社長の始末書 27 枚目〜オリジナル人事評価制度の破綻(後編)〜
私が全力で作成に取り組み、社内に導入したオリジナルの人事評価制度。
しかしそれは一部のスタッフからの激しい抵抗を受けるという、思わぬ大波乱を巻き起こしました。そしてある日、私が一番恐れていた事態が起こってしまいます。
面談で一番重い雰囲気に陥ってしまっていたスタッフが、退職を願い出たのです。
これは私の意図と完全に反します。全力で慰留しましたが、その方の意思は固く、残念ながら翻意させることは叶いませんでした。
落胆した私に、追い打ちが連続でかかりました。なんとそれから一人、また一人と退職者が増えていってしまったのです。何人かは人事評価制度とは別の退職理由の方もいらっしゃいましたが、本当のところは今も分かりません。
そしてたった半年ほどの間に、10 名近くのスタッフが次々と辞めていってしまったのです。会社として、完全に異常事態です。
私と会社の運命を変える! とまで意気込んでいた人事評価制度は完全に裏目に出てしまいました。運命は悪い方向に変わってしまい、スタッフの心を疲弊させ、貴重な戦力を一気に無くしてしまったのです。
私はこの事態を重く受け止め、人事評価制度を終了とせざるを得ませんでした。あれだけ時間と労力をかけた希望溢れる企画が、スタートからわずか半年でまさかの空中分解です。
私はいったい、なにをしてきたのか・・・。
創業以来最高の売上を作った自信は完全にへし折られ、ただただ心の痛みに耐えながら、ひとり途方に暮れていました。
そんなある日、くまさんと2 人、車で移動する機会がありました。私は落ち込んでいるのを悟られまいと笑顔で元気に挨拶し、助手席に座ります。くまさんは私をチラリと一瞥すると、微笑みながらこうおっしゃいました。
「どしたのサトシくん? めっちゃ悩んでるみたいだね。」
くまさんはいつも優しい顔をされていますが、恐ろしいほど私の心を見抜きます。私は観念し、気持ちを洗いざらい打ち明けました。
するとくまさんは「じゃあ、ボクからは一個だけヒント」と言って、こう続けました。
「サトシくんが会社の売上をアップさせたい理由は? 会社を愛しているからだよね。じゃあ、スタッフに伸びてほしい理由は? スタッフを愛しているからだよね? サトシくんは彼らへの愛情はしっかり伝えていたかな?」
愛情を伝える? スタッフに?
「愛情ですか…。感謝なら結構伝えてはいるつもりなのですが…。ていうかすみません、スタッフへの愛情って、どうやって伝えれば良いんでしょうか?」
するとくまさんは、「サトシくんも知ってるくせにー」と微笑みながら、
「愛することは、認めることだよ。」
そのとき、私は体がビクッと震えました。そして鮮明に思い出したのは、以前、くまさんとどんちゃんとみっこちゃんが組んでいる3 兄妹バンド「一途(いちず)」の学校コンサートに行ったときの記憶でした。
一途は2008 年からいじめ撲滅、自殺防止、夢を叶えるお手伝いという目的で学校向けに音楽活動をしており、結成当時は私もよくコンサートのサポートに行っていました。
ある小学校で、いじめられた子にインタビューをして作った曲を歌ったあと、どんちゃんが児童に聞きました。
「みんなに質問です! なんで戦争って起こると思う?」
真っ直ぐすぎる質問に、私は度肝を抜かれました。小学生にしてはちょっと重すぎるんじゃないか? ドキドキしながら見ていると、ある高学年の児童が手をあげて、大きな声で発表しました。
「相手を認めないからだと思います!」
会場の体育館はおおお〜という唸り声にも似た感動の声で満ちました。私も心から感動し、衝撃を受けました。本当にそのとおりだと思ったのです。
相手を認めないから、いじめや争いが起こる。逆に、相手を認めれば、いじめも争いも起きない。
「サトシくん?」
くまさんの一言で、私はハッと我に返りました。「思い出しました…」と返した声が震えているのが自分でも分かりました。高速道路を進む車窓の景色が、みるみる滲んでいきます。
私は、みんなを認めていなかったんだ。彼らの頑張りを、ぜんぜん認めていなかった。私は自分の理想だけを一方的に押し付けて、信頼関係の基盤となる「愛情を伝える」という第一歩を踏み外していたんだ。
なんという愚かな失敗を、僕はしてしまったんだろう…。
部下のそれまでの頑張りに興味がない上司がいきなり「評価」を持ち出すなんて、誰もが困惑するに決まっています。「もっと頑張れっていうことですか?」というスタッフの言葉の意味がやっと分かりました。そして私との会話がまったく噛み合わなかった理由もです。
さらに昔、妻との夫婦喧嘩のときに学んだ「プロセスを見ることの大事さ」も完全に抜け落ちていたことにも気が付きました。どうして私はこうも同じ失敗を繰り返してしまうのでしょう。
私は目を閉じ、がっくりと肩を落としました。涙が出そうになりますが、膝の上で手を力いっぱい握り、なんとか我慢します。
「サトシくん、自分を責めちゃいけないよ。」
私は「でも…」とだけ答えました。どんな弁解もできません。悪いのはすべて私なのです。心の中でこう呟くと、くまさんは静かにこうおっしゃいました。
「誰かを認める前にね、サトシくんが一番認めなきゃいけないのは、サトシくん自身なんだよ。」
僕が、僕を、認める?
「そう。サトシくんがみんなのために誰より頑張っていることをボクは知ってるよ。だからサトシくんはなんにも悪くない。いつも大変な役割を果たしてくれて、本当にありがとうね。」
私はもう涙を我慢できませんでした。漏れ出る泣き声を必死に抑えながら、ハンカチを取り出し、目を押さえました。そして心から後悔しました。前途有望だったのにも関わらず退職を選ばざるをえなかった彼らに、最初からこんな温かい言葉をかけてあげられていたら。。。
良好なコミュニケーションをするためにはまず、相手のすべてを認めること。そのためにはまず、自分自身のすべてを認めること。文字に起こせばこんなシンプルなことなのに、私がその気付きを得るための代償はあまりにも大き過ぎました。
ウォンツ始まって以来のスタッフ大量離職。皮肉にも、この人事評価制度で評価されたのは結局この私だったのです。
こうしてくまさんから大切な教えをいただいた私ですが、ここで一瞬浮き上がったメンタルも、またすぐに地の底に落ちていくことになります。
次回は、私が心療内科に通い始めたお話をしなければなりません。
つづきはこちら。
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