ハセツネ2018挑戦記

 
Vol.1【準備は楽しい】
 ハセツネは準備から楽しい。なんといってもはじめてだから、不安になるほど、荷物は無限に増えていく。夜が怖いからライトが増え、ライトが増えるから、予備の電池も増えていく。夜の山は経験がない。どこまで寒くなるかわからないし、僕は寒さにめっぽう弱い。つまりは服も増える。ひもじい思いはしたくないから、食料もどんどん増える。膨れ上がったザックの重さは約10キロだった。

Vol.2【余裕は大事】
 当日の朝は予想外の渋滞に巻き込まれることに。空いてれば家から1時間ちょいだが、結局2時間半かかった。とりあえず受付をすませて、駐車場を探す。スタート1時間前に駐車場を探すような間抜けなランナーに武蔵五日市駅前のタイムズは厳しい。当然どこも空いてない。仕方ないので隣の駅の武蔵増戸まで行くがこちらの駐車場も満車。焦りながら会場周辺をうろついてると、Googleマップに「ハセツネ臨時駐車場」の文字を見つけ、そこに停めることができた。スタート地点まで、1.5キロ。微妙に遠い。これが、ハセツネの洗礼か(たぶん違う)と思いつつスタート地点へ急ぐ。

Vol.3【スタート地点】
 最高予想気温は32℃。スタート地点でもSNS上でも、「今年のハセツネは過酷」という旨の話が耳に入ってくるが、そこは初挑戦の強み。比べる経験もないのでこんなもんかなあ、という感想。しかし、10キロのザックは重い。あらためて周りと見比べると場違いに荷物が大きい。ぱっと見、僕より大きな荷物を持っているのは、ハセツネ有名人で第二チェックポイントの月夜見駐車場で焼肉をやることで知られる「ばななさん」ぐらいしかいない。焼け石に水かと思いつつも、スタート直前でちょっと荷物を減らそうと思い立つ。夏日だからいくら気温が下がっても使うことはないだろうと思われたウルトラライトダウンをザックから出す。さらに、4ℓ持っていた水分もさすがに多すぎかなと思い500mlのペットボトルを置いて行くことに決めた。この2つの判断がのちのちボディブロウのように効いてくることになるがそれはまた後の話。

Vol.4【スタートから入山峠へ】
 快晴の中スタート。はじめから走らないと決めていたので、悠々と歩きながらスタートゲートをくぐる。応援に来ていたTJARの連覇で知られる山岳王「望月将吾」さんとハイタッチ。うれしい。そのほかにもインスタでの顔見知りのみなさんがちらりほらり。序盤の渋滞は想定内なので、止まってる最中にあれやこれやと食料を食べはじめてちょっとでもザックを軽くしようと試みる。入山峠までは断続的に渋滞。途中で昨年優勝の奥宮さんの応援もあったりとかした。
 予備関門のひとつである入山峠の関門時間の3時間が気になり始める。のんびりと渋滞に並んでいたが少しずつ焦りの空気が集団を包み出す。のぼりでボトルネックになっている人を追い抜かそうとする人を見て自分も少しだけスピードアップ、何人かパスし、入山峠が近づいてきた。ともあれここでのカットオフはなさそうだと一安心。入山峠着はスタートから約2時間40分後。ここでやめるひともそこそこいた。しかし、まだまだ元気。心が折れるようなことはなかった。それにしても、ザックが重い。少しでも軽くしようとまたモノを食べたり、水を飲んだり。

Vol.5【入山峠を出発】
 まだ明るいがザックをいちいち下ろすのもめんどいのでここでライトを着用。ヘッドライト、ウエストライト、ハンドライト、合わせて2400ルーメンという圧倒的光量。しかし、ナイトラン未経験でハセツネの本番を迎えてしまった。視力があまり良くないので不安もあるが、まあやるしかない。不安に対抗すべく光量は揃えた。さあこい、ナイトセクション、という気分。
 入山峠から市道山分岐は試走経験もあるので想定範囲内。しかも試走時とは違い前後に人もいるのでルートファインディングに神経を使うこともなく流れに乗って前へ進む。このあたりから、前後のランナーと足が揃ってくる。似たようなメンバーに抜きつ抜かれつする。

Vol.6【出会い】
 抜きつ抜かれつする2人組のランナーがいた。サッカー日本代表の長友のユニフォームを着た白髪のおじさんと、関西弁混じりのちゃきちゃきした女子の2人組。なんとなく珍しい組み合わせだなあと思いつつ、常に前後の位置どりになったので、否が応でも会話が耳に入ってくる。「しんどいしんどい」とネガティブなことを言うおじさんとそれをいなしつつポジティブにあしらう女子。なんか面白いコンビ。そんな第一印象。会話に耳を傾けてると何回も完走しているコンビらしい。スピードも近いし、しばらくついて行こうと決める。

Vol.7【チーム結成】
 入山峠から市道山分岐までは試走済みだったので、峰見通りの強度も想定済み。しかし試走の時よりも断然ツライ。それもそのはず今日は10キロの荷物を背負っている。ツラさを紛らわそうと、おじさんと女の子のコンビに話しかける。
 山では僕も割と気軽にひとに話しかけるほうだ。ツラそうに足を進めていても、ちょっと話しかけてコミュニケーションが発生すると不思議とみんな瞬間笑顔になる。1人では登れない山が2人や3人なら登れたりする。人間の心はどうやらそんなふうにできてるらしい。不思議。
「はじめてでこの位置は悪くないよ」
 と言われる。
 そうですかね?と僕は言う。
「みんなはじめての時は突っ込んで
 潰れるもんだ」
スタート前にラン友の塚田さんから「スタートはめっちゃくちゃ抑えろ。絶対飛ばすなよ」と言われたメッセージを思い出す。やっぱりそうだったんだなあ、と思う。塚田さんは、大阪から京都までいっしょに走った仲。僕の弱さを知ってくれている。そんな塚田さんからのもう1つのメッセージが「浅間峠で絶対にやめるな」。これはきっと、浅間峠で絶対やめたくなる、ってことなんだろうなあ、と苦笑した。それぐらい僕の弱さを知ってくれている。この言葉はレースの前半、僕の心を支配していた。
「やめれないよ、そりゃ」と心で呟く。

Vol.8【峰見通り】
 山の夕暮れは早い。市道山分岐までの道すがら少しずつ暗くなりはじめる。ちゃきちゃき女子は「リーダー」と呼ばれ、長友のユニフォームを来たおじさんは「カヤノさん」と呼ばれた。僕はおもしろがって「ニューフェイス」と呼ばれたりした。そんなふうに3人はチームになっていく。これから待ち受ける山々のことやそれぞれの身の上話なんかもしながら旅路は続いてく。
 リーダーは京都から来てるらしく、カヤノさんはシステムエンジニアらしい。僕は初挑戦で40歳だ。そうなふうに少しずつお互いを知りながらともに気にかけあって旅路は続く。僕は2人は、強くて優しいなあ、と感じた。優しさはもちろん心根も大事だけど、山では強くないと優しくなれない。聞けば、2人ともここ最近のサロマに出ていたり(もちろん完走)、リーダーはUTMBのCCCに出ていたり、カヤノさんはフルマラソンは3時間38分がPBで100キロは10時間そこそこで走り切るらしい。うーん、これはどこかでついて行けなくなるかもな、と正直思った。その時が来なければ良いのだが。

Vol.9【休憩と哲学】
 このあたりから、道の脇に座り込むランナーが増えてくる。休んでいるらしい。特に急登の坂の途中で心拍数が上がるのに耐えきれなくなって座り込む人をよく見かけた。もちろん、24時間は長い。しっかり足を止めて補給もしなければいけないし、休憩は必要だ。われらがチームも要所要所でブレイクを取る。
 おもしろかったのは、カヤノさんの「休憩ルール」。「そろそろ休みますか?」となっても、登りの途中では絶対に休ませてくれない。「もう2つ坂を登ると広いところに出る。そこからはしばらく下りなのでそこまで行ってから休もう」といった具合。これには感心した。はっきり言って、基本的にはずっとツライ。疲れているといえば、そりゃもうずっと疲れてる。だからこそ、「そうか、休みにはルールが必要なんだ」と僕はハッとした。ツライところや疲れたところでいちいち足を止めてたら、いつまで経っても前に進まないし、そんなことをしているうちにだんだんとなんでこんな目にあってるんだと腹が立ってくる。だから、ルールが絶対に要る。それは、スタイルと言い換えても、哲学と言い換えてもいいかもしれないけど、とにかく自分で決めたことをやり切ることが必要で、カヤノさんの背中を尊敬の眼差しで見つめつつ、「この旅、ひとりじゃなくてよかったなあ」と思った。

Vol.10【市道山分岐から醍醐丸へ】
 市道山分岐に着いた頃にはすっかり日も暮れていて、みんなライトを装着する。僕も初のナイトセクションにテンションがあがる。市道山分岐から鞘口峠までは未試走パート。不安はよぎるが、なんと言っても、われらのチームには経験豊富な「リーダー」と「カヤノさん」が要る。心丈夫、とはこのことだ。
 「リーダー」と「カヤノさん」のそもそもの出会いは2年前のハセツネらしい。2016年のハセツネ。第2チェックポイントの月夜見駐車場を過ぎあたりで2人は出会い、おしゃべりし、「もうやめたい」とグチるカヤノさんを、リーダーがゴールまで引っ張っていき一緒にフィニッシュした、というのが僕の聞いた話だ。今年ははじめからスタート地点で落ち合いずっと一緒に旅を続けてるらしい。そんな2人に僕が加わった。それが僕らのチームだ。さあ、次に目指すは醍醐丸。比較的強度の弱い地形が続き気持ちよく前に進む。

Vol.11【チームについて】
 醍醐丸の直前はまた登りが増えてくる。未試走かつナイトの登りはなかなかしんどい。なんども着いて行けなくなりそうになるが、その度に2人はしっかり待っていてくれる。さすがに、「ちょっと遅いようだったら、躊躇なく先に行ってくださいね」と言う。口ではやんわり言ったものの心の中ではDNFがよぎる。苦しい。こんなに苦しくてゴールまでいけるわけない。どうせやめるんだ、と考えだすとどこでやめるとその後スムーズなのか考え出してしまう。ネガティブな思考が頭をぐるぐると巡る。リーダーとカヤノさんの2人は、まあまあ、そう言わんともうちっとがんばりなはれ、と経験値の高さからくる包容力を見せてくれた。
 気分の悪い時間が続いたが、ヘッドライトの締め付けが強すぎたのを緩めたり、しっかり補給したりしてるうちにチカラがふたたび漲ってくる。よく「ウルトラは我慢してれば回復する」というが、その回復の感触をかんじられたことが今回の収穫のひとつかもしれない。3人の順番を入れ替えながら弱ってる人を前に出したり中に入れたりしながら進んでいく。これは、チームだな、と思う。リーダーは精神的支柱だ。飄々としていてポジティブにチームを引っ張る。カヤノさんは、熟練の指揮者のように一行のペースをコントロールし、適切なタイミングで休憩を入れてくれる。僕は2人になにかできただろうか?「3人はいいねえ」とリーダーが言う。わかる。2人ならば、かなり足が揃っていなければ、基本的には1人がもう1人を引っ張るカタチになる。「強い人」と「弱い人」に分かれてしまう。けれども、3人になるとそれは「チーム」であり「社会」になる。コミュニケーションが重層的になり、豊かになる。風通しがよくなる。それがすごく気持ちよかった。

Vol.12【ついに浅間峠へ】
 浅間峠の手前で、個人的には前半の気持ち悪さや疲れは完全に吹き飛んでいた。しかし、今度はどうもカヤノさんの調子があやしい。胃の調子がおかしいらしい。ジェルも受けつけないらしく、「まあ、いつもこうなるんだよ」と経験値の高さを感じさせるものの、表情も足取りも、目に見えて険しい。持参した漢方の胃薬を飲んでいる。僕にはどうすることもできない。チームのペースを弱っている人に合わせながら、それでも、けして立ち止まらずに歩みを進めるしかない。いつか回復すると信じるしかない。そうこうしているうちに浅間峠についた。「塚田さん、ついたよ、ぜんぜん元気だよ、まだまだやれるよ」と心で思う。トイレに行き、身を整えて、補給食をとり、ストックを用意する。10分程度。浅間峠を出たとき、時計は21時05分を指していた。

Vol.13【浅間峠を出発】
 薬が効きはじめたのか、カヤノさんは心なし回復しているように見えた。そして、ぼくもはじめて使うストックの効果に驚いてた。めちゃくちゃラクだ。いくらでも歩いていけるような気持ちが心を包む。このあたりで水の残量が気になりだす。3.5ℓ持ってきているものの、あまりの重さに前半はあえて躊躇せずに水を飲んでいた。浅間峠を出るときには水の残りはおよそ、1.2ℓほどになっていた。まあ、ここから先は気をつけて飲もう。引き続き穏やかな旅路が続くが、リーダーの口数が少なくなってきたのが気になる。

Vol.14【喫茶ハセツネ】
 ときおり休憩を挟みつつ旅は続く。そろそろ愚痴が多くなる時間だ。ハセツネはリタイア者に手厚いという話で盛り上がる。「月夜見で温かいココアを飲もうぜ」とカヤノさんが言う。これはリタイアすることと同意義だ。「月夜見だったら、そこから下山もラクだしねえ」とリーダーが返す。リタイア話が冗談で出るうちはまだ大丈夫。温かいココアだって、月夜見までの原動力になるなら大歓迎。使えるものはぜんぶ使って一歩でも前へ行かなくっちゃ。

Vol.15【ピンチ】
 ここまでの旅路を振り返る。まずはじめに僕が具合が悪くなり回復し、そのあとカヤノさんが具合が悪くなり回復。そして、いよいよ、順番というか、リーダーにもその時が訪れてしまった。予兆はだいぶ前からあった。軽口を飛ばし合いながら進んでいたのだけど、ある時から、いくらボケても、リーダーからのツッコミが来なくなった。休む。明らかにリーダーの調子が悪い。最近長距離である一定の時間過ぎるとこの傾向が出やすいらしい。胃の調子が悪く、ジェルも水分も受けつけない。苦しそうだ。吐き気。そして脱水と空腹。励ますことぐらいしか僕にはできない。
「ぜったい大丈夫。ぜったい回復する時が来るから、ゆっくり進もう」
根拠はない。根拠はないし、無責任だ。
でも、誰かの無責任な「大丈夫。できる。」という励ましが力になることを僕は知っていた。今日まで生きていた中で、みんなが僕にそのことを教えてくれたから。リーダーとカヤノさん。2人がいなければ僕はもっともっと手前で心が折れていたと思う。浅間峠までだって来れなかったかもしれない。こんどは僕が力になる番だ。そう思った。

Vol.16【そのとき】
 丸山を過ぎたあたりに、スタッフがいるポイントがあった。おそらくはここでリタイアできるのだろう。しかし、その誘惑を振り切って僕らはふたたび登り始める。そこから、100〜200mぐらい進んだぐらいの位置でまた、リーダーが完全に止まってしまう。吐き気で涙目になっている。もうほとんど100mおきに嘔吐している。ここから月夜見までの道のりを考える。月夜見に行くには三頭山を越えなくてはいけない。この状態でリーダーは三頭山を越えられるだろうか。試走したことはなかったがハセツネのハイライトともいうべき強度の高い道のりらしい。しかも、僕の水は残り0.3ℓほどになっていた。それを見たカヤノさんが、「おい、それ、結構、危ないな」と言う。リーダーが「私、水飲めないから余ってる。あげるよ」と相変わらず吐き気で苦しそうな表情で言う。もらえないよ。それに、ハセツネは他の選手を含めて第三者のサポートを受けた時点で失格だ。スタート地点に置いてきた500mlのペットボトルに想いを馳せる。ため息をつく。万事休す。
心を決めた。僕はその言葉を言う。
「リーダー、戻ろう。リタイアしよう」

Vol.17【闇と疲労】
 リーダーは座り込んだまま静かに僕を見る。うん、そのほうがいいかもな、とカヤノさんが言う。そうしてみんなで山の中に寝転んだ。ライトを消したら真っ暗だ。もうこれ以上進まなくていいと思ったら気が楽になった。カヤノさんが「オレもうブレーカー落としたぜー」と言う。穏やかな空気がチームを包む。しばらく闇を見つめて疲労を纏った自分の身体を感じる。なぜ、僕らはこんなとこでこんなことをしているのだろうかと思う。きっとその問いには、「答えのようなもの」はあったとしても、「答えそのもの」は出ないだろう、と闇の中で直感的に感じる。
 はじめての夜の山。ひたすら怖いイメージしかなかったけれど、そこには想像したよりもずっと親密な空気が流れていた。

Vol.18【旅は続く】
 そろそろ戻るか、という話になり、起き上がり、さっきのリタイアポイントへ向けて戻る。残念だけれど仕方がない。撤退の判断力も山と付き合うためには重要な資質だ。リタイアポイントと思われる地点までようやく戻り、スタッフに、レースをやめたい旨を告げる。すると、「ここからは下山できません。4.5キロ先の西原峠まで行ってください」と言われる。
 えー。マジか。リーダーの心が折れる音が聞こえたような気がした。せっかく戻ってきたのに。カヤノさんが「水がない人がいるんだけど、水はあるの?」と聞いてくれる。すると、スタッフから「水はありますがお渡しすると失格になりますよ」と言われる。僕はピンと来る。ちょっと待てよ。どうせここから4.5キロ進まなければいけないなら、その時にひょっとしてリーダーが回復しているかもしれない。「水、いりません!」。僕は言う。捨てかけたレースがまた戻ってくる。よし、西原峠を、月夜見を、目指そう!

Vol.19【綱渡り】
 リタイアか、続けるのか、とりあえず曖昧にしたまま西原峠を目指す。僕は、リーダーが回復してくれることを心から祈る。自分の水がないことも気になったが、なんせここまでしこたま飲んできているし、夜になり気温もどんどん下がってきた。行けるかもしれない。そう思った。

Vol.20【西原峠1.5キロ前地点】
 進んでは止まり、というのを繰り返していたが、ついに、西原峠の1.5キロ手前でリーダーが完全にダウンする。気温が下がり、エマージェンシーシートに包まる。僕らは、この夜、記録的に暑かったという今年のハセツネに感謝することになる。例年並みの気温ならもっと過酷なことになっていただろう。スタート地点にウルトラライトダウンを置いてきたことを後悔する。おそらくもうゴールはおろか、月夜見を目指すのも無理だろう。僕らのチームの目標は、「ハセツネ完走」から「大過なく下山すること」に変わった。カヤノさんが1.5キロ先の西原峠まで救護を呼んできてくれることになった。そのあいだ、僕とリーダーはその西原峠1.5キロ前地点で待つ。その場所は、忘れられない場所になった。リーダーが寝ている横に自分のエマージェンシーシートを引き横たわる。不安になり、リーダーに話しかけるが意識はある。なんとか大丈夫そうだ。

Vol.21【救護班到着】
 いかついリュックは担いだいかにも「山屋」という風貌のスタッフたちが、その「西原峠1.5キロ前地点」に集まって来る。僕は心底ホッとした。これでなんとかリーダーに暖を取らせることができる。地面からの冷気を防ぐマットを引き、ダウンなどの防寒具でリーダーを温める。スタッフの手際は見事で、ほれぼれする。スタッフと雑談しながら、リーダーの回復を待つ。
 ホッとしたらお腹が空いてきた。ザック中で潰れたパンをほうばりながら、「いやー、寒いし、ラーメンとか食べれたら最高だなあ」と独りごとを言った。そしたら、なんと、スタッフの一人が「ラーメンありますよ。食べます?」
 いやいや、惚れてまうやろ。
ホッとしたのと、疲れと、空腹と、寒さと、ないまぜになった中で食べたラーメンは忘れられない味になった。カヤノさんも寒そうだ。おつかれさま。分け合ってラーメンを食べる。
 昨日の夜この時間、僕は自宅のベッドで寝ていた。リーダーもカヤノさんもまったく会ったことのない他人だった。でも24時間後、僕は山の中にいて、リーダーの横にエマージェンシーシートをひいて寝ていて、僕らはこんなにも仲間になって、山の中で一杯のラーメンを分け合って食べている。まったくもって人生は不思議だ。いやはや。

Vol.22【下山】
 西原峠1.5キロ前地点で仲間の回復を待つ。時刻は午前4時。月夜見のカットオフタイムがやってきた。まあもう上田瑠偉でもとっくに無理なのだが、我々チームがゴールする可能性が完全に消滅。2時間ほど横になったリーダーの体調に回復が見られてきたので下山を目指すことにする。マーシャルも含めたハセツネスタッフも山を出るまで同行してくれることになった。これには心底ホッとしたし、歴史あるハセツネというレースの懐の深さに感じ入るものがあった。
 リーダーは、光るエマージェンシーシートを腰に巻き、さながら、ナウシカかララムリ族のようだ。意外と元気になってきたみたいでホッとする。西原峠をパスし、西原峠から数馬を目指す。僕は下りは苦手だ。つま先を痛めながら、降りていくと、先を行くリーダーに追いつけない。
 おいおい、元気やんけ、と思いつつ、やっぱもともとは走力あるんやろうなぁと思う。リーダーのエマージェンシー「スカート」が朝日を反射してキラキラと美しく光る。夜の世界から昼の世界へ。山から街へ。僕らは帰ってきたのだ、と強く思う。みんな無事でよかったよ。2時間かけて下山し舗装路に出たら、そこにまた別のスタッフが待機していてくれて、温かいココアをいただく。月夜見ではなかったけど、僕らは結局ココアを飲むことができた。

Vol.23【エピローグ】
 バスに揺られゴール地点に帰ってきたときには、たしか8時ぐらいだったかと思う。正味20時間ぐらいの物語だったけど、濃かった。
 ウルトラマラソンやトレイルランのレースに出た時、「こんな苦しい思いをするぐらいなら、家で寝てればよかった」とよく思うのだが、家で寝てたら、こんな物語に出会えないものね。いい経験だったなあと思ったので、このように、記憶がおぼろげにならないうちに文字にしてみた。
 いつか遠い未来に、リーダーとカヤノさんとこの文章を読みながら話せたりしたらいいな、と思います。ありがとう。

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