめた新事業で私が犯してしまった大失策の数々(1 個じゃないんです)を、意を決してお伝えしようと思います。


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