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結婚相手ってホントに趣味が合う人がいいのかについて。結婚37年目に思うこと

マッチングアプリって気に入らない。

サブスクでアニメとか見てると
やたらマッチングアプリのCMが出てきます。

こんなおっさんにマッチングって、
完全にターゲティング間違ってると思うのですが
もういい加減にしてくれってくらい見せられる。

で、そこで必ず言ってるのが、
「気の合う人と出会えます」なんですね。

確かに、付き合いだして
その人と気が合わなかったら楽しくない。って
そりゃそうだろうとは思うのですが、

気が合えば付き合えるのか。

ってことに気づいてるのかな、と思います。

これって結婚を前提にしてるかどうか、が
もちろん大きいです。

楽しく遊べる友だちだったら
そりゃ趣味が合う方がいい。

だけどこれが結婚してずっと一緒だとすると
話が変わってきます。

自分がもう一人いる状態かもしれない。

同じものが好きだといろいろ便利です。
出かける場所を決めやすい。
プレゼントに迷わない。
将来の方向も決めやすいのかもしれない。

だけど、よーく考えてみると、
それってひとりでもできることな気もする。
ふたりいる意味があんまりない。

とりあえず楽で近道なんだけど、
それってホントに面白いんだろうか。

結婚がゴールになってしまう悲劇。

マッチングアプリで出会いました。
趣味が合うのでとても楽しいです。
そして結婚することになりました。

実はその先が長い。

もちろん
ずっと楽しいってカップルも多いでしょう。
ほとんどそうかもしれない。

だけど、ひょっとすると飽きるかもしれない。
そしてそれは意外に早い時期に。

逆の話をします。

自分の経験で恐縮ですが、
僕は結婚37年目でまあすごいベテランです。
で、うちの夫婦は

趣味が全く合いません。

何で付き合ったのか、ってのも不思議ですが、
自分と違ったところに興味を持ったように思う。

そりゃもうケンカばっかりでしたが、
ひとつだけ言えるのは、
いまだに飽きないなあ、ということです。

趣味が合わないから、
相手に合わせなきゃいけないことも多いし、
たぶんすごく会わせてもらってる。

なんか永遠に完成しない感じがある。
ずっと、いまだにゴールが見えない。

実は長く楽しいために必要なのは、この
ゴールに辿り着かない、ってことな気がします。

昔のお見合いという制度には必然性があった。

そんなこと言うなら、
結局相手なんて誰でもいいんじゃないか、
って言われるかもしれません。

極論ですが、
実はそうかもしれない、って思ってます。
気の合わないふたりが、
これからの人生かけてずっと修正を続けていく。

実は結婚の本質はそこにあるような気がします。

昔は親が決めた相手と
無理やり結婚させられるとか、
お見合いで初めて会った人と
いきなり結婚前提とか、
そういうことが当たり前の時代がありました。

非人道的な感じしますよね。
確かにそういうことも多かったんだと思います。

だけどほとんどの夫婦は、
文句言いながら続いていく。

なんか、趣味が合う同士で結婚すると、
文句言い合う間柄になるとダメになったような
気がしてしまう
んじゃないかと思います。

それがいちばん「いい状態」なのに、それが「失敗」に思えてしまう。

なので、
相手に幻滅したときそれを乗り越えるのが
ものすごく大変になってしまう。

ダメ元、って言うと聞こえは悪いですが、
実はゼロから始めた方が成功率は高い。

まあ極論で、個人的な意見です。
反論もいっぱいあると思います。
ひとつの経験談として聞いていただければ
ありがたいです。

いちばんの問題は、結婚というものの価値が見えなくなっていること。

そもそも結婚なんてホントに必要なのか。
そう思ってる人も多いような気もします。

結婚という形を取ることが
必ずしも正解なわけではない。

結婚しなくてもふたりでいればいい。
そういう意味では、結婚なんて形は
あってもなくても同じかもしれません。

それでも何となくですが、
形というものがある方が、
実は生きやすい気もします。

形があるから我慢できるとか、
ちょっとした強制力レベルの話です。

実は「楽」なんじゃないかと。
まあ個人的な意見です。

何となく続きます。

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