映画『TAR/ター』
イチゴやラズベリー、桃にレーズンやナッツがこれでもかと散りばめられたケーキと、シンプルなイチゴのショートケーキ。貴方はどちらが好みであろうか。
言語脳の局在を遺伝的変異によって獲得した人という種は、アナログが入力されればそれをデジタル機能で翻訳し、理解・整理して次のアナログを処理する。そのように見れば、会話というデジタルを大量に駆使しながらも、本作は圧倒的なアナログの連続で、意味化が追い付かず飽和状態に陥る。強烈なラストシーンも、本作に比肩して劣らない作品は、といえば、ドス濃いスタンリー・キューブリックと怪優ジャックニコルソンが共闘して怪演した「シャイニング」におけるブラックユーモアしか見当たらない。あそこの設定次第ではオスカー受賞もやぶさかではなかったが、あえてあのようにしたところが、この映画の寿命を長くしたと、多少の嫌悪感も感じながらも納得せざるを得ない。
シャイニングの寿命が長いのは何故か?それは、ひとえにジャックニコルソンの演技の質であり、怪演ぶりであろう。本作も正にそこ。ケイトブランシェットの演技力を体感するには、本作以外にないであろう。そして、シャイニングもオスカーの栄誉には輝かなかったが故に映画史の金字塔にその名を刻した。本作も、また、しかり。演ずることを演ずるという重ね着の嘘を、痛快に吹き飛ばす生理に還元された演技。これはスタニスラフスキーも真っ青ではあるまいか。
見方によっては、人のエゴ、人という存在の性を炙り出した名作であり、見方によっては、この上ないホラー映画でもあり、見方によっては、サスペンス映画でもある。
もっとも価値の高い創作作品は、おしなべて多様な解釈を産む。さらに、いつまで経っても消化しきれない作品。いつまで経っても言語化し、安心して記憶の書庫にしまいこめない作品。
ならば、本作は名作であろう。
特に、やたら暑い春、背筋を冷やしたい方には、垂涎の逸品と言わねばなるまい。
この作品は、2023年5月12日、ギャガにより配給され日本で初公開された。
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