1分小説「カモがネギを背負って来る」
「ところでさ、わたしね、最近新しいビジネスを始めたの」
久しぶりにfacebookでメッセージを送ってきた高校時代の同級生は、新宿駅近くのカフェを指定してきた。南口から出てすぐのビルの地下。ベルベット調の赤いソファに、タバコの匂いが染み付いている。
「この化粧水、見たことないかな?」
10年ぶりの再会に思い出話が咲きもしないうちに、彼女はバッグから化粧水を取り出した。新調したばかりであろう高価そうなバッグだ。
「あ、それ知ってるわ」
「ほんと?」
「でも、それ、危ないビジネスじゃないの?」
速攻で打ち返したボールに対して、彼女が少したじろぐのがわかった。
「いや、ちがうわ。ちがうくはないけど、あなたが思ってるような悪いものでもないのよ」
「そっか、で、その化粧水、使ってみたの?」とジャブを入れる。
「ね!やっぱり気になる?すっごくいいんだから」
彼女はそう言ってその化粧品の良さを力説し始めた。
「なるほどね〜。本当にいい化粧水なのね。で、何個買わされたの?」
「え?」
「最初はちょっとだけ購入して、それでうまくいったものだから、次もうまくいくと思って、そのあと大量購入しちゃったんでしょ?」
彼女の目があからさまに泳いでいるのがわかった。
「仕方ないわね。それ、全部わたしが買ってあげるわ」
「え? なんで?」
彼女が目を丸くした。
「だから、全部買うって言ってるの」
きっとこんなパターンはマニュアルには書かれていなかったのだろう。突然の要求を飲んでいいものか、彼女は迷っているようだった。
「ねえ、本当はもう、全部わかっているんでしょ? でも、ここまで私財を投げ打ってしまったからには、もう後には引けない。だから、高校時代ろくに話したこともないわたしにまで、声をかけたのよね」
その後、わたしは彼女から全ての化粧水を買い上げた。想像したよりもずいぶんと思い切った在庫数を抱えていたので、いくぶん単価を下げてもらった。彼女は泣きながら、もうやりませんと誓ってくれた。
数日後、彼女から仕入れた商品は、わたしの運営するネットショップの陳列棚に並んだ。かなり原価を抑えることができたので、今月の収益には期待できそうだ。
わたしはfacebookを立ち上げ、別れ際に彼女に教えてもらった名前で検索した。同じセミナーで入会した同期の子だという。
「来月の仕入先はここにしようかしら」
(おわり)
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