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カチリ 石英の音 秋


秋になると、この短い詩を思い出す。

この詩は、作家・井上靖が大きな影響を受けた、彼の級友の詩である。

あるとき、中学生だった彼は、級友からひとつの詩を見せられる。


カチリ
石英の音


さりげなく見せられたこのたった三行の詩に、彼は衝撃を受け、そして文学の道を志す。

そして後年、あの素晴らしい作品群を残すのである。

その一歩目になったのがこの詩であった、と、彼はどこかで書いていた。


石英とは、英語 だとquartz(クオーツ)。
六角柱状のきれいな結晶をなすことが多く、中でも無色透明なものを「水晶」と呼ぶ。


でも、「水晶の音」、では想像の翼が秋の空に羽ばたかない。
この詩は「石英」でなければならない。



井上靖は、生涯この詩が頭から離れなかったといい、秋になると頭の中で石英がぶつかる(もしくは割れる)音がしたという。


カチリ


ボクの頭の中でもたまに鳴る。

夏のけだるい暑さがいつの間にか緩み、秋の冷涼かつ怜悧な空気がふと肌に触れた瞬間、カチリ、と、それは鳴る。


そして、思う。

人生って美しいな。



古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。